第144話 イリス VS レオン、オスカー VS クリストフ

 さて、お次は第2回戦の第3試合、レオン VS イリスの試合だ。レオンは最年長ということもあって、安定した攻撃力と堅実な守備、経験に基づいた柔軟な対応で攻めてくる手強い相手だ。

 対してイリスはステルス性、そして攻撃力こそ高いが、防御力は皆無に等しい。

 バランス型(ただしどちらかというと防御型)のレオン対ステルス攻撃特化型のイリス。この試合、順当に進めば防御力と攻撃力を兼ね備えるレオンの方が優勢になりそうだ。


「では始め!」


 マリーさんの掛け声で戦闘を開始する二人。早速イリスは光属性魔法を展開し、この広く平坦な演習場の何処かへと隠れてしまうイリス。本来ならここからイリスの独壇場が始まるのだが…………。


「俺にその技は効かないぞ」


 鋼属性魔法を発動して、トーチカのように鉄の球体を展開して中に閉じこもってしまうレオン。ご丁寧にトーチカの表面はツルツルに磨かれたかのように輝いており、まるで鏡のように日光を反射している。


「っ……こ、これは!」


 イリスの攻撃がトーチカを襲い……予想通り、反射してあらぬ方向へと逸れていく。鏡面反射だ。


 次の瞬間、トーチカから棘が沢山生えてきて周囲に発射された。20メートルほど飛んだ棘はそのまま地面に突き刺さるが、こんなものが刺さったら大ダメージ不可避だ。


「これは参ったわね。このままだと一方的にやられてお終いよ」


 先ほどの試合からやや回復したリリーが椅子に座りながら話し掛けてくる。彼女の言う通り、レオンはイリスにとっては天敵かもしれない。光を扱うイリスにとって、鏡は究極の盾だ。その鏡をどうにかしようにも、相当の熱量がなければ背後に控えている鉄の壁を射抜けない。

 加えて、相手からの攻撃も厄介だ。イリスがどこにいるかわからないのなら、周囲の全方向に等しく攻撃を行えばよい。非効率的ではあるが、確かに最も有効な攻撃である。


 防御を突破するには圧倒的に攻撃力が足りず、そして向こうからの攻撃を防ぐ手段はイリス側には無い。…………これは詰んだかもしれないな。

 さて、イリス。どうやって反撃する?


 トーチカごと移動して演習場をしらみつぶしに攻撃していくレオン。このままではイリスがやられてしまうのも時間の問題だ。


 そのまましばらくレオンの一方的な攻撃が続いていく。変化が訪れたのは、もう攻撃されていない残りの場所がほぼ無くなってきた時のことだった。


「『太陽砲』」


 マルクスを吹き飛ばしたイリスの必殺技が、レオンの鏡面トーチカを直撃する。相当威力が高いと思われたその一撃ではあったが、しかし分厚い装甲と輝く表面に弾かれてレーザー光線は雲散霧消してしまう。


「この勝負、俺がいただく!」


 イリスの必殺技を完全にいなしたことで自信をつけたレオンがそう宣言する。しかしイリスの攻撃はそれだけでは終わらなかった。


「――――『収束太陽砲ペネトレイト』」


 例のごとく、一瞬だけ周囲が薄暗くなり、未だレオンの攻撃に晒されていない僅かな面積に隠れているだろうイリスの元からレーザー光線が発射される……が、今回の攻撃はそれまでの攻撃とは少々毛色が異なっていた。イリスから発射されたレーザーがのだ。


 そして次の瞬間、レオンの展開していた鉄のトーチカが崩れ落ちる。


「……し、勝負ありじゃ! 勝者、イリス」


 マリーさんが驚きながらもジャッジを下す。レオンの方へと近づいてみると、トーチカの破片には極小の穴が開いていた。


「イリス……これは?」


 レオンの様子を確かめに来たイリスに訊ねると、彼女は淡々と表情を変えることなく答えてくれた。


「『太陽砲』の出力をあれより上げることはできない。だから出力はそのまま、照射面積を1000分の1に絞った」

「イリス……マジか……!」


 拳銃の弾が持つ衝撃は、自転車に衝突された程度に過ぎないことをご存知だろうか。普通ならその程度の衝撃で人体を貫通するなど考えられないだろう。しかし、もしその衝撃の全てが僅か指先程度の面積の一点に集中したら……?

