努力は俺を裏切れない
常石 及
転生・幼少期編
第1話 報われない俺は報われたい。
「また2位か……」
返却された成績表に記されている順位を眺めながら、俺はそう呟く。
現代文2位、古典3位、英語4位、数学8位、化学6位、日本史3位、政経1位。7科目全て合わせて、第三学年312人中2位。かなり頑張ったつもりだが、今回もまた学年首席の座を奪えなかった。
俺はため息をつきながら教室の右前に集まっている数人の生徒達のほうを眺める。
「きゃーっ! カズキ、また学年1位なの!? スゴーイ!」
「しかもほとんど1位じゃん! ね〜今度勉強教えて〜」
「仕方ないなぁ、じゃあ今度の日曜はどうかな?」
「「ありがと〜カズキ〜!」」
姦しい騒ぎ声が聞こえてくる。その騒ぎの中心にいるのは、ここ一年以上にわたって学年首席の座を守り続けている天才中の天才、菅原一樹だ。彼と俺はまったくと言っていいほど接点がないが、俺は彼のことを一方的にライバル視している。
俺はこの高校に入学してから、一度として彼に試験で勝ったことがない。部活に入らず、クラスメイトとの遊びも断り、食事と風呂と、自分にノルマを課している読書の時間以外、ひたすら勉強を続けてきて尚、俺は彼に勝てない。
天才ってのはどこの世界にもいるもので、菅原はそんな俺とは正反対に、バスケ部のエースとして、生徒会長として、そして特待生として、まさに文武両道を地で行くような男だった。容姿、人望を兼ね備えた人生の勝ち組オブ勝ち組である。
まったく、この世界は理不尽だ。どれほど努力をしても、生まれ持った才能の壁には太刀打ちができないのだから。ガリ勉と揶揄され、モヤシとなじられ、それでもめげずに努力しても俺は天才には勝てない。県内有数の進学校とはいえ、それでも東大に受かる人間は毎年一人か二人いるかどうかだ。菅原一樹はまず間違いなく受かるだろう。だが、学年次席の座すら危うい(それどころか何度か奪われている)俺には、正直受かる自信がない。これほど苦行じみた人生を送っていてさえ、叶わないことがたくさんある。天才、菅原一樹は何もかもがうまくいき、彼女だってとっかえひっかえだというのに、だ。
俺はそれが悔しくて堪らなかった。だからこそ、絶対に負けたくなくて、半ば意地になってひたすら努力をしているのだ。凡才の努力が天才に勝つことを証明したくて、こうして登下校中でさえも単語帳を読みながら――――
「危ないっ!」
何が起こったのか、わからなかった。ただ、気がついた時には世界がグルグルと回っており、次いで大きな音と眩しい光、そして強い衝撃が俺を襲って、どうやら俺は自分が車に轢かれたらしいことを知った。
「うぐふっ……!」
地面に叩きつけられて変な声が出たのが、どこか他人事みたく感じられる。アスファルトに強打したであろう全身がじわじわと熱くなってくるのを感じる。辺りが騒然としており、下校中だった同じ高校の生徒達がこっちに注目しているのがわかる。
「君、大丈夫か……!」
遠くからそんな声が聞こえてきたが、俺は何の返事もできなかった。全身が熱いのに、何故か寒くなってきた。悪寒と同時に強烈な眠気がやってきて、俺は何の抵抗もできずに意識を手放した。
*
救急車が止まっている。サイレンの音は聞こえない。赤色灯が光って、クルクルと回っている。パトカーが何台も止まっていて、警察がたくさんの野次馬に向かって何やら声掛けをしている。黄色いテープが張られていて、その内側にはブルーシートで覆われた箇所がある。
そんな光景を、何故だか俺は上から見ていた。だいたい10メートルくらい上だ。何十秒かボーっとその光景を眺めていて、ようやく俺は自分が事故死したことを理解した。これがいわゆる幽体離脱というものらしい。なかなか濃い体験だと思う。滅多に経験できるものではない。
