第303話 思わぬところに……

 さて、今回俺達が向かったのは皇都中心部の繁華街の中でも高級店が多く建ち並ぶ区画だ。高級レストランや老舗百貨店などが軒を連ねる様子は、さながら前世で訪れた銀座のようである。

 リリーがお求めのお鍋も、きっとお気に入りのものが見つかるに違いない。


「あそこなら良いのが売ってるかもな」


 向こうに見えるのは、三階建ての立派な百貨店だ。看板には「ベネット商会」と書いてある。


「ベネット商会ね。最近規模を拡大してきてる有力な商会らしいわね。この前ベルンシュタットにも支店ができたって聞いたわ」

「ハイトブルクではまだ聞かないなぁ」

「まあハイトブルクは皇都から離れているから仕方ないわね」


 地方都市であるハイトブルクに皇都の文化が波及するのには、当たり前ではあるがそれなりの時間が掛かる。テレビやインターネットのないこの世界では、それは特に顕著だ。おかげで流行の最先端である皇都生活に飽きてもハイトブルクに帰れば一昔前のノスタルジーに浸れたりするので、地方というのも案外悪いものではない。

 ちなみにこのベネット商会とやら、本店は皇都ではなく、皇国西部に位置する港湾商業都市ハーフェンにあるらしい。位置的には古都クレモナの南にあたる。流石は商業都市の名を冠するハーフェンだ。皇国中に支店を絶賛拡大中の大規模商会を産むあたり、商人気質な街なんだろうな。


「とりあえず中に入りましょ」

「おう」


 中に入ると、シャンデリアに照らされた明るい空間が俺達を出迎えてくれた。入り口から奥へと伸びる赤い絨毯がさりげなく高級感を演出している。


「いらっしゃいませ」


 エントランスホールで控えていた店員がこちらに近づいて話しかけてきた。蝶ネクタイとスーツがお洒落な紳士だ。


「なんというか、凄いところですね」


 これでも一応は大貴族なので高級店には慣れているが、ここまで丁寧に接客されるとやはり自然と背筋が伸びてしまう俺である。


「お褒めにあずかり光栄でございます。当店はお客様のご満足を何より大切に思っております故、ご要望や気掛かりな点などがございましたらなんなりとお申し付けくださいませ」

「これはこれは、ご丁寧にどうも」


 どうやらここの百貨店は一組の客につき一人、店員が密着して接客するスタイルのようだ。欲しいものやわからないことがあったらすぐに店員に訊けるし、店側としてもセールスポイントを的確にアピールできる。そりゃあ全国に急速拡大できるくらい売上も上がるわけだ。


「あの、前使っていたお鍋が壊れてしまったので、新しいものが欲しいのだけれど……」


 他所よそ行きの口調で店員に訊ねるリリー。確かにこれだけ展開が広がったら、鍋一つ探すだけでも一苦労だ。


「かしこまりました。ご案内いたします」


 恭しく礼をして歩き出した店員について行くことしばし。二階の食器・調理器具コーナーに差し掛かったあたりで紳士な店員さんはこちらに向き直った。


「鍋がご入り用ということでしたら、こちらの中からお選びいただければと思います」


 そう言って店員が示したのは、軽く二〜三〇種類はありそうな鍋の数々。鉄製の中華鍋っぽいものから寸胴、土鍋に至るまで、実に様々な種類・サイズのものが陳列されている。


「凄いな、これ」


 まるで日本のデパートに来たみたいだ。商品を見て回っている内に色々目移りして楽しくなってきた。


「ねえ、ハル君。見てこれ」

「ん、これは……圧力鍋?」


 リリーが示したのは、ステンレス風な光沢を持った金属の鍋だ。一見どこにでもありそうな鍋だが、蓋の部分が他のものと比べて若干特殊な構造をしている。


「おや、お客様。お目が高いですね」


 俺とリリーが銀色の鍋を見ていると、いきなり店員がそう褒めてくる。


「こちらは『圧力鍋』といいまして、我が商会が仕入れた物の中でも特に一押しの目玉商品となっております。なんと他の鍋と比べて調理時間が半分以下になるのです! 更に具材の中心部まで火が通るから柔らかさと味の染み込み具合が桁違い! しかも短時間で調理ができるおかげで煮崩れしない、まさに革新的な鍋でございます!」

「へえ、それは凄いわね。でもいったいどうしてそんなことができるのかしら」

「水蒸気の圧力だよ」

「え?」

「ほう」


 リリーと店員がこちらを見て驚いたような顔をする。


「水ってのは沸騰すると蒸気になるだろ。あれって実は凄く強い力を持ってるんだ。だから蓋をして閉じ込めてやると鍋の中の圧力が凄く高くなって、結果としてあっという間に料理ができちゃうってわけだよ」

「ハル君……なんだかメイルみたいね」

「聞き齧っただけのにわか知識だからあんまり自慢できるもんじゃないけどね」


 一を聞いて一〇を知るメイとは違う。俺のはあくまで前世での教育の賜物にすぎない。


「お客様の仰る通りでございます。これだけの強い力を閉じ込めておける高性能な鍋は他には存在しません。胸を張ってお勧めできる自慢の商品となっております」


 確かに、この世界の技術水準で圧力鍋を作ろうと思ったら、相当な設備と金が掛かるに違いない。


「まさか皇国の冶金技術がそこまで高いとは思ってなかったよ」


 地球において、圧力鍋が一般家庭に普及したのは二〇世紀に入ってからだ。流石に今回買った圧力鍋は庶民が手に入れられるほどお安くはないが、アーレンダール工房以外にも高い技術力を持った工房があると知って素直に驚いた俺である。


「実はこの鍋ですが、さる高明なお方のお抱え鍛冶師が考案したそうでして……」

「さる高明なお方?」


 その言い方だとまるで皇族か高位貴族のように聞こえるが。


「ええ。その名もメイル・アーレンダール氏。その勇名を皇国中に轟かせるファーレンハイト卿のお抱え鍛冶師でございます!」

「「メイ」ル!」


 結局あいつかよ!


「ご存知でいらっしゃいましたか?」

「ああ、いや……まあ確かに知り合いではありますね」


 知り合いも何も、俺の幼馴染で親友で、今度結婚する予定の恋人なんだけどな!


「なんと! お知り合いでしたか! それはそれは、なんと奇遇なことでしょう。これも何かの縁、お安くしておきましょう」

「それはどうも」


 店員の見事な販促活動によって、あれよあれよという間に商品の購入が決定していたが……ぶっちゃけそんなことはあまり気にはならない。思わぬところでメイの凄さを垣間見た俺達なのだった。




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