第263話 ヒルデの意外な側面

 いつもは感じない温かい感触を感じて目が覚めた。寝ぼけ眼でベッドを見遣れば、不自然に膨らんだ毛布がゆっくりと上下している。

 毛布の上から優しく撫でてやると、その膨らみはもぞもぞと動き出し、やがて俺の首元からひょっこりと顔を出した。


「はる〜、おはよ〜……」

「おはようリンちゃん」


 まだ眠そうなリンちゃんだが、そのうち完全に目を覚ますだろう。子供は朝から元気なのがお約束だ。ちなみに俺の息子も朝から元気なのがいつものお約束なのだが、今日に限っては邪竜の雄叫びも鳴りを潜めていた。流石に父性が勝ったみたいだ。


「リンちゃん、よく眠れた?」

「うん! おふとん、きもちよかった!」


 まあ、ドラゴン形態の時は全身が鱗に覆われていたからな。人間の柔らかい皮膚で感じる毛布はまた格別だったに違いない。


「さて、今日も今日とて学院だ。リンちゃんも一緒に来るかい?」

「いくー!」


 普通、学校といえばペットの持ち込みが不可なのは当たり前のことだが、魔法学院は学生層が他とはかなり異なることもあって、契約神獣(あるいは魔獣)に限って生き物の同伴が可能となっているのだ。

 リンちゃんも人型形態になったとはいえ、あくまで身分としては俺の契約神獣。校則を文面通りに解釈するのであれば、リンちゃんと一緒に登校したところでなんら問題はないのである。成文法万歳!


「今日の一限は古代魔法文字学概論か。リンちゃんにはつまらないかもな」

「つまんない〜?」


 しかもその後の授業は、単位取得が非常に難しいともっぱら噂の現代魔法学概論だ。俺もリリーも……メイは別だろうが、リンちゃんに構ってやれる余裕はない。


「そうだ。部室棟にも行ってみるといいかもな。ヒルデがいるだろうから」


 俺と同じく神獣……まあヒルデの場合は悪魔だが、契約している相棒がいるヒルデならリンちゃんへの理解だってあるだろう。どうせ部室の住人なんだから暇してるに決まってるし、暇潰しがてら相手してもらえるだろう。


「まあヒルデがいなかったら散歩でもするといいよ。敷地内には森とかもあるからね。何か困ったらすぐ俺を呼ぶんだぞ」

「うん、わかった!」


 契約で結ばれている俺とリンちゃんとの間には、離れていてもぼんやりと程度になら意思疎通ができるホットラインのようなものが存在している。それがあるから、リンちゃんが何かしらの事件に巻き込まれてもすぐに俺が駆けつけることができるわけだ。それにリンちゃんは強いからな。悪い奴に捕まる心配をしなくて済むのはとても楽だ。



     ✳︎



「リンちゃん、これが部室棟だよ」

「ここにいればいーの?」

「そうだよ。まだ講義まで時間があるから、魔法哲学研究会の部室まで案内しよう」


 まだ一限の授業が終わっていないこともあり、流石の部室棟とはいえど人影は疎らで閑散としていた。これが昼休み時や放課後になるとそれはもうたいへんな賑わいを見せるのだが、朝っぱらから用も無いのに部室棟に来るような酔狂はさほど多くはないらしい。つまりこんな時間に行っても部室に常駐しているヒルデは変態ということだ。


「おーす、お疲れ〜」


 万が一、中であられもない格好をしていたらリンちゃんの教育に悪いので、一応断りというか挨拶を挟んでから部室のドアノブに手を掛ける俺。鍵が開いているので中には誰かいるっぽいな。

 扉を開けると、そこには案の定、部室の住人と化している二年の駄目な先輩ことヒルデが毛布を被った状態でソファに寝っ転がっていた。


「んあ? エーベルハルトか。なんだよ、こんな朝っぱらから珍しいじゃん」

「当たり前のように俺のことを自室に押しかけてきた奴扱いしてるけど、ここは一応皆の部室なんだからな? わかってます?」

「実は取得時効って制度があってな」

「やめなさいよ。つか確信犯かよ!」


 一応、宿泊の申請は出しているらしいので合法ではあるんだが、それにしても酷い有り様である。研究およびレポートの執筆を大義名分に掲げている以上、それなりの活動はしているっぽいんだが……いかんせんだらけているところしか見たことがないので、ぶっちゃけあんまり信じられないのが本音だ。


「見てくれよ。昨日思いついてまとめてみたんだ」


 そう言って寝癖頭のままヒルデが渡してきたのは、数枚の束ねられたレポート用紙だ。図解込みで、召喚時と非召喚時における契約精霊の同一性についての通説への反証、新たなる仮説とその根拠がまとめられている。


「なんでちゃんと優秀論文なんだよ」

「こう見えて、実はアタシ特待生だからな〜」

「は⁉︎」


 特待生だと……⁉︎ 皇帝杯で優勝するという実績を挙げた俺と同格の特待生……ヒルデが⁉︎


「……いや、でもヒルデも二年生ながらに皇帝杯への出場経験があるし、論文の感じからも優秀学生の評価は妥当なのか……?」

「エーベルハルトみたいに実技科目完全免除ってほどじゃないけどな。実技と座学の大部分がほどよく免除される代わりに、専門分野の科目はむしろ多めに履修しなきゃなんねーんだよ。そんでもって定期的に研究レポートを提出する義務があるって感じ。あー、あれよ、学生時代のレベッカさんと同じやつ。卒業後も学院に留まって研究職に就くのが前提になってる類の特待生な」

「学生時代のレベッカさんを俺が知ってる筈ないだろ」


 厳密には入試の時のレベッカさんは講師職に内定していただけの四年次の学生だったのだが、そんなことは受験当時の俺が知る由もない。

 ……それと、ヒルデが部室の住人と化していた理由がようやくここで判明したな。なるほど……研究のための資料が揃っていて学院図書館も近く、相談できる講師レベッカさんもいる部室の環境がヒルデの学生生活スタイルには最適だったんだな。


「いやー、ぶっちゃけ家から出るのが億劫だったし、だったら学校に住むのもアリだなって思ってな」

「なんだよ! ちょっと尊敬しちゃったじゃんかよ!」


 専門分野以外の科目は進級できるかギリギリのラインを攻めている不真面目なヒルデだが、それでもこうやってちゃんと実績を定期的に挙げているからこそそれが許されているんだろう。こういう特殊な人材を埋もれさせない柔軟な対応ができる魔法学院ってのは、やはり素晴らしいところなんだな、と改めて感じるね。


「とりま、レポートも書き終わってひと段落着いたしな。酒でも飲むか?」

「いやいやいや、まだ朝だから」

「そうだな?」

「だから何? みたいな顔しても無駄だからな! 普通は朝からお酒を飲んだりはしないんだよ!」

「堅いこと言うなよ〜。……てか、今気づいたんだけど、お前の後ろにいるその子誰だ?」


 ここでようやくリンちゃんの存在に気づく注意散漫なヒルデ。なんだか預けても大丈夫なのかちょっとばかし不安になってきたな……。






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[あとがき]

 支援者様限定近況ノートのシステムが始まりましたね! 私も、ちょっぴりHめなのを中心に限定SSのようなものを書いてみようかなと思います(限定SSの第1話、投稿済みです 2022/02/20/22:00)

 使い慣れない機能なので試行錯誤にはなりますが、もし興味がございましたら、是非応援よろしくお願いします!


                   常石及

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