第230話 海賊船
「そういえば船はまだ作ったこと無かったでありますね」
すっかり暗くなった海の上で、波に揺られながらメイがそんなことを呟く。二輪車、四輪車、飛行機と色々な乗り物を作ってきたメイではあるが、確かにまだ船は作ったことが無かったな。
ハイトブルクは、内陸とはいっても大きな河川があるから水運自体は盛んなのだが、それに触れる機会もほとんど無かったし……。
「今度、作ってみてもいいかもですね」
「また何かとんでもない代物を作り上げてしまいそうな予感……」
予感というか、もはや確信に近いのだが、まあ世間に悪い影響が出るわけでもないし、好きにやらせるのが一番良いと思う。どうせ俺も加担して、うろ覚え前世知識を吹き込みまくることになるんだろうし。
「せっかくの機会だし、船の構造を色々と見ておくといいかもな」
「でありますね。ちょっと船内を見て回ってくるであります」
紙とペンを手に、甲板から船内に下りていくメイ。現状三人しか搭乗者のいないこの船だが、嵐のような非常時でもなければ船旅とはわりかし暇なものだ。
動力源が風力なので帆を出したり畳んだりと調整してやる必要はあるが、それも風の向きと強さが一定なのでそれほど大変な作業でもない。
空模様も穏やかなので、とりあえず今のところは文字通り順風満帆といってよかった。
「そろそろ夕食にしようか」
日が落ちてしまったので、することも無くなってしまった。少し早いが、夕食をいただいてしまうとしよう。
「保存食の備えがありますので、用意いたしますね」
「いや、こっちで用意するから大丈夫」
「?」
アガータが食事を用意しようとするので止める。疑問符を浮かべた彼女だが、続いて説明すると驚きの表情とともに納得してくれた。
「インベントリの中に温かい料理の備えがあるんだよ」
「なんだか、お二人はもうなんでもアリなのですね」
若干の諦観に近い感情を含ませつつ、食卓を拭き始めたアガータ。話が早くて助かる。
「というわけで、はい。串焼肉!」
「あ、ハイトブルクから持ってきたやつでありますね!」
例の串焼屋のおっちゃんの店で買った料理である。屋台時代から知っている古参客の俺だが、最近は固定客もついていて、ハイトブルクでは知る人ぞ知る名店と言われつつあるらしい。異国風スパイスがよく利いている定番の味だ。
「他の惣菜もあるよ」
串焼肉だけだと栄養が偏るので、サラダやらスープやらも取り出して並べる。何も置かれていなかった食卓があっという間に豪勢になった。
「船の上で温かい食事が摂れるのですか……」
貴族御用達の豪華客船や、旗艦クラスの軍艦になってくれば厨房と食堂を備えている船もあるそうだが、一般的に船の上の食事というものはワインに保存食と相場が決まっている。長期にわたって食料を保存しておかなければならない都合上、スパイス多めか塩分高めの辛い味付けが中心なのは、近代までの地球と変わらないらしい。
ただ、今回の俺達のように時間停止機能つきのインベントリがあれば話は別だ。時間が停止しているのだから、食べ物が腐る心配がない。それに加えて温度も変化しないのだから、たとえ大海原のど真ん中であっても、こうしてできたてほやほやの料理を味わえるというわけだ。
「美味しいですね」
「慣れ親しんだ故郷の味であります」
異国風というからには当然この味付けもハイトブルク発祥ではなく、南方の国々にルーツを持つのだが、串焼屋のおっちゃんの努力の甲斐あってか、今では舶来品のスパイスを用いた味付けはハイトブルクのご当地グルメのような位置づけになっていた。
「これがまた酒に合うんであります!」
「船で酒を飲むのか……。吐いても知らないぞー」
「肝臓が強いので問題ないであります!」
盛大に死亡フラグを立てるメイ(ちなみに、酒は肝臓で分解されることが、回復魔法の存在と経験則から判明している。何気にこの世界の医学も馬鹿にはできない)。
確かに種族柄、メイの肝臓は強いかもしれない。ただ、忘れてはいないだろうか。メイは基本的にフィジカル面がクソ雑魚だということを……。
「オヨヨヨ……」
「ほら、言わんこっちゃない」
食事を終えて数十分ほど経った頃、メイの姿は甲板上にあった。どうやら肝臓は頑張ったみたいだが、三半規管は仕事をしてくれなかったらしい。俺はといえば、そんな見事にフラグを回収してくれたメイの背中をひたすらさすってやっている。
ちなみに俺は修行の一環で三半規管も鍛えているからまったく問題はない。空中戦をやるようになると自然と鍛わるんだよな……。いったい何度吐いたことか、もう数え切れない。猛烈なGに耐えながら、自分で自分を
「少し楽になったであります……」
「もう寝なね……」
「はい……」
こうして、多少のハプニングこそあれど、船旅一日目は無事に終了する。
✳︎
翌朝。
ちなみにアガータは別室だ。もともとこの船は宗家所有の船だったわけで、当然当主などの偉い人間が乗ることを想定して作られている。船員と当主が同じ部屋で雑魚寝というわけにもいかない以上、船室もまた複数用意されていた。
「ファーレンハイト様。おはようございます」
「おはよう、アガータ」
甲板に出ると、アガータが
「今日は少し沖に出ようかと思います。うまく北上する海流に乗れれば、夕方になる前にはアーレンダール領に着けるかと」
「そいつはいいな」
少しだけ、件の海賊とやらの存在が気に掛かるが……。
「かなり凪いでいますが、まったくの無風というわけではありません。風を捕まえたいと思います」
そう言うアガータの姿は、ピシッと決まっていた。なんだかカッコいいな。海の女って感じだ。
「よろしく頼む。俺もメイも、船の操舵に関してはまったくの素人だからな」
戦闘は任されたが、海の上ではアガータだけが頼りだ。
「お任せください。お二人をお連れすることが私の使命なのですから」
そう言うアガータの顔は、硬く真面目なものだった。
✳︎
「あれは……船か?」
あの後、メイも起きてきて朝食を済ませ(これも温かいパンとシチューだ)、順調に航路を進んでいた時のことだ。遠くのほうに
「おかしいですね。この辺りは海賊が出るので、船が一隻で航行している筈がないのですが……」
「俺達みたいな特殊な事情があるとか?」
「そんな珍しいこと、そうそうあるとは思えません」
そりゃまあ、そうだよな。頻繁にお家騒動が起こってたまるか、という話である。あちこちで揉め事が起こるとか、どんなガタガタ国家だよ。
「見てみるか。――『望遠視』」
百聞は一見に如かず、ともいうし、まずは見てみないことには判断もできないだろう。俺は無属性魔法『望遠視』で視力を強化し、確認してみる。
「案外、海賊船かもしれないでありますね」
メイが呑気に軽口を叩くが、その内容に俺は思わず苦笑いしてしまった。
「……どうやら、メイの言う通りみたいだぞ」
「えっ、本当に海賊船なんでありますか?」
「…………っ」
メイはまさか自分の言った冗談が冗談でなくなるとは思っていなかったのか、ぽかんとしている。アガータはいつもの如く無口になって青褪めていた。……アガータには気の毒だが、毎回見事な反応を見せてくれるので少し面白い。
「アガータ。一応訊くけど、黒い旗に
「……間違いありません。その旗は、最近この辺りの海を騒がせているサーペント海賊団を示すものです……」
「まっすぐこっちに向かってくるみたいだな」
「ばっちり捕捉されちゃってるでありますね」
「あわわわ……」
どうやらこの船旅、何事もなく順調に……とはいかないらしかった。
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