第35話 精霊祭(改稿版)
(2020/5/5 大幅改稿しました。)
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それからしばらくリリーは我が家に居候していた。裏庭や裏山を散策し、表の庭園でアフタヌーンティーを楽しみ、上流地区にある高級レストランでランチを取り、庶民に扮して街へ繰り出したり。
そうこうしている内に精霊祭当日になった。
「今日は精霊祭ね」
「そういえばそうだな」
精霊祭。古代よりハイラント皇国に伝わる民間信仰を基盤に、皇国の黎明期に勇者神話を取り入れながら成立した皇国の国教であるハイラント神教。その中でも最も重要な宗教行事の一つが精霊祭だ。日本神道の例大祭やお盆、正月、夏祭り、西洋のクリスマスに近い、国民的な祭りである。
夏に国家を挙げて催される、豊かな収穫をもたらす自然に感謝し、国家の繁栄を祈願して行う一大イベントだ。農民から皇帝まで、全国民が一気に湧き立つこの精霊祭は、各地の社院を中心に、地域の人間が主体となって国全体で祝うのが慣例だった。
かく言うファーレンハイト辺境伯領でも、ハイトブルク内の有力社院に多くの人が集まり、毎年数多くの
「今年はどんな山車が出るかな?」
「たのしみ〜!」
ファーレンハイト家の人間は領地を治める家の者として、ハイトブルクの精霊祭を執り行う役割を担うことになっている。厳密には、昼間は街の有力者や領民とともに祭りを楽しみ、日が暮れてから社院の神官らとともに祭祀を執り行うのだ。
これには祭政一致型の皇国の宗教スタイルが影響している。キリスト教を知っている俺からすれば聖俗は分離しているのが普通に思えるが、ここはハイラント皇国だ。政治のトップである皇帝が、国教であるハイラント神教のトップを兼ねているのだ。考えてみれば当たり前である。勇者の伝説が建国神話になっているのだ。勇者の血を引く皇家が中心になるのは当然の流れと言えよう。
そして俺達貴族は皇帝から各地を治める役割を任された存在だ。言うなれば、地方における皇帝の代理である。であるならば、貴族が自分の領地で行われる精霊祭を執り行うのはごく自然のことだった。
「俺は夜から祭祀に参加するけど、リリーは良かったの? ベルンシュタットの精霊祭で何かやる筈だったんじゃ?」
「わたしはいいの。だってハルくんの婚約者だもの」
そう言われればそうだな。リリーはベルンシュタイン公爵家の長女だが、上に兄がいるので家督相続の予定は無い。ならばファーレンハイト辺境伯家の嫡男であり、婚約者である俺に付いてきてウチで精霊祭に参加した方がリリーにとっても公爵家にとっても有益なのだろう。
「そういうことならリリーも一緒に参加しようか」
「うん」
日中の宴会にはオヤジと母ちゃんが参加すれば充分だ。子供の俺には酒は飲めないし、まだ子供なので大人の中に混じるのは違和感しかない。
「夕方までは暇になるし、一緒に街を見て回ろう。精霊祭だから出店がたくさん出てるよ」
「わーい!」
俺はリリーと手を繋いで街へと繰り出す。ちょっと上品な服に着替えて、金持ちの庶民っぽい変装も忘れない。めかしこんだリリーはいつもよりも少しだけ大人びて見えて、控え目に言ってたいへん可愛かった。
✳︎
「うわぁぁ〜! すごいすごい! みてみてハルくん。あの山車とてもごうかだわ!」
「凝ってるなぁ〜! いったい幾らかけたんだろう」
西洋の神殿をモチーフにした山車に、バグパイプやフルート、ハープのような楽器を持った奏者達がたくさん乗っている。前世で聞いたケルト音楽のような陽気でどこか郷愁を感じさせる音楽に乗りつつ、周囲の人々はエールや串焼き肉を片手に肩を組んで昼間っから騒いでいる。
「なんかいいなぁ」
こういう祭りに来ると、自然と気持ちが高揚してくる。楽しそうにしている人達を見ると、自分も楽しくなってくる。
「ハルくん。わたしあれ食べたい」
「串焼き肉か。ならオススメの店があるよ」
俺は周囲を見回して、いつも贔屓にしている串焼き肉のおっちゃんの屋台を探す。しばらく歩きながら探していると、社院からやや離れた中央広場の近くにおっちゃんは屋台を構えていた。
「おっちゃん、串焼き肉4本ちょうだい」
「おっ、いつもの坊ちゃんじゃねえか! 今日は彼女連れか? やるじゃねえか、一本サービスしてやるよ!」
「いいの? やった」
「彼女も楽しんでけよ! 毎度あり!」
「か、カノジョだなんてそんな……!」
「リリー? はい、串焼き」
「ふぁい! ……あ、ありがと」
俺は気前の良いおっちゃんにもらった串焼き肉を2本、リリーに手渡す。3本あげても良かったのだが、それだと地面に落としそうで怖かったのだ。
「もぐもぐ……んっ、おいひい!」
「でしょう。異国風スパイス味だよ」
「クセになる〜。もう1本!」
「はいよ」
あっという間に2本を食べ尽くして、3本目を要求するリリー。俺も自分の分の串焼き肉を食べながら、リリーと一緒にちょっとお下品に食べ歩きする。
しばらくそうして屋台を冷やかしたり果実水を買って喉を潤わしたりして、祭りの雰囲気を楽しむ。
上流階層向けの高級商店街に差し掛かって祭りの雰囲気が少し落ち着いたあたりで、俺はリリーを連れて一つの店へと入った。
「いらっしゃいませ」
入ったのは貴族や富裕層向けのジュエリーショップだ。店内の客は疎らで、外の喧騒とは裏腹に落ち着いた雰囲気だった。
「ふわぁー! きれい!」
リリーはそのままフラフラと商品の飾ってあるショーケースへと吸い寄せられてしまう。
