第231話 海戦

「近づいてくるであります」

「あわわわわ」

「とりあえずアガータ、落ち着け」

「は、はい」


 恐慌ガクブル状態のアガータに水を飲ませてやりつつ、俺は海賊船のほうを眺める。


「アガータ、この船に武装は?」

「ゆ、弓と、火矢に使う油がございます」

心許こころもとないな」

「本来ならばこの辺りは安全な海なのです……。武装が必要になる想定で船が作られておりません」


 いくら俺が強くても、流石に海の上では無力だと思っているのか、アガータが冷や汗を垂らしながら答える。精神的に不安定でもきちんと応答してくれるあたり立派な人間なのだが、そろそろ安心させてやらないと可哀想になってきたな。


「アガータ、安心してくれ。俺は海の上でも戦える」

「ど、どのように戦うのでしょうか?」

「こうやって、だ」


 俺は右手を海にかざして、そのまま海賊船のすぐ横に向けて『衝撃弾』を放つ。まだ数百メートルは離れているが、寸分の狂いもなく『衝撃弾』は海面に着水して派手な水柱を上げた。


 ――――ドパァアアンッ……!


 海面が波打ち、海賊船が大きく揺れる。……二、三人ほどそれで海に投げ出されているのが見えた。お疲れ様です。


「とりあえずは警告だな。これ以上この船に近づいたら撃沈するぞ、って意図は伝わったと思う。……それでも近づいてくるようなら、もう知らん。沈める」

「い、今のは……?」

「俺の魔法だよ」

「なんて威力……」


 アガータの震えが止まった。どうやら安心感を与えることに成功したらしい。まあインパクト重視で気持ち多めに魔力を込めたからな。威力もその分上がっている。


「海賊船が速度を緩めたでありますね」

「迷ってるのかな?」


 もう『望遠視』の魔法を使わなくても充分視認できる距離に海賊船はやってきている。ちなみに向こうからの砲撃の心配はない。何故なら、数百メートル先に精密射撃できる大砲など、まだこの世界には存在していないからだ。基本的には中世〜近世頃の「下手な大砲も数撃ちゃ当たる」方式で、船の横っ腹に小さな砲がいくつか並んでいる程度である。彼我の距離がここまであれば、まったく驚異にはならない。


「あ、また進み始めたであります」

「学習しなかったかー」


 気になって『望遠視』で海賊船の甲板を覗いてみると、偉そうな格好をしたおっさんが、部下と思しき船員達に怒鳴り散らしている様子が確認できた。なるほど、海賊業界もブラックなんだな……。今の魔法を外れたと勘違いしたのか、近くに寄って数の暴力で俺達を屈服させようという心積もりらしい。判断を誤ったな。

 と、いうわけで、遠慮なく攻撃を再開させてもらうことにする。今度は敢えて外すことはしない。


「海の藻屑になりたまえよ。『衝撃弾』」


 ――――ドパァアアンッ!!!!


 俺の放った『衝撃弾』は見事、海賊船の喫水線のあたりに命中した。まあ、この距離なら外す筈もない。木製の脆弱な船体に大穴が開き、海賊船がグラリと揺れる。


「流石はハル殿。瞬殺でありますね」

「申し訳ないけど、この程度の相手に手こずるほうが難しいよ」


 とはいっても、数百メートルも先に魔法を飛ばせる魔法士など、そう多くはない。遠距離型のA−ランク魔法士でなんとか、といったところではないだろうか。命中精度のことも考えると、実戦レベルで使えるのはAランク以上というのが妥当なラインだ。

 そして、Aランクの魔法士を抱えるなんてことができるのは、国家か、それに準ずる組織くらいのもの。まかり間違っても、一介の海賊が保有できる戦力ではない。

 ――――と思っていたら、まだ敵の砲の射程外にもかかわらず、まさかの火球が飛んできた。魔法攻撃だ。


「何、魔法だって? しかも地味に無視できない威力だな。……『迎撃衝撃弾』!」


 探知魔法の『アクティブ・ソナー』と掛け合わせる『誘導衝撃弾』の派生魔法、『迎撃衝撃弾』を放って火球を相殺する俺。想定外の攻撃に思わず面食らってしまったが、冷静に対処すれば然程の脅威ではない。

 それにしても……。


「今の魔法、使い手は最低でもAランクはあるぞ。どうなってんだ?」


 まさか、Aランク魔法士を抱えていられるほど、海賊事業は儲かるのだろうか? それによく考えてみれば、そもそも海賊とは海にいるだけの、ただの盗賊だ。盗賊があそこまで大きく立派な、それも大砲まで備えた軍艦を保有できるものだろうか? 船は維持するだけでもコストがかさむ。それに加えてAランク魔法士まで搭乗しているとなると……これは、ひょっとしてどこぞの国家の後ろ盾があるのか?


「とりあえず、魔法士が厄介だな。船の動きを止めてから、直接乗り込むとするか」


 幸いにして、敵魔法士の射程は俺よりも大幅に短く、かつ威力もそこまで高くはないと判明している。船体のダメージも大きいし、いずれは浸水で沈没することだろう。とはいえまだ自力航行が可能なようなので、早めに息の根を止めるに越したことはない。


「『衝撃弾』っと」


 海賊船のマストを狙って『衝撃弾』を放つ。なかなか立派なマストではあったが、流石に『衝撃弾』の直撃を受けてしまっては無事でいられなかったらしい。根本からバキバキと音を立てて、豪快に折れてゆく。

 魔法は飛んでこない。どうやらそれどころではないみたいだ。


「なあ、メイ。あいつらって、背後にどっかの国がついてるのかな?」

「ただの海賊にしては、流石に装備が恵まれすぎですからねー。どこかの国の私掠しりゃく船の可能性は高いと思うであります」


 私掠船。特定の国家から、敵国(競合国など、潜在的な敵国も含む)の通商破壊を目的として、自国以外の船籍を持つ船に対して略奪行為を取ることを認められた存在のことだ。わかりやすく言い換えれば、国家公認の海賊船である。

 今回、サーペント海賊団はこの近海に現れて活動している。この辺りの海は、ノルド首長国の領海と限りなく近い。加えていえば、すぐ南に行けばハイラント皇国の接続水域でもある。

 このことが意味するのは、サーペント海賊団の背後にいる国家は、ハイラント皇国やノルド首長国と敵対的な関係にある国ということだ。

 今は春になりつつあるとはいえ、不凍港を持たないヴォストーク公国連邦がわざわざ出張ってくるとは考えにくい。ということは、黒幕は地理的に近い西方諸国のどれかであると予想できる。そして西方諸国の中で関係がよろしくない国はといえば、ただ一つ。


「デルラント王国か」

「でありましょうね」


 近年、領土的野心を隠そうともしていない、困った国家が黒幕なのだろう。



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