第304話 ヤバイお店

 思わぬところにメイの影を見た俺達ではあったが、欲しかった物自体は買えたので、満足してベネット商会を出る俺達。これで一流シェフもかくやと言わんばかりの料理スキルを備えたリリーの料理の幅が更に広がるかと思うと、今からわくわくが止まらないな。


「久しぶりにカレーを食べたい気分だ」

「カレー?」

「うん。ほら、異国風スパイスってあるでしょ。ああいう系統の香辛料を色々組み合わせて肉とか野菜を煮込んだ、トロッとしたスープ状のエスニック料理だよ」

「あぁー、昔どこかで食べたことがあるかもしれないわ……」

「何年か前だよな。どっかの出店になかったかな?」

「もう忘れちゃったわね。でもハル君が完成形を知ってるなら、試行錯誤すれば再現は可能な筈よ」

「頼もしいね! それはもう是非お願いしたく思います」


 ハイラント皇国の南方には、地球でいうインド風の文化と中東風の文化が融合したような国がある。俺はまだ行ったことはないが、いずれ旅行に行ってみたい国一つではあるな。


「そんなことを話してたら、お腹が空いてきたよ」

「ちょうど良いわ。どこか異国風の食事が取れるお店に行きましょ」

「どこか良いお店はないかな〜」


 一口に異国風といっても、方向性は様々だ。西方諸国に南方系、それに珍しいものでは東方系のものまで、選択肢は実に多岐にわたる。

 加えて言えば、まずそもそもハイラント皇国自体が曲がりなりにも多民族国家なので、皇都と地方では食文化が多少なりとも異なっている。たとえば西都ロレーヌや南都マルスバーグではラテン系っぽい食文化が中心なのに対し、北都ハイトブルクではゲルマン系に近い食事が中心だ。南方国家と国境を接する東都エストヴィーゼでは、異国風の味付けがなされることも多い。皇国の中心地である皇都ではそのすべてを口にすることができるが、どれも素晴らしい味わいだ。


「今日は西方の気分なのよね〜」

「良いんじゃないかな。西方なら、ワインに合う海鮮料理が食べたいよ」


 海鮮とはいっても、パエリアとかムニエル、ブイヤベースといった洋風料理だけどな。残念ながら刺身やお寿司が出てくることはまずない。……寿司が食べたい!(切実)



     ✳︎



「……なんか物足りないなぁ」

「んー、量も少ないし味もいまいちね。このお店、大丈夫なのかしら」


 今は食後の一服タイム。お茶を啜りながら、お互いの感想を述べあっているところだ。リリーたっての希望で西方料理を出すお店にふらっと立ち寄った俺達ではあったが、出てくる量は物足りず、味のほうもパッとしないことに不完全燃焼感を覚えていた。


「なんというか、食材に対するリスペクトが感じられないのよね」

「リスペクトとな」

「ええ」


 神妙な顔をしながらリリーは続ける。


「料理には、味つけは控えめにして素材の味を引き立てるものから、調味料を組み合わせてしっかり味をつけるものまで色々あるわ。でも、どんな料理でも素材の味を殺すようなことだけはしちゃいけないと思うのよ。食材ってやっぱりその料理の主役だから、これの持ち味を消しちゃう調理は調理とは言えないわ」


 リリーの辛口論評が炸裂する。残念ながら聞かせたい料理人あいては今この場にはおらず、聴衆は俺だけだが……。


「でもこのお店の料理は違う。味つけが乱暴というか……なんだかまるで安くて質の悪い食材の味を、調味料で誤魔化しているみたい」

「どうにも味が薄っぺらい気がしたのはそういうことか」


 流石はプロの料理人顔負けの調理スキルを持つリリーだ。俺が無意識に覚えていた違和感を見事に説明してみせてくれた。


「それにしても不思議ね。ここって皇都の一等地よ。よくこの味で潰れないでやっていけるわね」


 このお店は表通りに面してこそいないが、一本脇道に逸れればすぐに入れるような好立地に建っている。しかもこの国……いや、世界で一番都会だと言われている皇都の繁華街の中心部に、だ。当然ながら競争も激しい筈なんだが、確かに何故この程度の味で店を続けていられるのかは謎である。


「どっかの富豪が道楽でやってるとかかな?」

「あるいは租税回避かしら」


 いずれにせよ、真っ当な料理人が経営する店ではないだろう。せっかくのデートなのに入ったお店が外れで少々残念だが、これもまあほろ苦い経験ということで笑って流すしかないな。


「さあ、そろそろ出ようか」

「ええ」


 店員を呼んで会計をしようとした俺は、渡された伝票を見て思わず目を剥いてフリーズする。


「ハル君?」

「……なんだこの金額は」

「え? ……どうなっているの?」


 お世辞にも美味しいとは言えない料理ではあったが、別に値切ろうだなんて思ってはいなかった。まあ、もう二度と来ないとは思うが……。

 だが、渡された伝票に記載された額は明らかにおかしい。


「三〇万エル? 中流階級の月収相当じゃないの」

「はぁん、なるほどな。ぼったくりの店だったのか」


 俺達が伝票を見ながら何やら話しているのを見つけたのだろう。個室になっていた席に、屈強な店員が三人ほどぞろぞろと入ってくる。


「お客様、お会計のほうはお済みでしょうか?」

「いや、まだだよ。……それにしてもメニューの記載とは違って随分とお高いみたいだが、これはいったいどういうことなんだ?」


 わざわざ大柄な男の店員が出てくるあたり十中八九は黒なんだろうが、店側の誤計算の可能性が万に一つ無いとも言えない以上は、確認するしかあるまい。


「こちらが明細になっております。通常のお席のチャージ料、ドリンク料金に、貴賓室の個室料金、オプションの食後の喫茶サービス料。以上四点をお食事の代金に加えまして、こちらの価格となっております」

「事前の説明は無かったんだが……」

「メニューの中にこれらの料金システムについての説明がございます。同意された方はご注文くださいとありますので、お客様は同意されたものと受け止めております」


 なるほど、なるほどなぁ。向こうとしては金を持ってそうな俺達を逃すつもりはさらさらないと。ふふふ……、面白くなってきたじゃないか。


「……ハル君、悪い目してるわよー」

「いやぁ、どうやって対処しようかと思ってな」


 単純に暴力で解決するか、貴族としての権力をチラつかせて黙らせるか、あるいは特魔師団員としての逮捕権を発動して脅迫行為の現行犯として逮捕するか。

 普段は反体制派の活動家や仮想敵国の工作員、地下犯罪組織のヒットマンなんかを相手にしているから、こういった悪党を相手にした経験は少ない。さて、この手の合法とは言い難いが、さりとて違法とも判定しづらい輩にはどうやって対応するべきなのか。良い機会だし、練習台にさせてもらうとしようかな。

 ……などと、普通なら割と慌てるべき状況な筈だが、だいぶ自由で呑気なことを考えている俺であった。




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