第178話 空挺降下大作戦

 敗走した反乱軍は出発してから僅か数時間足らずでもといたレーゲン子爵領の領都へと舞い戻り、城壁の中へと立てもることとなった。しかし彼らの大多数を構成する農民兵は約半数が既に逃亡兵と化しており、当初三千以上いた兵は今や一五〇〇にも満たない。

 とはいえ、国境付近の国防上の要衝であるレーゲン子爵領の城は、いつ公国連邦が攻めてきても対処できるようにと要塞としての機能も備えているため、寡兵かへいでも充分砦として成立する優秀かつ難攻不落の城なのであった。


「ここを落とすのはなかなか骨が折れますな」


 そう言って領都中心部の一段高い位置に建つ城を見つめるアイヒマン曹長。歴戦の猛者たる彼をして、この城を責め落とすのは難しいと感じるようだ。

 特に兵站面で追い込み辛くなったことが大きいようだ。俺達は反乱軍側の補給線を断つことで彼らの余裕を失わせ、準備が不完全な状態で蜂起せざるをえない状況に追い込んだが、それはあくまで反乱軍が三千という大軍を擁している場合の話だ。一五〇〇と半減してしまえば当然消費する食糧も半減する訳であり、結果として備蓄してある食糧だけでも当初の蜂起計画よりずっと長い期間、籠城戦を展開することが可能となってしまうだろう。そうするしかなかったとはいえ、奮戦して兵の数を半減させたことが、一転して反乱軍側に有利になってしまった側面は否めない。


「うーむ、ならここはたとえ火の中、水の中、勇猛果敢に進撃する命知らずの特魔師団らしく、強襲作戦を決行するか」

「は、あの城壁を弓矢や投石の嵐の中、よじ登るのでありましょうか」

「アイヒマン曹長、頭が硬いぜ。ガチガチに防御を固めた敵を相手に真正面から勝負を挑むほど無謀なこともあるまいよ」

「はぁ、では如何いかがいたしますか」


 数秒ほど悩んで、埒があかないと考えたのか、アイヒマン曹長が降参する。


「空挺降下だ」

「くうてい?」

「ああ」


 ご存知の通り、俺は『飛翼』という魔法を使って空を飛ぶことができる。そしてその推力は、俺の魔法力が続く限り事実上、どこまででも高めることが可能だ。要するに、かなり骨は折れるが小隊の人数分程度なら持ち上げて空を飛ぶことができるということである。身体中にロープをぐるぐる巻きにしても尚、03分隊と俺自身の分を除く11人分の体重は重たいだろうから、まさに読んで字の如くかもしれないが、まあ『纏衣まとい』と『白銀装甲イージス』を同時展開すれば何とかなるだろう。


 加えて言えば、この世界の戦場にはまだ三次元的な視点が存在しない。当たり前だ。空を飛ぶなど技術的にも魔力的にも夢のまた夢なのだから、空から戦場を俯瞰して作戦を立てたり、あるいは遠方の敵を観測したり、ましてや空から敵が襲ってくるなどとは考えられよう筈もないのだ。

 この世界の軍人は二次元に生きている。屋根の付いた物見櫓ものみやぐらが良い証拠だ。上を見るつもりなどハナから無いのである。そこが奴らの盲点だ。その盲点を突いてやれば、城は大混乱に陥るであろう。


 そうアイヒマン曹長に説明してやると、彼は目を剥かんばかりに見開いてしばし黙考し、それからおもむろに口を開いてぽろりと感想を述べた。


「……それをやられたらたまったものではないですな。戦が、変わります」

「まあな。下から弓で射ようにも、矢自体の重みで威力が減衰するから大した脅威にもならないしな。攻めやすく防ぎにくい、新時代の戦法だよ」


 もっとも、この作戦を実行に移せるのは空を飛べる者に限られるという制約はあるのだが。そして俺の知りうる限り、自在に空を飛べる人間は俺と、飛行用マシン「M-1」号を所有するメイくらいしかいない。そのメイに関しても、事前に大量の魔力を魔力タンクに貯めておかなければおいそれと飛ぶこともできない訳で、要するに原動機の普及していない時代において、空を飛ぶのはたとえ魔法があってもそれだけ大変なことなのだ。


「えー、全隊員に告げる。これより03分隊の報告を受け次第、空挺降下作戦を行う。空挺降下作戦の概要についてはこれから説明する」


 俺はマリーさんの元で習った日常魔法の内の一つ、『板書』で空中にホログラム状の魔力の黒板を生み出し、これまた魔力で作ったチョークで簡単にイラストを描いて説明していく。


 作戦はこうだ。

 まず、現在敵陣内部に潜入しているイリス率いる03分隊が、敵陣の様子を俺達にしらせる。

 次に、03分隊からの報告をもとに、もっとも降下に適していて、かつ迅速に展開できる場所を目掛けて一気に部隊全員で降下する。

 最後に、敵の司令部を襲撃して首謀者の身柄を確保すれば作戦完了だ。


「シュタインフェルト中尉達の偵察が作戦の肝ですな」

「ああ。でもイリスならうまくやるだろう。あの光学迷彩はなかなか破れるものじゃない」


 ————などと話していたのがフラグになってしまったのか。破れないということは、逆に言えば、滅多なことがあれば破れるのだということを俺はすっかり失念していた。


「『こちら03マルサン分隊! 緊急事態。こちらの存在が露見した。敵に魔人がいる。至急、救援をう。繰り返す。敵に魔人がいる。至急、救援を乞う! 送れ!』」


 イリスにしては珍しく焦った声。通信魔道具の向こう側でがなり立てる様子からは、逼迫ひっぱくした状況が伝わってくる。


「こちらシルバー! 即時そちらへ向かう。場所はどこだ!? 魔力反応を高めて知らせろ! 送れ!」


 イリス達、潜入チームの存在が既に敵に露見してしまっているというのなら、もう隠れていたところで意味はない。注目を浴びるであろうことを覚悟の上で、イリスに魔力反応を高めてもらって位置を捕捉する!


「————! 補足した!」


 遠くに見える城の内部から、慣れ親しんだイリスの魔力反応が吹き上がる。この数年間の修行の成果もあって、今のイリスは特魔師団に入団した時よりもずっと強力な魔力を保有するに至っているので、捕捉も随分と楽だった。


「小隊、ロープ用意!」


 俺は七支刀のように枝分かれした長いロープを小隊の皆の方に投げて渡しながら叫ぶ。


「マルクス! お前は戦闘向きじゃないが、魔人との戦闘中に雑兵どもから挟撃を受けたら厄介だ。城の内部に罠を張って、他の連中を寄せ付けないように調整する役割を任せる。お前も来い!」

「わ、わかった!」

「よし。……全員、ロープは結び終えたな!? 行くぞ、歯ァ食いしばれ!!」


 俺は全員分がくくり付けられた一本のロープをつかみ、片翼で五メートルはある巨大な『飛翼』を発動して飛び上がった。


「「「うおおおっ……!!」」」


 下の方で、初めて空を飛んだ部下達が驚きとも興奮ともつかない声を上げている。これは事態が落ち着いたらしっかりと訓練しないとな。今回はぶっつけ本番でこのような作戦を実行する羽目になってしまったが、本来であれば入念な訓練を行ってからでないと色々と不都合も出てきてしまうのだ。


「待ってろ、イリス!」


 イリスは強くなった。だが魔人が相手ともなれば不確定要素が大きすぎる。敵陣内部に潜入した03分隊の皆の無事を祈りながら、俺は部下11人を抱えた状態で急いで空を駆けるのだった。






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