第190話 皇帝杯・学内予選でイリスと青春

 我らが皇立魔法学院の敷地の一画を占める、立派な設備を有しながら呆れるほどに広大な演習場。その中心部にある舞台の上に立っている初老の紳士――彼こそがここの学院長である――が、集まった大勢の学生を相手に激励の言葉を投げかけていた。


「ここに集まってもらったのは他でもない。皇帝杯に出場する選手を選抜するために、これから諸君にはトーナメントを組んで戦ってもらう。……上位八名が選手として我が学院の代表を務めることになる。厳しい競争になるだろうが、全力を尽くして欲しい」


 校長の話は長くてつまらないのが世の常ではあるが、ここに集まっている学生達は誰一人として眠そうな顔はしていない。それもそうだろう。なにせここにいる学生の全員が、たった八枠しか無い皇帝杯の出場枠を本気で狙いに来ているのだ。そりゃあ必死にもなる。学院長の話一つとっても、真剣に耳を傾けて、己を奮い立たせる材料にしようとしているわけだ。

 ……これは、俺も気を抜いてはいられんよな。ぶっちゃければ、この中で一番、それもずば抜けて強いという自信はある。間違いなく代表選手には選ばれるだろう。

 だが、それをおごってはいけない。客観的に自分の実力を認識することと、自分の実力に慢心して油断することはまったく違うのだ。なにより、それは強くありたいと願い、努力した今までの自分に対する最大の侮辱だ。俺は常に謙虚に、かつ自信家であらねばならない。矛盾しているようだが、それこそが強さの秘訣だと俺は思っている。そしてその強さがどこまで通用するか、この皇帝杯で確かめてやる。


「それではトーナメントを組みたいと思う。順番にクジを引いてもらおう」


 学院長の合図で端にいる学生から順にクジを引く。数字は完全にランダムだ。誰と当たるのかも、当然に運である。……ふむ、俺は一五番か。

 会場を見渡すと、知ってる顔がちらほらといた。イリスやエレオノーラ、オスカーに、クラウディア会長までいる。当然、ヒルデもだ。どうやら我が愛しの許嫁、リリーはいないらしい。真面目な彼女のことだ。「今はもう少し修行に専念したいの」とでも言いそうだ。その分来年が楽しみだが、まあそれはまだまだ先の話だ。


「……では、早速一番と二番から、予選を行う。三番と四番は待機しておくように」


 そうして予選が始まった。皆、出場を真面目に考えているだけあって、かなり平均的なレベルが高い。各クラス、学年でもトップを張れる人間だけが集まってきているようだ。特に、三年、四年の高学年の割合が高い。伊達に厳しい学生生活を数年間過ごしていないな。素のスペックはともかく、全体的な技巧や技のレパートリーがたいへんに広い。流石は魔法学院だ。教育の質が相当高いことが窺えて、これから四年間を過ごす身としてはたいへん喜ばしい。


 しばらく試合を見ていると、やがて俺の番になった。


「一五番、一六番は前へ」


 どうやら俺の相手は三年の男子学生のようだ。好戦的な表情がたいへんチャラくて好ましい。


「『彗星』だか『北将』だか知らねえが、皇帝杯の出場権と女子のハートは俺のモンだぜ!」


 すごい。天然記念物だ! 今どき、こんな珍しい発言を恥ずかしげもなくナチュラルに放てる人間はそうそういない。大切に保護しなければ……。


「そこの青い髪がクールな君! この試合が終わったら話があるんだ」

「わたしには無い」


 やっぱり殺す。あいつはイリスに色目を使いやがった。生かしてはおけない。人は、より大切なものを守るために何かを切り捨てなければいけないんだ。ああ、功利主義って辛い……。


