第228話 襲撃、……そして銃撃
アガータを連れて安宿を出てからすぐ。俺の感知魔法『アクティブ・ソナー』に敵の反応が複数引っかかった。
「敵だ。もう嗅ぎつけてきたのか」
「私達が来るのがあと少し遅れていたら、アガータ殿は危なかったでありますね」
「……っ」
単独では分家の連中に対抗する術を持たないアガータは、真っ青になって冷や汗をかいていた。まあ、あと一歩で死んでいたかもしれないとわかったら誰しもこうなるだろう。気丈に振る舞ってはいるようだが、足が震えている様子が丸わかりだ。
「どうしますか?」
「町中だし、向こうから仕掛けてこなければ無視でいいかな。もちろん仕掛けてきたら容赦は要らん。反撃だ」
まず間違いなく仕掛けてくるだろうけどな。
「いたぞ、アガータだ!」
「アガータ、てめぇ!」
「ひっ」
人相の悪い輩が数人、こちらの姿を認めた途端に罵声を上げて駆け寄ってくる。残念ながら穏やかには収められそうにない。名前を呼ばれたアガータはといえば、小さく悲鳴を上げて肩をビクッと震わせていた。……その怖がる様子がちょっぴり可愛いと思ってしまったのは内緒である。
「殺す!」
物騒な台詞とともに刃物を取り出した奴らを見て、道行く人々は異常を察し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。辺りが騒然となって、不用意に動こうものなら
「……チッ。連中、こういう荒事に慣れてやがるな」
「今までにもこういった強引な手段で勢力を拡大してきたのでしょうね。お里が知れるであります」
まあその里はアーレンダール領なんだけどね。
そんなことはさておき、ゲオルグの姿は見当たらない。どうやら余程メイの銃撃が応えたのか、部下に命令するだけ命令して、自分は後方で待機のようだ。情けない奴だな……。
「テメェらがゲオルグ様に不敬を働いた奴だな? いくらアーレンダール家に連なる工房の娘だからって、タダじゃあおけねえぞ。……それに男のほうも皇国の貴族だかなんだか知らねえが、生きて帰れるとは思うなよ!」
逃走をやめたことで観念したと思ったのか、分家の連中が俺達を囲んで凄んでくる。全員ドワーフで筋骨隆々なこともあり、威圧感だけはなかなかのものだ。
「お前達にはどうせ何もできないであります。諦めてとっととお家へ帰るであります」
取りつく島もないメイの様子に、気の短い連中が早速ブチ切れだす。
「やれ! アガータと、男のほうは殺しても構わねぇ!」
「おお!」
「オラァッ!」
鈍く光る凶器を振りかざして突撃してくる分家の奴ら。話し合うつもりは欠片も無いようだ。なら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらうしかないよな……。
「えい」
――ズドンッ
「ぐあっ」
――ダンッ、ダンッ、ダンッ
「がっ!」
「ぎゃあっ」
「ぐっ……」
メイが
「行くよ」
「は、はい」
「メイも、一段落着いたみたいだし行こう」
「了解であります」
分家の奴らは一部を残して、そのほとんどが地面に倒れ伏していた。転がった状態で
「街中で銃撃戦とは穏やかじゃないな」
「自衛権の行使であります。もし問題になっても、いざとなればハイラント皇国から圧力が掛かって治外法権でありますよ」
ゲオルグと接触してから虫の居所が悪いのか、地味にメイが黒い。ちなみに、ノルド首長国と我がハイラント皇国との間に、前世の歴史の授業で習ったような不平等条約は結ばれてはいない。うちの国は紳士外交を国是としている、世界的にも珍しい先進的な国なのだ!
