第260話 シャベッタアアアア

「あっ、なんかこっちに来るわ」

「群がってくる!」

「ハル君、言い方っ」


 魔力を求めて月明かりに舞う精霊達。それが今は俺達に寄り集まってきている。


「……もしかしなくても、俺達の魔力に反応してるのか?」

「その可能性は充分あると思うわ……。だってハル君、人間魔力タンクだし」

「リリーの魔力も相当多いけどな」


 なるほど。月の光に含まれるよりも遥かに高密度の魔力を持つ俺達のほうが、精霊にとっては惹かれる対象になるんだろう。


「うん? というか精霊って魔力をたくさん取り込んである程度大きくなったら、周囲の生き物の意思に感応して自我が芽生えるんだよな……?」

「ええ、そうよ……って、ハル君の周り! 私の周りにも!」

「こいつら、俺達の魔力を吸い取ってるぞ」

「驚きね。私達を対象に、擬似的な『龍脈接続アストラル・コネクト』をしているのね」

「どんどん大きくなる……これ、もし俺が邪なことを考えてたら……」

「最悪、恐ろしい力を持った大悪魔になるのかもしれないわね。ふふっ」

「規格外の魔力を持つ大悪魔の生みの親とか、皇国騎士としては流石に洒落になんないぞ」


 教義にもとるとはいえ、悪魔を使役することに関しては、しっかりと手綱を握れるのであればお咎めなしとの判断が皇帝陛下から出ているから罰せられはしないだろう。俺自身、皇国騎士としての信用も立場もあるから、表立って俺を批判できる人間はそうそういない。

 だが、それでもゴシップのネタくらいにはなるだろうし、俺に敵対的な人間がいたら格好の攻撃材料を与えることになってしまう。できれば避けたいトラブルだ。


「大丈夫。俺は善人だから……っ!」

「昔っから散々私にエッチな悪戯ばっかりしてきた邪悪の塊が何を言っているのかしら」

「仕方がないだろ! だってリリーが可愛いんだもの」

「も、もう、ハル君のお馬鹿」


 そんな痴話喧嘩ですらない何かじゃれあいのようなことをしていたら、いつの間にかたくさんの精霊達は一つにまとまって、大きな光のたまへと姿を変えていた。


「俺達、間違いなくこの精霊に影響を与えちゃってるよな……」

「自然破壊だわ」


 与えた影響が果たして良い影響なのか、それとも悪い影響なのかは不明だが。少なくとも俺達が来なければ決してこうはならなかったということだけはまず間違いない。


「精霊といえば、近いのが契約神獣だ。神獣は精霊と動物のあいの子みたいなもんだからな。――――『リンちゃん』!」

「ぴゅいっ!」


 地面に浮かび上がった魔法陣から、俺の契約神獣である始原竜エレメンタル・ドラゴンのリンドヴルム――――リンちゃんが姿を現す。もうすっかり大きくたくましく成長したリンちゃんではあるが、これでもまだまだ大人ではないというのだから流石は竜種の王と呼ばれる始原竜だよな。


「リンちゃん。危険は無いと思うけど、何が起きるか分からないから一応呼ばせてもらったよ」

「ぴゅいっ」


 任せろ、とでも言わんばかりの表情(変化の少ない爬虫類フェイスだが)で胸を張るリンちゃん。神獣であれば精霊が何かしらのアクションを起こしても対応できるだろうという判断だ。


「さあ、鬼が出るか蛇が出るか……」

「そんなに身構えるようなことは起こらないと思うわよ。さっきはああ言ったけど、流石に悪魔にはならないだろうし……」


 冗談は口にしつつも、本気で心配はしていないと言うリリー。まあ俺も流石に自分が悪魔の親になるほどクズ人間だとは思っていないから、大丈夫だとは思うが……。


「あっ、球が」

「形を……変えている?」


 精霊達が寄り集まってできた光球のシルエットが、少しずつ変化して細長くなっていく。太さにばらつきのある何本かに枝分かれしたその姿は――――。


「これ、人型だ」


 非常にぼんやりとしているが、これは確かに人間のフォルムだ。おそらく、人間である俺達の意識の干渉を受けた結果、この精霊は人間的な性質を帯びた精霊に成長したんだろう。言うなれば俺達はこの精霊の親に当たるわけだ。


