第281話 ケーキ一年分
「「「「「本当にありがとうございました!!」」」」」
そう声を揃えて頭を下げるのは、シェーファー先輩を含めた従魔愛好会こと「神獣だいすきクラブ」の元部員達。皆、無事に怪我を治してもらった従魔を抱きかかえたり、撫でたりしている。
再起不能と言われ、もう治らないと諦めていた筈が、降って湧いた幸運によってこうして無事に歩けるようにまで(厳密にはまだ術後の経過を見ないといけないので完治ではないが)なったのだ。自分の従魔を見る彼女達の目には、一様に涙が滲んでいた。その様子からは、本当に従魔が大好きなんだということがしっかりと伝わってくる。
「まだ治療の際にできた傷が癒えてはおらぬから、くれぐれも無茶はさせるでないぞ。最低一週間は絶対安静じゃ。それ以降はエーベルハルトに『診断』で様子を診てもらうとよい」
「わかりました。……ファーレンハイト君、お願いできるかしら?」
「まあここまで面倒見たら、最後までとことん付き合いますよ。俺もこの子達が心配ですしね」
元部員達の従魔にすっかり情が湧いてしまった俺である。
ちなみに従魔達の怪我だが、シェーファー先輩のリーフが一番重症だったようで、あとの四匹の治療はマリーさん的にはかなり楽だったみたいだ。一応俺も手伝いはしたが、あれくらいならいざとなれば俺でも対処できそうな感じではあった。
おかげで余裕のあったマリーさんから実演付きで医療系魔法についてあれこれ教わることもできたし、ちゃっかり師匠から医学知識と技術を伝授されていた
「あの……私達、お礼に何をすれば……」
元部員の一人がおずおずと訊ねてくる。無理もない。感謝の心は持ち合わせているし、お礼もしっかりしたいんだろうが、いかんせん彼女達は現状一介の学生に過ぎないわけだからな。相手が本来なら雲の上の存在であるマリーさんなだけに、どんな謝礼をしたら良いかがわからず不安なんだろう。少なくとも相場でいえば数百万エルほどは取られても文句は言えない超高難度医療だったわけだし。
「お礼? あー、特に考えておらんかったな」
完全に善意でやっていた分、すっかり謝礼の存在を忘れていたらしいマリーさん。そんなところが聖人扱いされる所以でもあるんだが、本人に自覚はないようだ。
「あの、何年掛かっても必ずお返しします!」
他の部員達も同じ考えのようだ。ここで値切ったりしないあたり、非常に好感が持てる人達だね。
「うーむ、とはいってもの〜。……そうじゃ、ベッティーナのケーキがあるじゃろ」
「? はい」
「あれの一年分でどうじゃ」
「えっ!」
ベッティーナのケーキは高い。ぶっちゃけ学生が日常的に買える額ではない。だが……。
「あ、一年分とはいっても流石に三六五個というわけではないぞ。週に二、三個程度じゃ。……少々高過ぎたかの?」
「いえいえ、違います! ……むしろ、そんなので良いんですか?」
……一年分となると、数十万エルくらいにはなるだろうか。でもその程度だ。ケーキ代にしては異常に高いが、医療費だと思えばあまりにも安い。加えていえば、一人頭ではなく全員による合算で、である。部員一人の負担はかなり軽いだろう。
「金なら既に腐るほどあるし、そもそもこんな辺境だと使い道もないからの〜。他に欲しいものは本くらいじゃが、それも長年懇意にしとる古書商人がおるから別に困っとらんしの。残った選択肢となると、それこそベッティーナのケーキか紅茶の茶葉くらいしかないの」
「茶葉に凝りだすと果てしないよねぇ〜」
ちなみに俺がよく買うカシミヤ産の茶葉は、東方のカシミヤ藩王国というところから輸入している舶来品なのだが、安くても数千エル、高い銘柄だと数十万エルほどはする超高級茶葉だったりする。だが高いだけあって、その他有象無象の茶葉とは比べ物にならないほど香り高くかつ味わい深いことから、俺はよく愛飲しているし人にも手土産としてプレゼントしたりしているのだ。
「茶葉もさっきエーベルハルトが良い物をくれたしの」
リーフの治療が終わった時に俺が渡した茶葉もまた、カシミヤ産の高級茶葉だ。飲むとリラックス効果に加えて疲労回復効果が見込めるという、嘘かホントか微妙にわからない効能があるらしい。価格の割に胡散臭いが、その分、味は確かなのでそこまで気にすることではあるまい。
「で、ではベッティーナのケーキ一年分を、是非お礼としてお渡しさせてください」
「うむ!」
「マリーさんはあんまりここを離れられないだろうから、俺が預かってここに持ってくるよ」
インベントリの中なら時間も進まないから傷むこともないしな。ついでに茶葉でも持って遊びに来るとしよう。
「そうか。うーむ、最初はエーベルハルトの頼みじゃし……と思ってやったことじゃが、やって正解じゃったの!」
「だから子供か!」
ケーキに喜ぶ見た目ギリギリ二桁くらいの銀髪幼女。……もしかしたら幼女ではなく少女といったほうがいいのかもしれないが、まあどっちにしろ子供であることに違いはなかった。
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