第247話 新兵器のお出ましだ

「一番隊、敵右翼を叩け! 二番隊、三番隊は我に続け! 四番隊は敵左翼だ!」

ェーーッ!」


 ――――ズドドドォンッッ


 一〇〇〇丁の魔導小銃が一斉に火を吹く。火縄銃やフリントロック式の旧式銃なんて比較にならないくらいの命中精度と射程を持った弾幕は、まるでシューティングゲームのようにバッタバッタと敵を撃ち倒していく。


「次弾装填! ……ーーッ!」


 ――――ズドォオオンッ


「圧巻だな」


 敵はトロムソ砦に立て篭もっているとはいえ、魔法が存在しているおかげで銃が発達していないこの世界では、向こう側も城壁に身を乗り出さなければこちらに損害を与えることはできない。難攻不落の要塞とはいえど、ただ受け身でいれば簡単に攻略されてしまうから、敵側も身を乗り出して反撃に転じる必要がある。

 そして身を乗り出すということは、こちらの攻撃の標的になるということだ。敵さんは弓矢やらバリスタやら火縄銃からちょっと進化したフリントロック式の前装式銃やらを装備しているみたいだが、そんなもの魔導小銃に比べたら旧時代の遺物みたいなものだ。圧倒的火力と技術格差を前に、分家の兵達はどんどんたおれていく。


「魔法士だ! 魔法士を狙え!」


 大声で指示を出す家臣のおっちゃん。さして脅威にならない弓兵は差し置いて、驚異度の高い魔法士を狙うとは、なるほど理にかなっている。一時は不覚をとったみたいだが、こちらの指揮官はちゃんと優秀みたいだ。

 狙われた敵魔法士達はといえば、たまったもんじゃなさそうだ。一〇〇〇もの銃口が自分達を狙ってくるのだ。Aランク級の魔法士ならばともなく、それ以下の魔法士達にとっては銃弾というのは恐怖でしかないだろう。戦意を喪失してもおかしくない筈だ。


「敵の魔法だ! 回避ー!」

「いや、その必要は無い! ――――『鉄の円蓋アイアン・ドーム』!」


 またもや敵陣地から火球が複数飛んできたので、俺の迎撃魔法が火を吹く。今度は一発も撃ち漏らすことなく迎撃に成功した。


「よし、だんだんコツを掴んできたな」


 元になっている技が既に会得済みの『絶対領域キリング・ゾーン』だから、わりかし早い段階でものにできそうだ。


「敵魔法士の攻撃は俺が防ぐ! 構わず前進しろ!」

「恩に着る! ……進めェー!」


 敵の矢や銃弾はこちらには届かない。もちろん投石なんて届くわけがない。唯一届く高位魔法士の遠距離魔法ですら、俺の『鉄の円蓋アイアン・ドーム』で無効化されてしまう。

 対するこちらは、敵の射程圏外から一方的に魔導小銃でタコ殴りだ。要塞の城門をどう攻略するかだけがネックだが、勝利は時間の問題だろう。


「……さて、そろそろかな」


 城壁の上の叛乱軍は沈黙している。これ以上反撃しても無駄だと判断したのだろうか。どうやら反撃を諦めて完全に篭城する覚悟を決めたみたいだ。


「城門を破壊して突破口を作る。アガータ、の準備を頼む」

「わかりました」


 そう言って奥に引っ込むアガータ。今頃部下に指示を出していることだろう。あれが出てきたら、もう俺は何もせずとも勝利は揺るがないだろうな。

 

「総員、撃ち方やめーっ。敵を牽制しつつ、隊列を編成して待機!」


 家臣の一人の号令で宗家軍の猛攻が一時中断する。しかし敵はまだ顔を見せない。いくら調子に乗りすぎた愚かな分家軍とはいえ、これが嵐の前の静けさだということくらいは流石に理解しているみたいだ。

 しかしこうなったら分家軍の主力たるゲオルグの騎馬隊もかた無しだな。地球の歴史では近代に入ってからもしばらくは騎馬隊が活躍していたみたいだが、流石にここまで技術格差があると一世代前の戦い方では手も足も出ないようだ。


「退くも地獄、進むも地獄とはまさにこのことだな。……まあもっとも、敵さんに退く道は残されてないみたいだけど」

「そこまで追い込んだのは他でもないファーレンハイト様ではありませんか」

「敵に情けをかけたって、良いことなんてないだろ?」

「ごもっともです」


 指示を終えて戻ってきたアガータが茶々を入れてきたので、正論をかましてやる。もとはといえば宗家のほうが追い詰められていたというのに、随分と余裕そうだな。


「ファーレンハイト様とメイル様がいらっしゃる限りは、我らが宗家に敗北などありません。他力本願で実に不甲斐ない限りですが……」

「これを機に諸侯軍の整備に力を入れるといいよ。銃の有用性はもう充分に伝わっただろ?」


 あくまで皇国側であるアーレンダール工房が技術支援をすることはないが、宗家がお抱えの鍛冶師を動員して自前の銃をこさえるのを止めることまではしない。銃身の構成成分やら、銃の核心部品である【衝撃】の付与された魔石などは技術的にブラックボックスになっているから、解析しようにも難しいだろうしな。


「ええ。……あとはあの兵器ですが」

「それもすぐにわかるさ。……ほら、お待ちかねの新兵器のお出ましだぞ」


 トロムソ砦を包囲する宗家軍。その軍団を割るようにして中央から現れたのは、皇国軍がアーレンダール工房に依頼して作らせた試作兵器「魔導衝撃野戦砲マギウス・ショック・カノン」。通称「ファーレンハイト砲」だ。

 命名者であるメイル曰く「参考にした衝撃魔法のつかい手であるハル殿にあやかって名前をつけてみました!」とのことだそうだ。現役の砲すべてを陳腐化させるほどの革新的な性能を備えたファーレンハイト砲が登場したことで、各国軍は今後、戦術・戦略面で大きくパラダイムシフトすることを強いられるだろう。影響力の大きさからしてまず確実に後世に名前が残ると思われるだけに、自分の名前が使われるという事実に対する恥ずかしさは否めない。

 ……まあ既に皇国中に『白銀の彗星』なんて厨二要素たっぷりの異名が轟いてしまっている時点で、何を今更という話ではあるんだが。

 何はともあれ、中将会議肝煎りのファーレンハイト砲はこの戦いで世界にお披露目となる。技術試験は何度もおこなってきたとはいえ、実戦への投入はこれが初めてだ。皇国の抑止力を示すためにも、運用の失敗は決して許されない。


「な、なんだ。あの巨大な砲は……⁉︎」

「あれほどまでに大きな砲を製造する技術など、いくら我らアーレンダールのドワーフといえど持ち合わせてはいなかった筈……」

虚仮威こけおどしにでも使うつもりか? ……いや、だがカリン様がこのようなタイミングで意味のないことをなさるとも思えぬ。あの砲、まさか本当に……!」


 味方にも秘匿されていた新兵器だ。宗家軍とはいえど、何も知らされていなかった末端の兵士達は、突如味方陣営から出現した新兵器に驚愕を隠せていない。

 そしてその衝撃は、砲門を向けられた側である分家にこそもっとも大きな動揺をもたらした。



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