「ハルト。勝って」

「もちろん」


 多分俺のことが好きなイリスが、俺を熱い目で見て応援してくれる。そうなると、まあカッコ悪いとこは見せられねぇよなぁ。


「それでは、試合始め!」


 審判の声で、試合が開始する。


「というわけで、悪いね。本気出します。――――『纏衣』」

「オレもいくぞっ、――――『舞い落ちる光は輝きてべけらぁっっ』!」


 僅か二秒。本気を出した俺が相手を沈めるのに掛かった時間は、呼吸一回分にも満たなかった。


「……しょ、勝者、一五番」


 とりあえず、初戦はこれでクリアだ。


     ✳︎


「かっこよかった」

「だろう? イリスのために張り切っちゃった」

「好き」

「うん、俺も……って、えええっ! 今、イリスなんて!?」

「なんでもない。幻聴。忘れて」


 いやいやいやいや、あれを幻聴で済ませるなんて、俺には無理でさぁ。明らかに告白してただろ、こいつ。


「もっかい! もう一回聞かせておくれよ!」


 あの日のようにさ……。


「う、うるさい。……次、わたしの番だから」

「あー、逃げたな! まあいいや。近々必ずもう一回聞かせてもらうからね。それはそれとして、頑張れ!」

「うん、頑張る。……一緒に皇帝杯、出よう」


 可愛いことを言って、そのまま予選試合へと向かうイリス。そのクールな青い髪に隠れた耳が真っ赤になっていたことは、俺は優しいので指摘しないでおいてあげよう。


「試合、始め!」

「『光学迷彩ステルス』、『隠密』、『熱線光束レーザービーム』」

「ぐわああっ!」

「……し、勝負あり。勝者、一七番」


 結論から言えば、一瞬でイリスが勝った。流石に二秒とまではいかなかったが、一〇秒も掛からないでイリスは相手を叩き伏せた。

 安定の『光学迷彩』で姿を消す工程に加えて、魔力を体内に封じ込めて感知を難しくする無属性魔法『隠密』(実は幼少期に俺が自力で編み出した魔力隠蔽の技術が、これとまんま同じだったりする)で超高度な隠れん坊を実演してみせた後に、十八番の『熱線光束』で相手を戦闘不能にする。もはや定石と言っても過言ではないまでに確立された戦闘スタイルではあるが、これがなかなかに効果的だ。定石とは、強いから定石なのである。

 更にはこれまではあまり使ってこなかった『隠密』を採り入れたことで、よりその定石が強化されており、結果として特魔師団の威信を学院内に知らしめる形となっていた。


「お疲れ。イリス、この一年でまた強くなったな」

「戦闘でハルトを支えられるパートナーはわたしだけ」

「い、イリスぅう!」


 実際、俺の仲間で背中を預けられる人間はイリスくらいしかいない。友人にして部下のヨハンは戦闘時は単独で行動しがちだし、同じく友人で頼れる実力の持ち主であるオスカーは残念ながら軍人ではない。いつも一緒にいるリリーは魔法の実力は高くてもそもそもが戦闘向きの性格をしていないし、メイに至っては運動神経が壊滅的だ。そういう意味では、俺と一緒に戦えるパートナーはイリスだけなのだ。

 そのイリスが魔法学院に入学してからも軍の任務で何度か一緒に戦う機会はあったのだが、入団時と比べて、着実に彼女は強くなっていた。最初期こそ俺や、当時は俺達を導いてくれていたオイレンベルク准将にカバーしてもらうことの多かったイリスだが、最近では手が掛からないどころか、こちらのカバーに回ってくれることすらある優秀な魔法士に成長していた。

 それも、ひとえに俺を支えたいという思いがあってのことらしい。泣かせてくれるじゃないの、まったく!


「は、ハルト。苦しい……。あとみんな見てるから……」


 感極まってイリスを抱き締めると、彼女はこちらの背中に手を回して抱き返しつつも、肩をぽんぽんと叩いて離れるよう促してくる。恥ずかしがりながもちゃんと抱き返してくれるあたり、やっぱりイリスはいい奴だ。


「イリス!」


 なんとも学院生活らしい青春が、そこにはあった。







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