「本日はプレゼント選びでございますか?」
俺達の服装を見て、子供の冷やかしではないと看破したのだろう。自然な笑顔を浮かべてオーナーと思われる宝石商が語りかけてきた。
「あの子に似合うペンダントか何かを贈りたいんだけど」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言うと、宝石商はしばし店内を見回してから俺に目配せして、一つの棚へと案内する。
「こちらなどいかがでしょうか。少々お値段は張りますが、お連れ様の髪色と瞳の色を彷彿とさせる、たいへん素晴らしいデザインとなっております」
示されたのは、リリーの金髪をイメージさせる金のチェーンに、瞳の
「これで」
「かしこまりました」
宝石商の言うように、確かに少々お値段は張るが、そんなことは微々たる問題だ。俺自身が冒険者やら「ノーム=ジェネラル」の片割れやらで稼いでいて大量の資産を持っていたので、婚約者へのプレゼントを親の金で買うような情けない真似はしないで済んだ。
それからもう二つ商品を選んで、それもセットで購入する。未だにショーケースの中の宝石に夢中になっているリリーを連れて店を出て、広場のベンチに腰を下ろしてから俺はリリーに先ほど買ったエメラルドのペンダントを手渡した。
「これ、あげるよ」
「いいの?」
リリーに似合う小指の爪サイズのエメラルドが嵌められた上品なペンダント。手渡す際、俺はそのペンダントに『通信』の魔法を付与してプレゼントした。
「このペンダントには『通信』の魔法を付与してあるから、寂しくなったらこれでいつでも俺と話ができるよ」
俺もまた、さっき買った商品の内の一つ、サファイアが埋め込まれたブレスレット型の『通信』魔道具を持っている。即席で作ったこの通信魔道具は、メイと色々な魔道具を作る過程で生み出されたものが雛形になっていた。
「いつでもお話しできるの?」
「うん。リリーが公爵領に帰っても『通信』は届く筈だよ」
離れた場所と場所を無線通信で繋ぐこの『通信』の魔法には様々なバリエーションがあるが、実はほとんどの魔法士は大した距離を稼ぐことができなかったりする。せいぜいが数キロといったところだろうか。
それでも戦場や街中でのやり取りには事欠かないし、駅伝制みたいに『通信』を使える魔法士が複数の中継基地に待機していれば、かなりのハイスピードで国内の端から端まで情報を伝えることが可能だ。
なので例え一キロメートルほどが限界であったとしても、『通信』を使える魔法士はそれなりに重用され、少なくとも食いっぱぐれることはないとされている。
そんなB−級無属性魔法『通信』だが、俺の使うものは他の魔法士のそれを遥かに上回る性能を持っている。ハイトブルクからベルンシュタイン公爵領の領都ベルンシュタットまで約500キロ。俺の『通信』はその距離をほぼタイムラグ無しで繋げることが可能だ。だいたい東京から盛岡くらいまでの距離と言ったらわかりやすいだろうか。限界の距離はまだ試したことがないのでわからない。ファーレンハイト辺境伯領は正方形に近い縦長の長方形をしているので、領地の端と端を結んだ対角線が一番長い直線距離を取れるルートになる。その距離が約800〜900キロメートルなので、少なくとも800キロはタイムラグ無しで通信が可能だ。これ以上は、まだ領地の外に出たことがないのでわからない。感覚的にはもう500キロくらいならいける気がする。
ただ、それだけの距離を魔法で繋げようと思ったら、普通は物凄い魔力を消費してしまうだろう。ほとんどの魔法士が長距離を繋げられない理由が実はそこにあった。そこで俺の前世知識が火を吹いた。
ようは魔力が足りないなら、足りている人間に負担を押し付けてしまえばいいのだ。フリーダイヤルやコレクトコールの原理と同じである。通話料金は相手に押し付ける。消費魔力も魔力量の多い俺に押し付ける。
こうすることで、通信距離の問題はすぐに解決できた。相手が誰であっても、俺と通信している、あるいは俺を経由して通信している限りにおいて、距離の問題を気にせず通信できるようになったのだ。
ついでに、電話番号の要領で『通信』が混線しないよう若干の改良も加えた。いずれはジャミングや通信傍受の魔法も開発していきたいと考えている。
「家にいながらハルくんとつうしん……?」
「遠くまで声を届ける魔法があるってことだよ」
「へぇ……なんだかすごいのね〜……」
流石にメイとは違って、リリーは技術的なことにはあまり関心はないらしい。ただ、俺と通信ができるということには凄く喜んでいた。
「これでさびしくならないのね!」
「そうだね。いつだってお話しできるからね」
「まいにちれんらくするわ!」
「ま、毎日かぁ」
流石に毎日出られるとは限らない。疲れて眠い日もあるだろうし、録音機能があるわけではないので風呂に入っている時にブレスレット型通信機を外していれば気がつかないこともある。
「できるだけ出るようにするけど、出られなくても怒んないでね」
「それはしかたがないわ。わたしだってそくばくしたいわけじゃないのよ」
それはどうなんだか、とか思いつつ、取り敢えずこれでリリーに寂しい思いをさせないで済むと思うと、安心できた。
「手紙は届くのに時間がかかるからね」
「うん。ありがとう」
贈ってよかった、と思える笑顔だった。
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