 あとは想像の通り、あの拳銃弾の威力である。単純な話だ。出力が変えられないのなら、効果範囲を狭くしてやればよい。


 イリスは同じことを『太陽砲』の魔法で行ったのだ。そうして面積あたりの熱量を1000倍に増幅して、イリスはあの鏡面を兼ね備えた鉄板の分厚い装甲を貫いた。イリス対策を完璧にしてきたレオン相手にピンチかと思われたが、機転を利かせた逆転勝利を収めた訳だ。


「……イリスには戦いのセンスがあるのかもね」

「照れる」


 ほんの僅かに頬っぺたを赤く染めながらそう言うイリスは、無事に勝利できたことを喜んでいるようだった。



     ✳︎



 そんな意外な展開で幕を下ろしたイリス達の試合の後は、第2回戦の最終試合、オスカー VS クリストフ戦である。

 クリストフの予想外の強さと残虐的な戦い方は第1回戦で既に知れ渡っており、オスカーは見るからに嫌そうにしていた。


「負けるつもりはねえけどよ……。あいつとは戦いたくねえな」

「気持ちいい試合ができそうもないからなぁ」

「エーベルハルトの言う通りだね。ぼくもイリスさんに負けて良かったと思えるくらいだよ」

「丸焦げになってたけどな」

「それは言うなよ!」


 まあいけ好かない野郎に黒焦げにされるのと、表情に乏しいとはいえ美少女に黒焦げにされるのでは全く違うからな。野郎に苦渋を舐めさせられるなんざ、一生ごめんだね。


「ま、頑張ってな。花くらい添えてやるから」

「骨は拾ってあげるよ」

「お前ら不吉なこと言うんじゃねえ! いいか、俺は勝つぞ! …………勝てないにしても、奮戦はするぞ! 地元で『炎のダンゲルマイヤー』と言われたこのオスカー様を嘗めるなよ!」

「まあ地元で持ち上げられることはあるよね」

「おれだって地元のギルドでだったら有名な盗賊職扱いされてたし……」

「くっそー! お前ら覚えとけよ!」


 井の中の蛙、大海を知る。そういう意味では、全国から凄腕の若者が集うこの修行プロジェクトはなかなかに良い企画だと思う訳だ。まあもっとも、その意義が全く理解できていない奴が約一名いるみたいだが……。


「それでは良いかの。試合を始めるぞえ」


 オスカーとクリストフの試合が始まる。


「……受け手に回っちゃいけねえからな。無様を晒さないためにも、攻めて攻めて攻めまくるぜ! 『サラマンダー・ブレス』!!」


 オスカーから直径数メートルはあるような巨大なブレスが放射される。まさに人間火炎放射器、消防士が目の敵にしそうな攻撃だ。しかしクリストフは全く動じることなく、水属性の魔法で相殺する。


「ぐわっ! 前が見えねえ!」


 通常の規模の魔法であれば、火は水によってかき消され、クリストフの猛攻が始まっていたのだろう。だが、ただの火と表現するにはオスカーの魔法は強力にすぎた。猛烈な熱気を帯びた水蒸気が辺り一面に立ち込めて、オスカー達の視界を遮ってしまう。


「……クリストフの野郎、これを狙ってやがったな!? だが見えねえなら全部燃やし尽くすまでだぜ! 『ヘルファイア・バースト』!!」


 先ほどの『サラマンダー・ブレス』を全方向に向けて照射したかのような、規格外の炎が吹き荒れる。その分消費魔力量も半端ではない筈だが、オスカーは攻撃の手を緩めない。

 ……彼も悟っているのだろう。自分とクリストフの間に隔たる才能の壁の存在を。だからこそ、無謀なまでの戦い方をひたすら選択し続ける。そうすることでしか、格上クリストフ相手に活路を見出せないからだ。


 しかし。


「……下らん。甘いんだよ、貴様らは」


 どこからかそんな声が聞こえたと思った次の瞬間。


「ぐ、……ガフッ……」


 ――――腹を貫かれて崩れ落ちるオスカーと、右腕に黒い棘のようなものを纏わせて突き出しているクリストフの姿が、白く曇る水蒸気の向こう側から見えてきたのだった。


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