第4話 魔法属性……無し!

 まだ頭身がそんなに高くないので転げないよう気をつけながら、俺は屋敷内を探索する。廊下は大理石でできているようだが、高そうな赤カーペットが敷かれているので冷たくはない。今の季節が春なのもありがたい。いくら貴族の屋敷とはいえ、冬だと廊下は流石に寒いだろう。

 日本の家と違って、貴族の屋敷というものは似たような景色が家の中だというのに延々と続くものだ。同じ形、同じ色をした扉が十も二十も並んでいるのだから、そのうち自分の家で迷子になってしまいそうだ。

 俺の部屋は一階の、朝日が差し込む、北から見て一番左端の部屋だ。そこから右に向かって部屋が十幾つかほどあり、ロビーのようなところに出る。ロビーの上にはよく西洋の映画で見るような立派な階段が左右に分かれて二階に伸びており、その間に大きな扉があって、その向こうは小さいパーティーが開けるような食堂兼広間となっている。

 階段はまだ危ないので二階には行けない。なのでこのまま一階の探索を続けよう。

 ロビーを通り過ぎると、今度は右側に小学校の教室サイズの部屋がいくつか並んでいる。一番手前が小食堂で、普段家族が食事を食べているのはこの部屋だ。この部屋はもっぱら俺達家族しか使っておらず、使用人達は使用人館の中にある、使用人用の食堂を使っている。とはいっても流石は辺境伯家とでもいうべきか、使用人用の食堂であってもなかなかにオシャレでしっかりした設備が整っていた。我が家の福利厚生はバッチリなようだ。

 食堂の次は応接間。この部屋に立ち入ることは普段、あまりない。親父はよくこの部屋で皇都からの使者やら商人やら、はたまた別の領地の貴族やらとお話しているようだが、俺にはまだ早い。何せまだ2歳だもの。

 応接間の隣は客間。ここの部屋で、来客に寝泊まりしてもらうようだ。この部屋も入ったことはない。

 次が浴室。なんとこの屋敷には温泉がある!

 まあ、温泉なんて大仰に言ったところで、別に源泉掛け流しの天然温泉とかではなく、普通に魔道具で沸かしただけのただのお湯なんだけども。とは言っても前世にあったちょっとオシャレな銭湯っぽい雰囲気があって、俺はとても好きだ。まだ子供なのでよく家族で一緒に入ったりするが、俺は早くも江戸っ子ジジイよろしくお湯に浸かる喜びを覚えていたりする。姉貴にばしゃばしゃお湯をかけられているにも関わらずまったりし続ける俺を見て、親父に「なんだかエーベルハルトは妙にジジくさいな」と言われて転生がバレるんではないかと少し焦った。

 それはさておき、次の部屋だ。この辺りからまだ知らないゾーンに入ってくる。生活に必要な部屋がここまでの辺りに収まっているせいで、ここから先にはなかなか立ち入る機会がないのだ。貴族の屋敷らしく、地下に通じる隠し部屋とかあったらいいな……なんて考えつつ、俺は昼なのに薄暗い廊下をペタペタと歩く。


「ハル様?」

「うわあああああっ!!」


 背筋が震えた。自分の家とはいえ、まだその全てをよく知っているわけではなくて、しかも薄暗いのだ。なんとなく薄気味悪い気になっていたところへ、この突然の声掛けである。齢2歳にして心臓発作で死ぬところだった。


「ど、どうかなさいましたか?」

「なんだぁ……、ありしゃか……。おどよかさないでよ……」


 二度目だが、滑舌の悪さは見逃せ。まだ俺は2歳だ。


「も、申し訳ありません。驚かすつもりはなかったのですが」

「まあ、いいよ」


 この使用人……もといメイドは、アリサという。俺が部屋で【衝撃】の効果を試そうと「しょうげき!」と叫んだ時に、実はこっそり掃除していた奴である。

 この屋敷にはたくさんの使用人がいる。彼らは様々なパートに分かれて、この広大な屋敷と敷地を維持しているのだ。その中でもアリサは執事・侍女パートに所属している。要するに俺ら家族のお世話役だ。そしてアリサはその家族の中でももっぱら俺を中心にお世話する、いわゆる俺の専属メイドというやつだった。


「ハル様は、ここで何をなさっておられるのですか?」

「ほんがよみたくて」

「書斎ですか。書斎であればお二階にございますよ」


 マジか。行けないやん。2歳の身体には階段は一段一段が大きすぎて難しいのだ。


「お二階は一人では危ないので行ってはなりませんよ。今回は私が特別に連れていって差し上げますね」

「あいがとね」

「いえいえ」


 アリサが俺を抱え上げ、そのまま抱っこしてくれる。豊かな胸に抱きすくめられて俺は幸せな気持ちになった。これぞ子供の特権である。ぐへへ。

 階段を上って3部屋ほど進むと、なかなか広い立派な部屋があった。


「ここが書斎です。ファーレンハイト家に先祖代々受け継がれてきた資料などもあるので、もう小さな資料館ですね」

「へぇー」


 確かに書斎は、書斎というには随分と広かった。小学校の図書室くらいはあるかもしれない。数万冊くらいはありそうな蔵書の山をアリサに抱っこされたまま眺めながら、俺は彼女に尋ねる。