「まだ自我は薄いみたいだな」

「はっきりと人型になってるわけでもないし……存在が不安定なのね」


 精霊とは、長い年月をかけて少しずつ成長していく存在だ。こんな風に僅か一晩でここまで急成長するなんてことは、過去にもほとんど例が無いのではなかろうか。

 そして、だからこそこうして存在が不安定になってしまっている。


「とにかく、危害を加えてくる気は無さそうだな。あとは……どうなるか見守っておいてやるか」

「そうね」


 精霊はふわふわとその辺りを浮遊しているだけだ。まだ何も見えてはいないだろうし、何も思ってはいまい。ただ、精霊として何か感じるものかあるのか……だんだんと俺達のほうへ近づいてくる。

 そうして彼我の距離が数メートルほどに縮まった次の瞬間。


「ぴゅい⁉︎」


 精霊はリンちゃん目掛けて急加速した。


「リンちゃん!」


 あの精霊からは敵意は感じない。だからリンちゃんが攻撃を受けるようなことはまず無いと思っていいだろう。だが、偶発的な事故が起こらないとも限らない。害意が無いからといって、害が生じないとは言えないのだ。


「ぴゅいーっ!」


 人型の精霊はリンちゃんに触れると、そのまま発光してリンちゃんに取り込まれるように雲散霧消していく。


「何が起こって……も、もしかして!」

「リリー?」

「ねえ、ハル君。精霊っていうのは、より大きく成長するために魔力のあるほうへと近付いていく。その過程で精霊同士が融合するってこともあるのよね?」

「うん。その筈だけど……って、まさか」

「ええ、多分そのまさかね」


 なるほどな、そういうことだったのか。


「リンちゃんと融合したんだな」


 リンちゃんは俺の契約神獣だ。神獣という生き物は、先にも述べた通り動物と精霊の間の子のような存在である。俺達人間のように肉体を持つ生き物でありながら、精霊のように魔力で構成されてもいるわけだ。

 今回、あの人型精霊は俺達の魔力を吸い取って急激に成長した。まだ自我は芽生えてはいなかったようだが、あのまま放置していればいずれは大人の精霊へと変化していたかもしれない。あるいは、不安定なまま分裂してそのまま消滅していたか。

 いずれにせよ、故意ではなかったとはいえ、俺達の手が加わったことによって真っ当な精霊としての成長ルートからは外れていただろう。

 しかし、最後にリンちゃんという半分精霊の存在がいたことで、あの精霊はちゃんと精霊として生きる道を選べたような気がする。

 精霊は、自我が薄いうちは精霊同士で集まって融合することもある。それはたくさんの原始精霊達が光球になる時にも、目の前で見ていたことだ。

 そんなことを考えていると。


「ね、ねえハル君」

「うん?」

「リンちゃんが……」


 リリーに指摘されて見てみると、なんとリンちゃんが銀色に発光しているではないか!


「リンちゃーーん!」

「ぴゅ、ぴゅい」


 とりあえず今のところ大丈夫そう、というリンちゃんの思念を受け取った俺は、ひとまず安心する。問題は無いだろうと踏んではいたが、流石にヒヤッとしたな……。

 そうしてリンちゃんが発光することしばし。光がより一層強まってきたあたりで事態は一変する。


「お、おいリンちゃん大丈夫か!」

「ぴゅい!」

「な、なんて?」

「たぶん大丈夫、だって。本人……本竜? が言うんだから間違いはないんだろうけど……心配だな……」

「精霊に関しては私達よりも神獣のほうが詳しいんだから、とりあえず落ち着きましょ」

「そうだね……」


 永遠にも思える数十秒が過ぎ、ようやく光が収まってくる。


「リンちゃん、無事か⁉︎」


 ようやく直視できる程度に眩しさが消えてきたので、薄目でリンちゃんの様子を確認すべく近寄る俺。


「リンちゃん! リンちゃ…………………………は?」

「ぴゅい……なんかしゃべれるー」

「う、嘘でしょ。ハル君のことだからまた何かあると思ってたけど……」

「はるー?」

「…………そ」

「?」

「そんなことある〜〜〜〜っ⁉︎」


 リリーとの放課後デートから始まったこのプチ騒動は、我が愛しのリンちゃんが人型デビューするという形で幕を下ろすことになったのだった。めでたしめでたし。



 …………めでたし?








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