そうこうしている内に、少しずつ自分が空に昇っていっていることに気がついた。もう上空30メートルくらいまで来ている。まさに昇天だ。下の騒ぎもだんだんと見え辛くなってくる。
上空100メートル。城とかのある山に登った時、街を見下ろした感じがこんな感じだった。もう下の様子はよく見えない。
上空千メートル。富士山みたいな高い山から見下ろした感じだ。俺の住んでいる街が一望できる。まあ、愛すべき幼馴染も特別仲の良い友人も俺には存在しないので、あまり愛着はない。家族も俺にはあまり期待してくれていないようだったし、つまらない人生だった。
上空1万メートル。要するに10キロ。ついにエベレストを超えた。地球の端が丸く見える。もう街があるか、森があるかくらいにしか下界の様子を判別できない。ここへ来て、上昇スピードがグンと上がる。
上空100キロメートル。ここからもう大気圏外だ。さらば地球、また会う日まで。……と言ってももう会えないかもしれない。輪廻転生が本当にあるかもわからない中で、再び地球上の知的生命体として生を受けることができるかといえば、そんな保証はどこにもない。少なくとも死んでからすぐの状態であれば、こうして意識があることが発覚したので、もしかしたら輪廻転生もあるかもしれんけども。
上空……というか、宇宙空間。だいたい地球からの距離が1万キロメートル。もう地球の輪郭がくっきり見える。まん丸だ。地球は青かった。こうして地球を見ていると、少しだけ悲しくなってくる。俺はこの後どこへ行くんだろう。神様っぽい人からの連絡とかもないし、雲の上に天国はなかった。上に昇ってるから地獄行きではない筈だ。何にも良いことのない人生だったけれど、もし戻れるならもう一度地球に戻ってみたい気持ちが無いわけではない。叶うことなら、今度はちゃんと努力が報われる人生を送ってみたい。まあ、そんな夢みたいなこと、これまでの人生を振り返ってみてもあるとは思えない。そもそも地球、どんどん遠くなってるし。
月を通り越した。もう火星が近い。どうやら俺は人類の歴史の中で初めて火星の表面を肉眼で詳細に目視した人間になるのかもしれない。ひょっとしたら死んだ人間は皆そうなのかもしれないけども、その割には俺の他に死んでる人なんてたくさんいるだろうに一向に他の幽霊が見えることもないし、そもそも死んだ地点から真っ直ぐ上空に登るなら、日本人とブラジル人は正反対の方向に昇っていくことになる。つまりは死んだ人全員が全員、火星を近くで見ることはできないということだ。地獄行きの人が見るのは大陸プレートとかマントルだろうし。俺はラッキーな人間ということになる。まあ交通事故で死んでいる以上、ラッキーはラッキーでも不幸中の幸い、ということになるんだろうけどな。
木星が見えた。だいぶ遠いが、スッゲエでかいな、ということだけはわかった。エブリーデーアイリッスントゥマイハァーひーとりじゃーなーいー。いや、絶賛一人で昇天中だわ。というか「天」ってどこだ。太陽の方向じゃないのか。お天道様っていうくせに。
……あれは冥王星だろうか。もう太陽がだいぶ小さく見える。そろそろ寂しくなってきた。というかいつまで俺は移動を続けるんだろうか。いい加減帰りたい。帰る
………………もう疲れてきた。これが俺の生まれた天の川銀河かー(棒)。
……………………………………局部銀河群? だっけ? もうわからんよ。俺は。
そうして何時間か、はたまた何日か、あるいは何年か。もう体内時計(体、ないけどな!)が完全マヒしてどのくらい経ったのかわからないほどしばらくの間、名状しがたい宇宙の神秘を感じながらボーっとしていると、やがて俺の意識が薄れてきた。視界がボヤけてきて、眩しくて、なんだか温かい気持ちになって、そして俺の意識はそこで、今度こそ完全に途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます