第156話 実技試験

 昼食を終えた俺達が大講義室に戻ると、既に多くの受験生達が机に待機した状態で瞑想していたり、友人と会話していたり、あるいは机に突っ伏してリラックスしたりしていた。その光景は日本で見た光景とさほど変わらない。所変われば品変わるとは言うが、変わらないものもどうやらあるらしかった。


「あ、試験官の人が」

「もう時間ね。じゃあメイル、あなたも頑張ってくるのよ」

「もちろんであります。お二方も頑張って下さい」

「おう」

「ええ、任せてちょうだい」


 まだ時間ではないが、試験官の人が入室してきたので余裕を持って席に着く俺達。それから数分が経ち、定刻になったと同時に試験官が説明を開始した。


「それでは只今ただいまより、受験番号順に実技試験を行います。受験番号0001〜0799までの方は戦闘試験の会場に、0800〜1599までの方は得意魔法の会場に、1600〜2399までの方は基礎魔法の会場に向かって下さい」


 どうやら二千以上いるらしい受験生を、三つのグループに分けて順番に試験を行うようだ。俺の受験番号は1851番なので、基礎魔法からになる。数列離れた席に座っているリリーの方を見ると、彼女もまたこちらを振り返っていて目が合った。


「(キ・ソ)」

「(キ・ソ)!」


 口の動きだけで会話を試みた結果、どうやらリリーも同じく基礎魔法からのスタートとなるようであった。


「それでは番号順に会場まで向かいたいと思いますので、こちらの列の方は移動の方をよろしくお願いします」


 混雑を避けるためか、列ごとの移動になるみたいだ。指示されるまま立ち上がったリリーにサムズアップして見せると、彼女もまたぱちっとウインクして指を立ててくる。過度に緊張している様子も見られないし、これならば特に心配は要らなさそうだ。


「ではこちらの列もお願いします」


 俺の列の順番が来たようだ。俺は受験票を片手に立ち上がる。さてと、ここは全力を出してぶっちぎりの成績を残してやろうじゃないか。



     ✳︎



「それでは説明いたします。こちらの石板をご覧下さい」


 試験官の説明を聞く限りでは、基礎魔法の試験は次のように行われるとのことだった。


一、石板型の魔道具を使った保有魔力量の測定

二、水槽型の魔道具を使った魔力操作精度の測定

三、砂時計型の魔道具を使った魔法発動速度の測定


 『一』の試験では、石板型の魔道具に魔力を少しだけ流して、体脂肪計のように体内の魔力量を調べるらしい。

 この世界の人間は基本的に自身のステータスを見ることができるので、当然魔力量も自分で把握している筈なのだが、他人からはその数値を見ることはできない。かといって【鑑定】の技能持ちの人間に何千人もの受験生を鑑定しろというのもまた限りなく不可能に近い無理難題だ。だからこそ、こうして魔道具が必要になってくるのである。機器の故障などでどうしても正確な数値が出ない時に、初めて【鑑定】の出番がやってくるという訳だ。

 俺の魔力量は、控えめに言って人外である。あの皇国最強の魔法士と謳われたマリーさんをして「妾より魔力量の多い奴なぞ、魔人以外に見たことがないの」と言わしめたほどである。ちなみにマリーさんの魔力量は「だいたい5万くらい」らしい。俺の魔力量が去年の修行時点で7万を超えていたので、自分で言うのも変だが、どれだけ化け物じみた数値がご理解いただけたかと思う。


 『二』の魔力操作の精度を見る試験では、導魔力性の高い特殊な液体を貯めた水槽に魔力を流し、指定された形に液体を操作することで精度を確かめるようだ。これは特にハンスなんかが得意なのではなかろうか。普段から水を『念動力』で操っている彼のことだ。この程度の課題などお茶の子さいさいだろう。

 ちなみにハンスほど大規模ではないとはいえ、俺も『念動力』は使える。俺は無属性魔法であれば大抵の魔法は使えるのだ。マリーさんのもとで修行して身につけた1021の魔法は伊達ではない。

 それに、そもそも『纏衣まとい』の発動に超絶緻密な魔力制御が要求されるのだ。それを既にほぼ完全に使いこなしている俺からしてみれば、この試験もまた障壁たり得ない。


 『三』の発動速度を測る試験では、複数の指定された魔法式に従い、機器に向かって魔法を発動することで、魔力を練り始めてから実際に発動するまでの時間を計測するようだ。魔法式に魔力を流した段階で落ち始める砂時計の砂が、発動後にどれだけ落ちているかで時間を測るらしい。なかなかよくできたシステムだと思う。

