第138話 リリーの新たな閃き

Side : Henriette Lilli von Bernstein



「なんじゃ、リリー。相談とは珍しいの」


 数ヶ月前のある日のこと。一日の修行を終えて、寝る前に皆が居間でリラックスしている時のことだ。

 私は自室で寛いでいたお師匠さまを訪ねて、相談を持ちかけていた。


「私の時空間属性についてなんですけど……」

「時空間属性か。妾は四大属性しか使えんからの。役に立てるかはわからんぞ」

「それでも構いません。お師匠さまの豊富な知識が無駄になることは絶対ないでしょうから」


 お師匠さま自身は時空間属性を使える訳ではないが、伊達に二百年の時を生きた皇国最強の魔法士ではないのだ。多くの魔法に共通するアドバイスをくれたり、新しい視点に気付かせてくれるに違いない。


「まあお主がそう言うなら妾は別に構わんがの。して、相談の内容は何なのじゃ。時空間魔法がどうかしたのかえ?」


 部屋の中に招き入れてくださったお師匠さまに一礼して、ソファに座った私は話し始める。


「実は私の時空間空間は、転移や異空間収納などの『空間』に関するものは比較的自由に使えても、『時』に関するものはほとんど使えないんです。例外的に、自分で生み出した異空間の中でだけなら時間を止めたり早めたりと、『時』要素が使えるのですが……」

「ははあん、なるほどの」


 お師匠さまは腕を組んで唸ると、ソファの上で胡座あぐらをかいて天井を眺め出す。お師匠さまは十数秒ほどそのままの姿勢でいたが、おもむろにこちらに向き直ると、きっぱりと一言で言った。


「それは端的に言って、『空間』よりも『時』の要素の方が難しいからじゃろうな」

「『時』の方が難しい?」

「そうじゃ。考えてもみよ。空間とは、に過ぎん。この世界の在り方をつぶさに観察し、正確に把握さえしておれば空間の掌握も容易であろう。じゃが時とは実体が無く、ただ流れてゆく目に見えない概念のようなものじゃ。目に見える空間と、目に見えない時間。どちらが難しいのかは、さして深く考えんでもわかろうものじゃ」

「……なるほど」


 確かに、言われてみればその通りだ。空間とは、のことである。私達は世界の様子を把握するために目で見て、耳で聞いて、肌で感じているが、確かにそれらの感覚器官で知覚した世界の情報は私達の脳内で再構築が可能だ。私達は感覚器官を通して、世界の様子を知覚することができる。

 対して時間とは、何らかの感覚器官によって知覚できる類のものではない。画家が描いた絵はとある一瞬を切り取ったものに過ぎず、そこにはは存在しない。時間とは、強いて言うならば、私達の精神の中にしか存在しないものなのだ。

 そんな実体のある空間と、実体の無い概念に過ぎない時間。世界を改変する魔法によってそれらを自在に操りたい時、どちらがより容易であるかなど、魔法に詳しくない一般人ですら簡単に判断することができるだろう。

 一言で時空間魔法と言っても、『時間』と『空間』とはまるで別物なのだ。


「しかしお師匠さま。それでは一つの疑問が生じます」

「何じゃ」

「私は自分の生み出した異空間の中であれば、自在に時間の流れを操作できるのです。時間の流れを早くしたり遅くしたり、更に言えば完全に停止させることすらもできます。何故自分の魔法の範疇であれば可能で、外の世界だと不可能なのでしょうか?」

「そりゃあの、リリー。自分が行使した魔法によるものであれば、それがどんな空間かについて完全に把握しておるからじゃろう。それともお主はあれか、自分の魔法について何も理解せずに発動しておるのか?」

「い、いえ。自分の魔法を誰よりも熟知しているのは当たり前のことだと思いますが……。あっ、つ、つまり!」


 私は頭から背中にかけて雷が駆け抜けたような衝撃を覚える。これが天啓というやつであろうか。だとしたら、その閃きをくれたお師匠さまはやはり恐ろしい存在だ。


「もし、私がこの世界について、仮に一瞬であったとしても完全に掌握できたとしたら……」

「一瞬先ではあろうが、ほぼ確実な未来視が可能であろうな。熟練すれば時の流れすらも操れよう」

「お師匠さまっ!!」


 私は興奮して思わず飛び上がってしまう。直後に公爵令嬢にあるまじき醜態であることに思い至り、こほんと咳を一つして座り直すが、お師匠さまのことだ。きっと私の頬や耳が赤くなっていることなどお見通しの上で敢えてスルーしてくださっているのだろう。


「まあ。まずは自分の意識の中に流れる時を把握するところから始めるのじゃな。そちらの方が感覚を掴むのも早かろう」

「はい、わかりました。頑張ってみます!」

「似たような技で、『雷帝憑依』といったものがある。お主の婚約者と同じ特魔師団に所属しておる、『雷光』のジークフリートという男が使う最終奥義のようなものじゃ。詳しい絡繰カラクリは本人が秘密にしておるから妾にも予想しかできぬが、おそらく雷属性の魔力を全身に流すことで、意識や身体の反応速度を何十倍にも加速する技と見て間違いないじゃろう。雷属性ならヴェルナーの奴が得意じゃろうから、奴にアドバイスをもらうといいじゃろうな」

「はい。何だか、自分が目指すべき道筋が見えてきました」


 時間とは、私の意識の中のみに流れるもの。なら、とりあえずは私の中に流れる時間を加速してみるところから始めれば、何かが掴めるかもしれない。


「妾のアドバイスが役に立ったのなら良かったのじゃ」

「流石はお師匠さまです! ありがとうございます!!」


 私は夜も更けてきたにもかかわらず、意気揚々とお師匠さまの部屋を出る。


 私の魔法が更に成長すれば、どんどん強くなっていくハル君の隣に私もずっといられる。そうすれば私はずっと幸せだし、きっとハル君も幸せだ。


 自分に磨きをかけるため、私は明日からの修行計画を練り直す。胸の底から湧き出してくるわくわくとした感情に突き動かされながら、私は真っ白な紙に向かってペンを動かし続けるのだった。

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