第139話 ヴェルナー VS エレオノーラ

 リリーとリーゼロッテの試合が終わり、次の第4試合はヴェルナー VS エレオノーラだ。ヴェルナーはジークフリートと同じ雷属性の持ち主。エレオノーラは俺と同じ辺境伯家の令嬢で、彼女の実家は『東将』である。『東将』は『北将』と比べても遜色のない武勇を皇国に轟かせている名家で、特に火炎系の魔法を使うことで有名だ。もちろん一族全員が火属性の持ち主という訳ではないが、それでも比較的火属性の魔力を持って生まれてくる人間が多いらしい。

 そんな家に生まれたエレオノーラもまた例に漏れず火属性の魔法が得意で、社交界では早くから皇国の将来を担う才女として持て囃されていた有望株だ。フーバー辺境伯家に伝わる多くの秘伝魔法を使いこなし、既にSランクの俺が言うのもアレだが、俺と同じ13歳という年齢でA+ランクに届くか届かないかという、脅威の新人である。将来的には間違いなくSランクに到達するだろう。今から将来が楽しみである。


「それでは両者位置について」

「手加減はしないわよ。覚悟はいいかしら?」

「望むところだぜ! 俺のスピードに置いてかれてもしらねえぞっ!」


 お互いに勝気な性格をしていることもあり、二人とも戦意は充分のようだ。


「それでは始め!」


 マリーさんの合図を受けて、まず初めに動いたのはヴェルナーだった。伊達に速さを自慢している訳ではない。流石のスタートダッシュだ。

 しかしエレオノーラも負けてはいなかった。何気にこの18人の修行メンバーの中で一番小柄な彼女ではあるが、その華奢な体格に似合わず練り上げられた魔力は膨大かつ濃密だ。


「『電光石火ライトニング』! 続いて『迅雷撃』!」


 ヴェルナーの技が炸裂する。『電光石火ライトニング』とは、常時雷属性の魔力を練っておくことでタイムラグ無しに雷属性の魔法を発動することが可能になる、自分にバフをかける技だ。『雷帝憑依』ほどではないが、反射速度が通常の数倍になるというメリットもある。そのままノーモーションで『迅雷撃』という小規模な雷撃をエレオノーラに向けて放つ。威力は比較的大人しいが、雷撃ということもあり、躱すのはかなり難しいほどの攻撃速度だ。


「甘いわ! 『炎防壁ファイヤー・ウォール』!」


 それを受けてエレオノーラが発動したのは、彼女の周囲数メートルを覆うような炎の壁を作り出す魔法『炎防壁』だ。セキュリティ対策ソフトどこかで聞いたことのあるような名前だが、あちらが防火壁であるのに対し、こちらは炎自体で壁を作っている。名前の一致はまったくの偶然だろう。


 流石はフーバー家の才女というべきか、ヴェルナーの放った『迅雷撃』は『炎防壁』に阻まれて掻き消える。そしてその隙を見逃すエレオノーラではなかった。


「食らいなさい! 『爆撃炎弾』!」


 エレオノーラから拳大の黒い球体がいくつも生み出され、野球ボールのように射出される。ヴェルナーは『電光石火ライトニング』の効果もあって軽々とそれらを躱すが、どうにも嫌な予感がする。


「ふっ」


 エレオノーラが不敵な笑みを溢した次の瞬間、その予感は的中し、派手に炸裂した。


「ぐおおっ!!」


 直撃こそもらわなかったヴェルナーだが、軽く被弾はしているようで、地味に無視できないダメージを受けている。次から次へと撃ち出される『爆撃炎弾』を避けるのに精一杯といった様子だ。

 そしてそれこそがエレオノーラの狙いだった。気が付けばヴェルナーは周囲を大量の『爆撃炎弾』で囲まれて身動きができない状態に追い込まれており、そのことに気が付いた彼は顔面蒼白になっていた。


「う、追い込まれちまった! だがこれで終わる訳にはいかねえぞ! 必殺『稲妻弾幕ライトニング・バースト』!!」


 全身の魔力を振り絞って起死回生の一撃を放つヴェルナー。必殺と言うだけあって、先ほどの『迅雷撃』とは比べ物にならないほどの凄まじい規模だ。『弾幕』と表現するに相応しい無数の稲妻がヴェルナーから放たれ、その全てがエレオノーラへと向かっていく。


 ————だがエレオノーラは強かった。


「『爆炎竜ヘルファイア・ドラグーン』!」


 エレオノーラがそう叫んだ次の瞬間、彼女の魔力が急激に膨張し、巨大な燃え盛る竜の姿となってこの世に顕現する。炎の竜は大きくあぎとを開き、膨大な熱量をまき散らしてヴェルナーに突撃していった。


「なっ、冗談じゃねえっ!!」


 ————バリバリバリバリィィ…………ッッッ!!!