「まづつのほんはあるの?」

「魔法のことですか? ございますよ」


 そうか。この世界では魔術は魔法と呼ぶのか。ファンタジー漫画でも、転生先の世界によって魔術なのか、魔法なのかは違うからな。どっちが主流なのかはいざ転生してみないとわからない。

 アリサは俺を抱いたまま、窓とは反対側の棚に近づいていく。そして辞書のように分厚い本が何冊も陳列されている本棚を俺に示した。


「この棚が丸々魔法に関する棚になっていますよ。どの本から読みたいですか?」

「さいしょから」

「では基礎から学んでいきましょうね」


 そう言ってアリサが手に取ったのは「魔法大全 基礎編」という本だった。立派な革製の装丁が施してあり、重厚感のある本だ。

 書斎に備え付けてある閲覧用の机と椅子に下ろしてもらった俺は、アリサから「魔法大全 基礎編」を受け取ってページを開く。そして次の瞬間、俺は衝撃を受けて固まった。


「……………………よめない」


 そりゃそうだ。何せこちとら2歳児だ。当然、親や家庭教師から文字を教わってなどいない。そういうのはもう少し大きくなってから学ぶのが普通だろう。


「ありさ、よんで」

「はい、いいですよ」


 そう言ってアリサは俺の隣の席に腰を下ろし、横から覗き込んで音読を始める。


「では失礼しますね――――『偉大なる神が我々に与えし奇跡は五つ。一つ目が理性。二つ目が言の葉。三つ目が器用な手。四つ目が火。そして五つ目が魔法である。魔法を学び、これを修めることは即ち神に感謝し、これを敬うことである。』」


 いきなり凄い文章が来た。西洋中世の宗教っぽさが半端ない。


「『偉大なる神は世界を創り給うた後に、自らの子を地上へと降ろし、世界の統治を委ねられた。その子こそが皇国の初代皇帝である。我々が魔法を学び、皇帝陛下に仕えることこそが神の意にそぐうものであることを、これより魔法を学ぶ者はすべからくして留意せよ。』――――これは魔法を学ぶ際に、どの学校や本、社院でも必ず最初に習う言葉ですね。魔法は大きな力ですから、誤った思想のもとに国家に仇なすようなことがあっては一大事です。力には責任が伴うということを、皇国への忠誠心とともに教えるのが目的とも言われています……なんて言っても、ハル様にはまだちょっと難しいかな」

「いや、なんとなくわかうよ」

「えっ?」


 おそらくこれは、地球においても宗教と道徳教育が歴史的に密接な関係にあったことと近いだろう。いや、むしろ全く同じかもしれない。教会や寺は神や仏の教えの形をとって、民衆に道徳教育を施す。権力者は国家にとって都合のいいその教えを守るため、教会を保護する。そうして持ちつ持たれつの関係で聖俗は均衡を保ってきたのだ。この世界においてもそれは変わらないだろう。むしろ魔法という、より神秘的な力が存在する分、地球よりも宗教教育の重要性は高いかもしれない。


「今の解説がお分かりになるのですか!?」

「まーね。そえよりはやくつづきよんで」

「は、はい……。それでは続けて参りますね。『魔法には属性変化を伴わない無属性魔法に加えて、属性変化を要する火・水・風・土の基本四属性と呼ばれる四つの属性がある。全ての人は、その強弱に差はあれど、この四属性の内、いずれかの性質を有するものである。四属性は社院での七冠式の際に鑑定を行うことで判明するのが一般的であるが、自力でステータスを確認できる者、神官に直接鑑定してもらえる環境にある者など、必ずしもその限りではない。』――――そうですね、一般人なら七冠式……あっ、七冠式というのは、七歳の誕生日に無事成長できたことをお祝いする儀式のことですよ。……で、その七冠式の時にわかることが多いですね。お貴族様なら、早いと四歳か五歳で家に神官様をお呼びして鑑定したりするみたいですね。ちなみに私は火属性ですよ。とは言っても、小さな火種が起こせるくらいで、ほとんど実用的な魔法は使えないんですけどね……ってあれ? ハル様? どうなさいました?」


 嘘……だろ……。

 俺は、またもや衝撃を受けて固まっていた。

「全ての人は、その強弱に差はあれど、この四属性の内、いずれかの性質を有するものである」?

 俺のステータスの魔法属性の欄、「魔法属性:―」なんだが…………!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る