第2話 転生

 温かい海の中にいるような不思議な気分だった。穏やかな水の流れの中で、優しさに満ちた空気に包まれている、そんな感じだ。不思議と息苦しさは感じない。重力から解放されて、とても気分が楽だった。

 そんな温かさの中で微睡まどろんでいると、突然、水の流れが激しくなった。自分を包み込んでいた慈愛の海が流されていく。どんどん息が苦しくなっていく。

 唐突な変化に、俺は不安になっていてもたってもいられなくなって、なんとか温かさを求めて水の流されていったほうへ向かおうと必死にもがく。

 向こうに光が見えてきた。だんだんと光は大きく、明るくなっていく。しかし俺の身体に纏わりついた縄のようなものが俺を引っ張って向こうへと行かせてくれない。


 離してくれ! 俺はここから出なきゃいけないんだ! あの温かな海へ戻るんだ!


 必死に出口を求めてもがく。息が苦しい。

 ふと、自分を押し潰さんと迫ってきていた壁が消え去り、俺は急に外に放り出されたような感覚を覚えた。


 眩しい!


 そして一気に寒さが押し寄せてくる。


 苦しい!


 空気を求めて俺は大きく息を吸い込む。


「オギャァ……オギャアッ!」


 急速に意識が覚醒していく。

 どうやら、俺は生まれ変わったようだ。



     *



 俺が生まれ変わってから二年が過ぎた。

 あの後、自分が生まれ変わったことを知ったと同時に急速に眠くなり、俺は意識を失った。まだよく聞こえなかった耳元で何やら人の声のようなものと、ジャブジャブ身体をぬるま湯で洗われた記憶があるので、どうやら俺の出産は無事に終わったらしい。

 それからしばらくはオッパイ飲んでネンネして、抱っこしてウンコしてオッパイ飲んでネンネしてウンコして泣いてネンネして夜泣きしてオッパイ飲んでネンネしてを繰り返していた。前世の記憶をはっきりと覚えていても、あの衝動には耐えられなかった。記憶はあっても、そこは赤さんなんだからどうしようもない部分だったらしい。精神年齢バリバリのゼロ歳児だ。


 そうこうしている内に、なんだかんだで二年が経ってしまった。最初の頃は衝動が抑えられなくて本当に大変だった。なんせ、すぐ腹は減るしウンコは漏れるし、おまけに五分に一回眠くなる。快と不快しか感情が無いんだから、基本泣くか寝るかしかしなかった。

 最近、ようやく精神が落ちついてきて、感情をある程度抑えられるようになったが、慣れるまでは本当に大変だった。真夜中に叩き起こされる父ちゃん母ちゃんにスマンなと思いつつ、思いっきりクソを漏らしては歯の生えていない歯茎で乳首を噛みまくった。おかげで若くて可愛らしかった母ちゃんのピンク色の乳首が少しくすんでしまった。


 さて、そんな俺ももう二歳。ある程度の落ち着きを見せ、辿々たどたどしいながら簡単な日常会話程度であれば難なく熟せるようになっていた。


「まま、あおいのたべゆ」

「あら、ハル君。ランゴの実が食べたいの?」

「らんごたべう」


 ランゴの実とは、地球でいうリンゴのような果物のことだ。味も食感も、まんまリンゴなのだが、色はなぜか毒々しいまでに真っ青なのである(滑舌が悪いのは幼児なんだから仕方ないのだ。見逃せ!)。

 もう歯は生えそろっているので、ランゴのような硬い食べ物でもしっかり食べることができる。甘味の少ないこの世界で、数少ない自然の甘さを楽しめるから俺はランゴの実が大好きだった。


 さて、先ほど俺は母親に「ハル君」と呼ばれたが、それは本名ではない。正しくは「エーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイト」という、クソ長い名前があったりする。「フォン」という語が入っていることから想像できる通り、なんと俺は貴族の家に生まれ変わることに成功した。初っ端からいきなり人生勝ち組である。前世の行いが神に認められでもしたのか、貴族特有の厳しい家訓やお家騒動なんてものからも縁遠く、非常に快適な乳児ライフを送ることに俺は成功していた。

 父親はまだ25歳と非常に若いが、既に我がファーレンハイト辺境伯家の当主として立派に振る舞っており、前世で尊敬できる父親を持たなかった俺としては少し不思議な気分だ。

 母親は22歳と親父よりも三つほど若く、俺の二個上に姉がいるので18で子供を産んだことになる。現代日本ならなかなか珍しい方だろう。白い肌と金髪が綺麗な北欧美人っぽい感じの容姿をしていて、4歳の姉(中身が20歳近い俺から見てもめちゃくちゃかわいい)を見る限り、俺もおそらくは相当なイケメンボーイに違いない。しかし精神年齢がほぼ一緒な女の乳首を吸いまくってたのかと思うと、なかなか背徳感がヤバイな……。赤さんなので性的興奮は全く起こらんが。


 そんなこんなで無事、自立歩行ができる年齢まで成長できたわけであるが、何もこの二年間、俺はひたすら食っちゃ寝ばかりしていたわけではない。もちろんほとんどはその通りだが、ちゃんと異世界かどうか、色々と検証していたのである。

 その最たるものがステータス画面だ。とはいっても、どうやらこれは他人に見える類のものではないらしい。よくファンタジー小説に出てくる鑑定系の能力なんかがあればあるいは他人のものでも覗き込めるのかもしれないが、少なくとも俺やその家族はその手の特殊能力は持っていないようだ。姉が母親にステータスを見せてと懇願していたので間違いない。

 その俺のステータスがこれだ。


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エーベルハルト・カールハインツ

・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイト

性別   :男

年齢   :2歳

生命力  :12/12

魔力   :6354/6354

身体能力 :3

知力   :120

魔法属性 :―

固有魔法 :【衝撃】

固有技能 :【継続は力なり】

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