 超高圧の雷と、超高熱の爆炎が空中で激突する。両者はしばらく拮抗していたように見えたが、勝負を制したのは『爆炎竜ヘルファイア・ドラグーン』の方であった。


「っっ————————」


 直視するのも厳しいほどの爆炎の波に飲み込まれるヴェルナー。辺りが閃光と白煙に包まれる。


 ……どれほど経っただろうか。数十秒、いや、数分ほど経ってようやく煙が晴れた時、その場に立っていたのはやはりというべきか、エレオノーラのみであった。


「勝負あり! 勝者、エレオノーラ!」


 ヴェルナーのいた辺りを見ると、そこだけ爆撃でもされたかのように地面が抉れており、ところどころがガラス状に溶けている有様だ。その爆心地の中心に、無傷のヴェルナーが白目を剥いて倒れ伏していた。


「……何と言うか、凄い戦いだったな」


 大規模・高火力の魔法の応酬が見られたという意味では、実に豪華な試合だった。高い威力の魔法のぶつかり合いというものは、やはり見応えがあるというものだ。

 ……何にせよ、『精神聖域』は偉大な魔法だということが今一度はっきりしたな。あんな魔法を直接食らったりしたら、人間なんて簡単に消し飛んでしまうからなぁ……。


 こうして、ヴェルナー VS エレオノーラの勝負は、エレオノーラの勝利によって幕を下ろしたのだった。



     ✳︎



「お疲れ。やっぱり強いね」

「あんたに言われると何だか癪だわ。でもいつまでも負けてらんないわよ。この試合の決勝戦で待ってなさい。必ず勝つからね」


 試合を終えて戻ってきたエレオノーラにそう声を掛けると、彼女は自分の魔法に負けないくらいの炎を瞳に燃やしながら俺を見上げて返してきた。

 エレオノーラとは比較的実力が近いこともあり、修行中にも何度も手合わせをしてきた。流石に実力差がまだ結構あるのでほぼ毎回俺が勝つのだが、ごく稀に俺が負けることもあった。縛りやハンデなどを設けると、五分五分になることも少なくない。とはいえ、現状では俺が8回連続で勝ち越している状態だ。


「あんたに勝つとっておきの秘策を考えておいたわ。楽しみに待っていることね」


 挑発的な笑みを浮かべてマリーさんの方へと戻っていくエレオノーラ。俺はバトルジャンキーではない筈だが、少しだけわくわくとしたものを感じずにはいられなかった。


 ちなみにクリストフも他のメンバーに比べればそこそこ実力も近いのだが、奴はそもそも性格に問題があるし、何より俺との相性が壊滅的なので、手合わせは結局修行が始まった時に一度戦ったあの事件以来一度も無い。

 更に言えば、クリストフはヨハンやオスカーなどの他のメンバーと手合わせすることも無かった。仲間内での会話もほぼ無く、常に独りのようだった。それで強くなれるのかは知らないが、まああんな性格の奴に変に強くなられても、皇国に反逆でもされたら困るしな。気にしないのが一番だ。


「次はエーベルハルトとナディアじゃな」


 マリーさんから第5試合の準備を急かされたので、俺は『精神聖域』に向かう。


「ナディア、頑張って」

「が、がんばりまひゅ……ますっ! うぅ、噛んだ……」


 イリスに応援されたナディアが、舌を噛んで痛そうにしながら『精神聖域』内に入ってくる。猫系獣人の彼女だ。八重歯も猫よろしくかなり鋭く尖っているのだが、それで舌を噛んで怪我とかはしないのだろうか? 本物の猫はどうなんだろう、とか益体も無いことを考えつつ、俺はナディアに正対する。


「一応言っとくけど、手加減はしないからね」


 手加減をするのは、相手を下に見て真剣勝負を軽んじる行為だ。そんな失礼なことは、いくらこっちが辺境伯家の嫡男で立場が上だからといってできる訳がない。

 ナディアは少々と言うには度が過ぎるほどのドジっ子属性盛り盛りの猫耳少女だが、こう見えて素質はかなりあるのだ。

 未だに謎が完全に解明されてはおらず、不確定要素の大きい闇属性魔法。身体能力に優れる代わりに魔法適性に恵まれにくい獣人としては珍しく、それを使うナディアは、意外性という意味ではこの修行メンバーの中では一番かもしれないのだ。

 ジョーカー。ダークホース。大物喰らい。

 『ダーク』だけに、何が起こるかわからない。そういった予測不能な可能性をナディアは秘めている。


「も、もちろんです! わたしも全力でお相手しますっ!」

「そいつは楽しみだな」


 無属性を突き詰めた『彗星エーベルハルト』 VS 予測不能な『闇の魔法士ナディア』。先の読めない戦いが始まろうとしていた。

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