第229話 出港

「『なるほどな、事情は理解した。……エーベルハルト、敷設型転移門は持っているな? 皇国としては今のところ状況を静観する方針ではいるが、万が一事態が大きく動いたら報告するんだぞ。部隊を送るかもしれないからな』」

「了解だよ。あと俺の部下の戦術魔法中隊の面々にも声を掛けておいてくれるかな。もしかしたら呼び出すかもしれないし」

「『わかった。招集して待機命令を出しておこう。では存分に暴れてこいよ』」

「言われなくてもそうするさ。それが皇国のためになるんならね」


 戦う理由なんて人それぞれだ。俺は自分の大切な人を守ることが一番大事だと思っている。そしてその大切な人が大切にしているものを守るためには、住んでいる国ごと守ったほうが効率が良い。


「『では武運長久を祈る』」

「期待されたし」


 久しぶりに軍人らしいやり取りをジェットと交わした俺は、メイとアガータのほうに向き直って声を掛ける。


「準備はいい?」

「問題無いであります」

「私は大丈夫です」

「じゃあ行くか」


 身支度を整えた二人を連れて、俺は泊まっていた宿を出る。行き先は港。夕暮れの薄暗闇に紛れて船を奪取大作戦だ。


「この町の温泉はなかなか良かったな」

「また来たいでありますね」

「アーレンダールの温泉もなかなかのものですよ。事態が収束したら、ぜひお二人にも味わっていただきたいです」

「楽しみにしておこう」


 自分から首を突っ込むと決めたことではあるが、しばらくはゆっくりできそうもないからな。無事に事を収めたら、学院が始まるまで、またのんびりするとしよう。


「こっちです」


 アガータの案内で港に向かう俺達。時間短縮のために、最短距離を走って突き進む。分家の連中に見つかることははじめから織り込み済みだ。どうせ強行突破することになるのだろうし、見つかって絡まれても殴り倒していけばいいだけである。


「港が見えてきました」

「思ったより船が多いな」

「嵐でも近づいているんでしょうかね?」


 数日前に俺達がこの町にやってきた時よりも、心なしか船の数が多い気がする。


「ありました。あの船です」


 アガータが指差していたのは、全長十数メートルはありそうな、なかなか立派な帆船だった。俺達が乗ってきた連絡船に比べればいささかサイズが見劣りするのは致し方ないが、プライベート船であることを加味すれば充分に大きいほうだといえるだろう。これならたとえ嵐の中でも問題無く進めるに違いない。


 アーレンダール家所有(現在は分家が実効支配中)の船に近づいていくと、そばにいた船乗りと思しきおっちゃんが俺達の姿を認めて話しかけてきた。思ったよりも時間短縮ができたことだし、敵意も無さそうなので立ち止まって話を聞くことにする。


「あんた達、これから海に出るのか?」

「そうだけど、何か問題でもあったの?」

「ああ。実は二、三日前から海賊がこの近くに出没するようになってな。護衛船団を組まないと危なくてやってらんねえから、こうして軍艦が寄港するまで待ちぼうけってわけだ。まったく、商売上がったりだぜ」

「海賊とな」


 また随分と物騒な名前が出てきたな。海賊というとソマリア沖に出没する小舟のイメージしか湧かないが、この世界における海賊はそんなショボい奴らではないだろう。フル武装した巨大な船が襲ってくると考えたほうがいい。


「軍艦はいつ頃来るんだ?」

「あと一週間は先だとよ」


 この状況で出港するのはやや目立つかなと思ってダメ元で訊いてみたが、流石に一週間は長すぎだな。そこまで待てない。


「別に出港しても構わないんだよな?」

「あ? ああ、別に禁止されてるわけじゃねえが……危ねえぞ? やめといたほうが身のためだと思うが……」

「忠告ありがとう。ただ、俺達にはそこまで待てる時間が無くてね」

「なんだか訳ありっぽいな。なら止めはしねえがよ。充分気をつけろよ。小さい船なんて、格好の餌食だからよ」

「ああ。おっちゃんも早く護衛船団が来るといいな」

「おう」


 親切な海の男に礼を言って、船に近づく俺達。しかし、やはり何事も無く……というわけにはいかなかったようだ。遠目には見えなかったが、船の側で見張りに立っていたらしい分家の用心棒と思しき奴らが警戒した様子でこちらを見てきた。


「この船に何の用だ」

「あんた達、今から出港するなら、もしよかったら乗せてくれないか?」


 どうせ奪うつもりではあるが、油断させられるならさせるに越したことはないと、そんな風に頼み込んでみる。


「話にならんな。とっとと帰りやがれ」


 面倒くさそうにシッシと手を振る用心棒達。その中の一人が、俺の背後で気配を消していたアガータに気がつく。


「ん? お前どっかで見たような……。あ! お前、アガータか!」

「何! 宗家の回し者だと!?」

「貴様ら、さては賊か!? ……おい、捕らえろ!」


 用心棒達が武器を構えて船からワラワラと降りてくるが、こちらとしては奴らを引き摺り降ろす手間が省けてむしろラッキーなくらいだ。全員が降りてきたあたりで、『絶対領域キリング・ゾーン』を放って適当に一網打尽にする。戦闘時間は僅か数秒だ。だいぶ分家の奴らの扱いが雑になってきた自覚がある。


「ぎゃあっ……」

「うぐぇ」

「……ぐふっ」


 その場にバタバタと倒れる用心棒達。そのまま海に落ちていく奴もいる。ひょっとしなくても溺れ死ぬかもしれないが、まあ助けてやる義理も無ければ助けたいとも思わないので放置だ。きっと魚達の栄養分になってくれることだろう。

 それにしても、船を守るのが仕事だった筈なのに、用心棒とはいったい……。


「さ、これで船を取り返したな」

「は、早すぎです……」


 目の前の光景にアガータは唖然としているが、呆けている暇は無い。せっかく顔も知らないどこかの海賊が時間稼ぎをしてくれているのだから、できるだけ早くアーレンダール領に向かって体勢を立て直さなければ。


「アガータ、船の操舵はできるか?」

「え、ええ。一応ではありますが、できなくはないです」

「じゃ、頼んだ!」


 ハイトブルクは内陸にあるので、あいにくと俺もメイも船を動かした経験など無いのだ。ベルンシュタット近郊に大きな湖がある関係でリリーだけは船の操舵経験があるみたいだが、そのリリーは今ここにはいないからな。


「で、では出港します!」


 アガータの指示で港にくくりつけていたロープを外して、マストに帆を張る。

 夜の気配を含んだ海風に乗って、船が海へと乗り出す。さあ、いざアーレンダール領へ出港だ。





(※戦術魔法小隊→戦術魔法中隊に修正しました。2021/9/29)

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