 まあ、これも問題なさそうだ。一瞬の隙が命取りになるような世界を生き抜いてきた俺にとって、学院の入学試験レベルの基準ではぬるすぎて欠伸あくびが出てしまいそうなほどである。もちろん手は抜かないが、だからこそ余裕も生まれてしまうんだよな。まあ今の自分の実力を客観的に把握するチャンスだと思って頑張ろう。


「では受験番号順に測定をしていきます。1600〜1619番までの方は『一』の測定用の魔道具に触れ、合図と同時に魔力を少しだけ流して下さい」


 どうやら一度に20人ずつくらいのペースで測定していくようだ。この分なら俺の順番が回ってくるのも早いだろうな。



     ✳︎



「「「おおおお……っ!!」」」


 にわかに会場がざわつき出した。どうやら飛び抜けた記録を出した受験生がいたようだ。どんな人間なのかな〜と見てみたら、なんと我が愛しのリリー嬢であった。


「さ、3600……! 十数年振りの快挙ですね……」


 試験官が思わずそんな情報を漏らしてしまうくらいには凄い結果だったらしい。というか3000台後半で十数年振りって、ひょっとしなくても前の記録は我が母君の記録のではなかろうか。うちの母ちゃんの魔力量は3500くらいだった筈だし、あながち有り得ない話でもないだろう。あとでそれとなく試験官に訊いてみようかな?


 周囲の尊敬の目を集めて若干照れくさそうにしながらこちらへと歩いてくるリリーに俺は一言「やるじゃん」と声を掛けると、彼女は嬉し恥ずかしそうな顔をして返してきた。


「まあ、ちょっとは頑張ってきた成果が出たかなって感じね」

「数年前にはただの女の子だったんだから、凄い成長だと思うよ」

「ハル君ほどじゃないけどね」

「人と比べる必要なんてないだろ。俺はリリーの頑張りと結果を凄いと思うよ」

「ありがと。ハル君も頑張ってね」

「ああ。ぶっちぎりで歴代一位を取ると約束するよ」

「まあ十中八九そうなるでしょうね……」


 そんな話をしている内に俺の番になったようだ。


「じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 リリーに見送られて、装置の前に進み出る俺。


「それでは魔力を流して下さい」


 軽く馴染ませる程度に留めて、体内の魔力を装置に流す。数秒ほど経ち、青白い光を放った装置が俺の保有魔力量を表示する。


――――――――――――――――――――――

保有魔力量:8万5102

――――――――――――――――――――――


「なっ…………」


 試験官が俺の結果を見て絶句している。ちなみにマリーさんのもとで修行をした時から魔力は1万ほど増えている。『龍脈接続アストラル・コネクト』を覚えたことによる「枯渇→回復」のサイクルの繰り返しで急激に増えたのが大きいだろう。


「こ、故障か? ……失礼。受験番号とお名前を」

「受験番号1851番、エーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトです」

「ファーレンハイト……あっ。はい、結構です。では正常に受理させていただきます。お次へどうぞ」

「えっ、終わり?」

「はい。北将家の御子息であれば故障ではないでしょう。大丈夫ですよ」


 そう言って自身の魔力を流して装置の故障ではないことを検証してみせる試験官。いちゃもんをつけられがちなよくあるテンプレとはだいぶ違う展開な気がするのだが、まあ面倒ごとが起こらない分にはいいことだから良しとするか……。


「う、嘘だろ……! あんな数字見たことねえぞ!」

「に、人間じゃない……!?」

「ひ、ひいいい……」

「こんなのが受験生にいるのか……。こりゃあまた来年受け直しかな……」


 リリーの時とは打って変わって、畏怖されているような、遠巻きにされているような空気が試験会場に流れる。


「居心地が悪い……」


 魔の森での感覚に慣れきってしまっていたが、むしろ世間の反応としてはこれが普通なのかもしれない。

 これは、入学してから苦労する羽目になるかもな……。


 そんな幸先が良いんだか悪いんだかイマイチわからない展開を経て、俺の魔力量測定は終わったのだった。











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