第128話 幼竜爆誕

「グォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


 ————獲物を見つけた。


 そんな歓喜の視線を隠すこともなく俺達に浴びせてくるジャバウォック。自身もあれだけ痛い目をみておきながら、全く懲りている様子がない。どうやら反撃された時の苦痛よりも俺達を嬲り殺すことへの欲求の方が勝ったらしい。まるで毎回二日酔いに悩まされてもひたすらに呑むことをやめられないアル中のようである。救いようがない。


「なんでだよぉ」


 泣きそうな顔でマルクスが弱音を吐く。無理もない。これほどまでにどうしようもなく太刀打ちのできない敵を相手にするのは、彼にとって初めてだろうから。だが、ここで弱音を吐いて絶望しているようでは生き残ることはできない。逃げられないなら戦うしか道は無いのだ。


 それに、この異常事態をマリーさんが想定していたのか、それともしていなかったのかはわからないが、いずれにしろ俺達には荷が重いと彼女が判断したら駆けつけてくれる筈だ。甘えと思われるかもしれないが、マリーさんは意味もなく人を追い込むブラック上司のような精神主義者ではない。この状況をしっかりと監視しているであろうマリーさんなら、必ず助けには来てくれる。


 ……だが、彼女はリリーのように転移魔法が使える訳ではない。俺達がジャバウォックと戦い始めた段階から事態を把握していたとしても、ここまで駆けつけるのにはしばらく時間がかかると思われた。つまり、マリーさんがやってくるまでの間、俺達は自力で時間稼ぎをしてこの窮地を生き延びねばならないのだ。


「マルクス! お前ついさっき『強くなりたい』って自分で言ったばかりじゃないか! 今踏ん張らないでいつ踏ん張るんだよ! 絶対に生き残るぞ! 全員で帰るんだよ!」


 柄にもなく、大声で叱咤してしまう俺。人生最大のピンチに、正直俺も余裕が無いのかもしれない。


「そうだぞ、マルクス! オレも体は痛えけど魔力はまだ残ってんだ。時間稼ぎくらいならできるぜ!」


 オスカーも諦めてはいないようだ。これならもしかしたら活路が見出せるかもしれない。


「マルクス。これはお前にしかできない仕事だ。聞いてくれ」

「な、なんだよ」


 俺はマルクスに自信をつけさせるように、ゆっくりと区切って伝える。ジャバウォックは俺達を追い込んで悦に浸っているのか、まだ攻撃は仕掛けてこない。


「俺とオスカーはさっきと似たような攻撃をする。特にオスカーはもう一度攻撃されたらアウトだから、今度はかなり距離を取って命中力重視で狙撃だ。威力はこの際多少落ちても構わない。……そして、俺が正面から魔刀・ライキリで奴に継続的なダメージを与え続ける。マルクスは俺達の攻撃とジャバウォックの攻撃の全てをかい潜って、勝負の決め手となるような超凶悪な罠を仕掛けてくれ。罠の内容は任せる」

「そんな! おれにそんな大役できないよ!」

「できなかったら俺達は死ぬ。だったらできるかもしれない可能性に賭けてやるしかないだろ」


 どうせ死ぬなら、最後まで足掻いて死にたい。潔い死なんて、歳とって悔いが無くなってからで充分だ。


「た、確かにそうかもしれないけど……」

「どっちにしろ、生きるか死ぬかだけなんだ。力不足で死ぬってんなら、俺達皆同罪だよ。マルクスだけが悪い訳じゃないんだ。……それに、マルクスなら大丈夫だ。この三ヶ月間の修行を見てきた俺が言うんだから間違いない」


 先ほどはマルクスの張った罠にジャバウォックが引っかからなかったから、あそこまで苦戦したのだ。もしあのえげつない罠の数々が全て作動していたとしたら……きっと倒せないことはない。


「よし、いくぞ! マリーさんが来るまでの辛抱だ!」

「おう!」

「お、おう!」


 俺は残り少ない魔力を振り絞って『纏衣まとい』を展開。『白銀装甲イージス』は敢えて展開しないことにした。魔力を湯水のごとく消費する燃費の馬鹿悪いあの技を使おうものなら、ものの数分で魔力切れに陥ってしまうこと請け合いだ。ならば『縮地』と『纏衣』、そして【衝撃】をフル活用して全力でジャバウォックの攻撃を躱すのみ!


