第252話 ちょろリンちゃん

 それからしばらくユリアーネとの談笑を楽しんだ俺は、魔法哲学研究会に赴くべく部室棟の廊下を歩いていた。あの後、ユリアーネは「そろそろ講義の時間なので失礼しますね」と言って授業に向かっていったので、することもなくなった俺は文芸部の部室を出ることにしたのだった。

 そういえばユリアーネは何を専攻にするつもりなのかな? 実技が得意なイメージはあんまりないし、もっぱら学問に全振りの魔法研究科らしく一年生ながらに論文でもしたためたりするんだろうか。まあせっかくだし、今度会ったら訊いてみるか。

 さて、そんなわけで思いがけず暇になってしまったな。相変わらずリリーとメイは忙しいだろうし、イリスはこの前会った時に「演習授業が入っているから今週いっぱいは忙しい」と言っていた。となると、残る選択肢は魔法哲学研究会に行くか、学院内をぷらぷらふらつくかくらいのものだが……。


「どうせ今部室に行っても誰もいないだろうしなぁ」


 もしかしたら一つ上のヒルデ先輩ならいるかもしれないが、カミル先輩とイザベラ部長の二人はまず間違いなく授業中だろう。ヒルデ先輩に関しちゃ、あの人ほぼ部室に住んでるようなもんだからな……。会おうと思えばそれこそいつでも会える相手だ。だからこそ、部室に必ずいるとは限らない上級生のお二人を待って放課後に向かったほうがいいと思うのだ。

 というわけで、構内の散策でもしようという結論に至った俺は、特に目的地を定めることもなく足の向くままに歩くことにした。


「しっかし、こうやって歩いてみると世界最大の都市のド真ん中にあるとは思えない規模だよなぁ……」


 端から端までいったい何百、いや、何キロあるんだろうか。流石に「何キロ」は盛ったかもしれないが、少なくとも体感ではそのくらいの広さを感じるな。どこぞの試される大地の大学みたいに、学院内バスの運行を切実に希求するレベルだ。

 というか俺、執行部とはいえ生徒会役員会議の一員なんだから提案する権限はあるんだよな。もっとも、あのクラウディア会長がまともに取り合ってくれるとは思えないけど……。

 いや、いっそのこと特魔師団や冒険者で荒稼ぎした私費を投下してバス事業に乗り出すのも悪くはないな。どうせバスを一台二台買ったところで使い切れる額じゃないんだし、アーレンダール工房の売り上げにも繋がるのだから悪い話ではないかもしれない。


 そんな荒唐無稽かつ他愛ない考えに耽りながら歩いていたら、いつの間にか演習場へとやってきていた。

 まあ演習場とは名ばかりの、実態は荒れ果てた空き地に過ぎないが。魔法学院は、その名の通り魔法を学ぶ場であるわけで、つまりは学生の大多数が魔法に精通していると言える。まさか校舎の中で魔法をブッ放すわけにもいかない以上、必然的に実技の演習を行う場所は屋外か、厳重に魔法障壁の張られた屋内演習場に限られてくるわけだ。

 そして屋内演習場は基本的に授業での使用が優先。となると暇と魔力と変な方向へのやる気を持て余した学生達が向かう先は屋外に限られてくる。

 とどのつまりは、学生達の魔法で焼かれ、燻され、耕されまくった結果がこの演習場という名の荒野なのだった。


「魔法学院がこの地に開校して以来、グラウンドは草木も生えぬ呪われた地に変貌したという……」


 魔法学院七不思議の一つだ。ちなみに七不思議を作ったのは初代学長らしい。厳密には、七不思議と呼ばれる元凶を作ったのが、ということだそうだ。なんというかまあ、マッドサイエンティストってのはいつの時代にもいるもんだなぁと再認識させられたよね。俺はいつも隣に狂科学者メイがいるからよくわかる……。


「というか、ほとんど誰もいないな。せっかく来たんだし、この貸切状態は是非とも有効活用したいよな」


 いつもなら屋外演習場――――グラウンドは学院生達でひしめき合っているのだが、今日は随分と空いているようだ。考えてみればそれもその筈。今は思いっきり授業が詰まっている時間だ。単位制とはいえ、夕方よりも昼間の時間帯のほうが講義数も多いに決まっている。大方、学生達は真面目に授業に出ているんだろう。合法的おサボりを白昼堂々キメている不真面目な俺と違って、皆さん真面目に過ごされているわけだ。


「まあ、俺はサボりはサボりでもお上に許されたサボりだし? こうやって一人寂しく学院を彷徨さまよっていてもお咎めなしの身分だし⁉︎」


 誰に聞かせるでもなく呟いてみるものの、虚しさは増す一方だ。うーん、寂しい。誰か話し相手になってくれる人はいないものか……。


「ん?」


 俺は現状、一人が寂しいから話し相手が欲しいわけであって、寂しさを解消してくれるなら相手は「話し相手」じゃなくても問題はないよな……?


「『リンちゃーーーーん!』」

「ぴゅいいいいいっ」


 グラウンドの地面に複雑な幾何学文様を描く魔法陣が浮かび上がり、輝きと同時に我が半身たる契約神獣、始源竜エレメンタル・ドラゴンのリンちゃんことリンドヴルムが顕現する。

 白銀に輝く金属質の鱗。見上げるほどに大きくなった体躯。もはや幼竜とは呼べないリンちゃんだが、そのまるまるつぶらなお目目だけは昔と変わらない愛嬌ポイントだ。


「リンちゃんお久しぶりだねぇ〜! おー、よしよしよしよし……ってあれ、なんか怒ってる?」

「ぴゅいっ」


 知らないっ、とでも言いだけな目でそっぽを向くリンちゃん。ふむ、何か悪いことしちゃったかな……。いや、むしろ何もしてないからだな。長いこと召喚できてなかったから、寂しくてスネちゃってるんだ、これは。

 ペットは飼い主に似るとはよく言うが、寂しがり屋な面はリンちゃんも同じだったみたいだな。


「悪かったよ〜。最近忙しかったんだ。その分ちゃんと埋め合わせはするから、機嫌を直しておくれ」


 ほんのりと温かい鱗(竜種は爬虫類っぽいキャラデザをしているくせして、膨大な魔力を保有する神獣なので体内の熱エネルギーもまた膨大なのだ。そのおかげで何気に恒温動物扱いされていたりする。中途半端に地球生物学に触れていると、違和感マックスだ)を撫で撫でしながら謝罪をする俺。最後にリンちゃんを召喚したのがノルド首長国に行く少し前だったから、かれこれ数週間は喚んでいないことになる。


「そうだ、リンちゃん。久々に遊ぶついでに、新しい技を教えてあげるよ」

「ぴゅい?」


 機嫌を損ねてはいても、基本は俺のことが大好きなリンちゃんだ。俺がめげずに構ってやれば、意外とすぐ機嫌を直してくれたりする。はは、ちょろいな。








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