第58話 土蜥蜴

「あっ」

「どうしたんでありますか?」


 「バッファロー」で移動中、俺がふと上げた声にメイが反応する。


「ああいや、500メートルくらい先に魔物の反応があったから」

「500メートル? 随分と遠いのね。移動している内にいなくなるんじゃないの?」


 リリーがそう返してくるが、どうもそんな感じがしない。


「いや、どうもずっと街道上に留まってるみたいなんだよな。寝てんのか?」

「待ち伏せじゃないですかねー」

「だよなぁ。ってことは知性ある魔物ってことだろ」


 魔物にもスライムみたいに本能すらあるのかよくわからないものから、ゴブリンのようにある程度の知性を有するものまで色々な種類がいる。今回の魔物は反応もそこそこ強いし、何も考えずに一ヶ所に留まり続けるスライムみたいな低級の魔物とは考えづらい。街道にいればよく人が通ると学習するだけの知性があるとみた方がいいだろう。


「はいはい! 私倒してみたい」

「リリー?」


 リリーがとても興味津々といった様子で挙手してくる。初めての魔物とのバトルに挑戦してみたい気持ちはわかるが、危なくはないだろうか?


「私にはこれがあるから」

「なるほどね」


 そう言ってリリーは30センチ大の氷の槍を生み出して空中に浮かばせる。そういえばリリーは時空間魔法よりも前に氷属性魔法を習得していたんだったな。


「リリーの魔法は見たことがなかったな。どんなものか興味もあるし、危なくなったら俺が横から止めるから自由にやっていいよ」

「やったぁ! ワクワクするわね!」

「でも30メートル以内に近づいちゃダメだよ。危ないからね」


 俺みたいに遠近両方の攻撃手段を持っているなら問題ないが、遠距離攻撃しかできないなら確実にトドメを刺したと確認が取れるまでなるべく近づくべきではない。


「それで構わないわ。……腕が鳴るわね」

「ま、気楽にいこうや」


 反応が強いといっても、精々がCランクといったところ。上級とされるBランクには及ばないし、準上級のB−ランクにすら届かないだろう。俺が側に控えていれば何の心配も無い。



「そろそろだな」


 魔物との距離は100メートルを切った。そろそろ見えてきてもおかしくはないのだが。


「いない?」

「擬態してやがるな」


 自然界の動物には巧妙に擬態する種類がいる。そしてそれは何も動物だけの特権ではない。動物がベースとなっている魔物にもその手の擬態する類のものは存在するのだ。


「リリー、場所はわかる?」


 とは言っても『ソナー』の使える俺にとってみればその位置はバレバレだ。


「うーん、多分。あそこ?」


 リリーが指差したのは地面が不自然に盛り上がっている部分だ。遠目にはよくわからないが、そこが怪しいという事前情報を知った上で近くから見ればまず間違いなく発見できる程度のお粗末な擬態でしかない。


「正解」

「じゃあ早速やっちゃうわね!」

「一旦停止であります」


 実戦を経験したことのないリリーに、いきなり行進間射撃は厳しいだろう。なのでメイは緩やかにブレーキをかけて、数十メートル手前で停車する。


「狙いを定めて……行くわよ! 『アイススピア』!」


 先ほどよりも大きめの、40〜50センチはありそうな氷の槍を数本生み出して、なかなかの速度で射出するリリー。

 ブォンッ! と小気味良い音を立てて飛んでいった『アイススピア』は、擬態していた魔物にブスブスと気持ちいいくらい綺麗に突き刺さった。


「グギョアアアッッ!!?」


 隠れていたところをいきなり狙撃された魔物は飛び上がって悲鳴を上げる。

 が、当たりどころが悪かったのか、だんだんと鳴き声が小さくなっていき、最終的に血を流して動かなくなってしまった。


「凄いな、リリー。一撃じゃん」

「えへへ〜! やったわ」

「なかなかの腕前でありますな」


 既に俺の『ソナー』には反応は無い。完全に敵が沈黙したことを示していた。


「結局、何の魔物だったんだ?」


 俺は死んだ魔物の側まで近寄り、直接触りたくなかったので『将の鎧』の応用で魔力の腕を生み出して掴み上げる。果たして擬態していた魔物は……。


「トカゲ?」

「ははぁ〜ん、これは土蜥蜴でありますな」


 1メートル近くありそうな土色の大トカゲを見て、同じく側まで近寄って来ていたメイが腕を組みながら言う。


「土蜥蜴? 何だそれは」

「土に擬態するCランク下位の魔物でありますな。ミミズみたいに土を食べて、土中の虫とかの小さな生き物から栄養を摂取する生態があるであります。ただ、まれに大型の動物を襲うこともあるので冒険者ギルドから討伐対象に指定されているようでありますね」

「詳しいな」

「うちの鍛治師に爬虫類愛好家がいるんであります。確かに言われてみればなかなか愛嬌のある見た目をしてるでありますな」

「うーん、死んでるけどな。それに大型の動物すら食べちゃうんだろ? 一般人には飼えないんじゃないのか」


 イグアナみたいなもんだろうか。よく地球でも爬虫類愛好家がペットに噛まれたりして大怪我を負うニュースとかがまとめサイトなんかに上げられていたっけ。


「それでよく飼い主が食べられて問題になってるであります。自業自得であります」

「ひえ……。その鍛治師には絶対に飼わないように注意しといてよ……」


 飼い主を食い殺して人間の味を覚えた土蜥蜴が逃げ出して、今回みたいに街道で人を待ち伏せ……とか笑えない。


「その辺は大丈夫であります。ちゃんと現実を知りつつ、飼えないことを嘆いていたので」

「ははは、業の深い奴だな」


 そんなことを話していると、氷の棒でツンツン土蜥蜴の死骸をつついていたリリーが訊ねてきた。


「ねー、これ売れるの?」

「さあ? 肉とか食えるんじゃない?」

「えっ、やだ。土臭そう」

「歯と爪、それと鱗が確か防具の素材になった筈であります。肉はご想像の通り土臭くて食べられたもんじゃないそうですから、捨てちゃいましょう」

「だってさ。解体するか」

「そうね……」

「はいこれ手袋」

「ありがと。ナイフ貸してくれる?」


 リリーが倒した獲物なのでリリーがメインになって解体する。リリーは獲物の解体など当然初めてだから若干手間取っているが、まあ筋は悪くない。


「あーー、終わったわ!」


 初心者の割にはそこそこ早く、20分くらいで解体は終了した。


「ってか今思ったけど解体しなくても良かったんじゃないか、これ」

「ああ、確かに。ギルドに委託した方が楽だったかもですね。私達には時間停止機能付きのインベントリがありますから」

「ギルドで解体してくれるの?」

「有料だけどね」

「それを先に教えて欲しかったわ……」


 手袋をしているとはいえ、血と土で手をベトベトにしたリリーが辟易とした表情で嘆く。


「まあ、これも勉強だな。ある程度解体のコツは掴めたでしょ」

「うん」


 できないのと、できるけどしないのは違う。今回の練習で少なくとも未経験ではなくなったからな。普通の公爵令嬢はまず体験できないだろうから、そういう意味では貴重な経験だ。


「さて、じゃあそろそろ進もうか。いくら猶予はたっぷりあるとは言っても、万が一間に合わなかったりしたら嫌だしな」

「はーい」

「では出発であります!」


 俺達の旅は続いていく。

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