とまあ、唐突なナショナリズムに
文句無しにこちら側の勝利である。双方ともに死者は出なかったみたいだが、分家側の人間には何人か怪我人が出たみたいだな。
メイがうまいこと急所を外したおかげだろう。いくら向こうから仕掛けてきたとはいえ、町中、それも他国で人殺しは流石にマズいからな。
メイのヤツ、運動神経は壊滅的なくせに射撃の腕だけは良いから不思議だ。まるで某国民的児童アニメのキャラクターのようである。
ちなみにこちら側に損害は何一つ無い。強いていえば、アガータが精神に傷を負ったくらいだろうか。
「メ、メイル様もお強いのですね」
まだ命を狙われた恐怖が抜けないのか、微妙に声を震わせながらアガータがそう呟く。
「私が得意なのは銃だけであります。その他はだいたい苦手ですね」
苦手というか、壊滅的というか……。まあそういった残念な部分も可愛く思えるから愛とは不思議なものだ。ベッドの上でも同じようにクソ雑魚のメイだが、そういうところも含めて俺は彼女が大好きなのである。
「……あっ、そうだ。アガータ、ちょっといいか」
「なんでしょうか?」
「奴らが乗ってきた船って、どこにあるかわかる?」
俺がそう聞くと、アガータは不思議そうな顔になりつつも教えてくれる。
「……港に行けばわかると思います。元々は宗家の持ち物でしたから」
「そうか。じゃあ急遽、予定を変更だ。宿でチェックアウトを済ませてから港に行こう」
「?」
アガータが首を傾げている。メイはといえば、拳をポン、と掌に落として納得のいった表情をしていた。
「船を奪取するんでありますね」
「そういうこと」
敵の戦力が大したことないのは、今の戦闘でハッキリした。この分なら明日の連絡船を待つ必要も無いだろう。分家の連中が乗ってきた船を実力で奪い返してしまえば良いのだ。そうすれば奴らも連絡船以外に帰る手段が無くなるので、一晩程度ではあるが時間稼ぎはできる筈だ。
「そ、そんなことが……っ、できるんでしょうね……お二人なら……」
逆にそれができない戦力しか残っていない宗家が少し心配だ。そこまで人材が払底しているのか……。
「戦える人間は、一応いるにはいるのです。ただ、分家の奴らが刺客を放ってくるので姫様の護衛についていたり、あるいは家族が人質に取られていたりしてこちらに出向くことができなかったりと、事実上の戦力外となってしまっているのが現状です」
「ホント碌なことしねぇな、分家の連中……」
一四歳の女の子一人を殺すために、寄ってたかってゲスなことを仕掛けてくるとは。
「ん? 待てよ。カリンちゃんとやらは、女の子なわけだよな。なら、なんでゲオルグの奴はカリンに求婚しないんだ? カリンには気の毒だが、もしカリンとくっつけばゲオルグ的には実質争うこと無しに家を手に入れたも同然だろうに」
「それは……ゲオルグの奴の性格が性格ですから、奴との結婚だけは罷りならんと亡き当主様の厳命がありまして……」
つまり、宗家はたとえ家が滅びようとも、決してゲオルグとの結婚に同意することはないと。……これまではどことなく無能感漂う残念当主だったが、ちゃんと当主らしいことはしていたようだ。少しだけ見直した。
「だから、どうせ結婚できないなら邪魔にしかならないから殺してしまえ、というのが分家の方針のようです」
「よし、決めた。分家を滅ぼそう」
「……そんな簡単に決めてしまってよろしいのでしょうか?」
「ああ。これでも皇国ではそこそこの重鎮やらせてもらってるからね。後付けの理由なんていくらでも用意できるし……何より、ここで介入しといたほうが後々ハイラント皇国の国益のためになると判断した。だから今更止めたってもう遅いぞ」
「私としては願ったり叶ったりなのですが」
「その分しっかりと謝礼は貰うんだから、そこまで気負う必要は無いさ」
潜在的な敵は、まだ芽が育たないうちに摘んでしまわなければならない。敵が巨大になってしまってからでは遅いのだ。
「一応、ジェットに報告しとくか」
仮にも、一つの地方政権が動く話なのだ。皇国に与える影響が無いとは思えない。
チェックアウトのために宿に向かいながら、俺はジェットに報告する内容を考えて始めていた。
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