「うおおおおッ!! 魔刀・ライキリ発動!」


 俺はインベントリから魔刀・ライキリを取り出し、魔力を流す。オリハルコンを含有した超兵器たるライキリの発動にはなかなか無視できない量の魔力を要するが、『白銀装甲』よりはマシだ。ライキリは、現状俺の保有する全攻撃手段の中で一番の高い武器だ。攻撃範囲こそ刀身+αが限度と比較的狭いが、こと物体への破壊力の行使という意味では限りなく無敵に近い性能を誇る。これを使わない手は無い。

 それに、いくらジャバウォックとて回復を繰り返せば消耗するのはわかっているのだ。あの再生能力の塊のような魔人でさえ、失った四肢を回復させるにあたって相当の消耗を強いられていたのだから。


 ————キィィィィイイイン……!!


 俺の魔力をぎゅんぎゅん吸い取って、ライキリが甲高く鳴動する。周囲の空気を震わせ、辺りに舞う塵が刃に触れただけでそれらを切断する。


「オスカー! 援護しろ!」

「オウ!」


 遠くに退避したオスカーが、中級火炎魔法のジャブを大量に放ってくる。俺の頭上を通り越したそれらは見事全てがジャバウォックに命中し、奴の体表の鱗を焦がす。


「ギャエ゛ア゛ア!!」


 やはり先ほどまでの戦闘は無駄ではなかったのだ。明らかに動きが遅くなっている。出くわしたばかりのジャバウォックなら、今の魔法など簡単に避けてしまっていただろう。


「————『またたき』! 『流水』! 『華火はなび』!」


 オスカーの作ってくれた隙を突いて北将武神流の剣術を振るっていく。ジャバウォックの不自然に長い尻尾、脚の健などを中心に斬っていく。ジャバウォックの動きがさらに遅くなり、大質量を持った尻尾という強力な武器が一時的にとはいえ失われる。


 そしてその一瞬の猶予があれば、マルクスにとっては充分だった。既に周囲に複数の罠を張り終えていたマルクスが、全ての罠に連続して引っ掛けるための最初の罠をジャバウォックの身体に仕掛けることに成功する。


「……エーベルハルト! 離れて! 罠が起動するよッ!」

「了解!!」


 ついにマルクスがやってくれたようだ。俺は『縮地』と【衝撃】を併用して、一気にジャバウォックから距離を取る。


「あっ!」


 思わず歓声を上げてしまう。マルクスの張った罠の最初の一つが起動したのだ。

 ようやく尻尾と脚の健を再生させたジャバウォックの右脚が外れる。マルクスの張った鉄をも切り裂く超硬度の魔鋼ワイヤーだ。続いてバランスを崩したジャバウォックが落とし穴に嵌まり、さらに落とし穴の底に仕掛けられていた毒槍に片目と首を貫かれてビクンビクンと震えている。そこへまたさらに周囲の木々の枝から毒矢に毒ナイフが飛来してジャバウォックの背中、翼、腕に次々と突き刺さる。


「ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーッ!!」


 ありえないえげつなさだ。これまでで最大の悲鳴を上げてジャバウォックがのたうち回る。


 ————だが奴のしぶとさは俺達の想像を超えていた。マルクスの張った罠の、その全てを食らいつつ、ジャバウォックは尚立ち上がったのだ。


「嘘だろ……。何回上げて落とせば気が済むんだ……」

「エーベルハルト……。もう罠を張る道具が残ってないよ。毒は使い切ったし、新しく調達するのには最低でも数十分は必要だよ」

「……俺も、もう魔力が無い」


 先ほどの連続攻撃で、俺の魔力はついに底を付いていた。戦闘で魔力が空になるなんて、人生で初めてかもしれない。今にも気絶しそうだ。あの『風斬り』のフェリックス戦の時でも、もう少し魔力に余裕があった。今の俺では碌に魔法も使えないだろう。

 

 俺達は全力を出した。ここまでジャバウォックを追い詰めた。しかし身体構造が歪で、かつ異常なまでの再生能力と攻撃本能を持つため予測不能な攻撃を仕掛けてくる狂気の獣、ジャバウォックを倒すには至らなかった。

 マリーさんもまだ辿り着いてはいない。





 ————————これは、終わったかもしれない。





 そう思った次の瞬間だった。


「え?」


 俺の腰に下げてあるインベントリの袋から、尋常でなく眩しい光が漏れ出す。


「え、エーベルハルト?」


 死の淵にいる恐怖も忘れて、マルクスが訊ねてくる。ジャバウォックの奴も目がくらんだのか、眩しそうに顔を背けて突っ立っている。


「うわっ!!」


 インベントリから何かが飛び出してきた。眩い光を放つそれは、浮遊したまま俺達の目の前に舞い降りる。


「これは……卵?」

「た、タマちゃぁぁぁ~ん!」


 インベントリから飛び出してきた光る物体の正体は、ここ数ヶ月にわたって俺の魔力を吸い込むだけ吸い込んで全く孵る様子を見せなかった、俺の召喚神獣こと卵のタマちゃんだった。

 だんだんと光が収まってきた卵に、「ピシッ」と罅が入る。


「嘘だろ、おい、マジか!」


 まさか今生まれると言うのだろうか。タイミングが良いのか悪いのかはわからないが、とにかくということだけは理解できた。


 ————ピシピシッ


 どんどん罅割れは大きくなっていく。そして数秒ほど卵が揺れ動いたかと思うと……。


「ぴゅいぃーっ!」


 中から銀色の鱗を持った小さなドラゴンの雛が生まれてきたのだった。


「うおおおおおおお!!!!!!! タマちゃあああん!!!!」

「こんな時に感動の誕生シーンか……。え、エーベルハルトらしいというか、何というか……」


 遠くからオスカーの呆れたような視線を感じる。ことなしか、ジャバウォックの奴も呆れたような視線を送ってきている……ような気がする。


 だがすぐに気を取り直したのか、あるいは獲物がもう一匹増えて嬉しかったのか、ジャバウォックはまだ全身の傷が癒えておらず満身創痍な状態にあるにもかかわらず、舌なめずりをし出した。


「ぴゅい?」

「タマちゃん?」


 綺麗な——まるで俺の『白銀装甲』のような輝きだ——銀色の幼竜が俺を見上げてくる。こんな時にもかかわらず、つぶらな瞳に思わず癒されてしまう。

 ……ああ、タマちゃんも死んでしまうのは悲しいが、最後に見れた光景がこれでよかった。ジャバウォックとの戦いが最後だなんて、嫌すぎるものな。


 その思いをタマちゃんが感じ取ったのかはわからないが……。


「ぴゅい!」


 タマちゃんがジャバウォックの方を向き直ると、険しい目つきになってジャバウォックを睨みだす。どうやら俺の敵を、同じく敵認定してくれたらしい。かわいいヤツだ。


 そしてタマちゃんは大きく息を吸い込むようにして仰け反ると————


「ぴゅいいいいいいいいいーーーーーーーーーん!!!!」


 馬鹿みたいな熱量を持った破壊光線をジャバウォックに向けて放ったのだった。


「「………………………は?」」


 俺とマルクスが思わずハモってしまうのも、仕方のないことであった。









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