第62話 飛行魔法『飛翼』

 バッファローで林道を走ること約20分。だんだんと周囲の森が鬱蒼としてきた。魔の森の領域に近づいてきていることがわかる。


「暗いでありますなー……」

「気味が悪いわ」


 ギャアギャア、キシャーキシャーと、何の動物かわからないような鳴き声がそこら中から聴こえてくる。魔の森周辺でこれなのだ。一体魔の森とやらはどれだけ危険なフロンティアなのか気にならないと言えば嘘になる。


「むっ、2キロ先に敵影アリ。降りよう」

「了解であります」

「ワイバーンが来たのね」


 危険領域にいるとあって、普段よりも「ソナー」の範囲を拡大していた俺が真っ先にワイバーンの存在に気付き警告する。バッファローから降りて戦闘態勢を取りつつ、幅の細い林道を歩き始める。


「……静かになったわ」

「野生動物達がワイバーンの存在を感知して逃げたんだろうな。近いぞ」


 もう距離は500メートルもない。空を飛ぶという特性ゆえか、ワイバーンの移動速度は半端じゃないのだ。突然知覚外から現れて、対応する間も無く襲撃される恐怖。ワイバーンが恐れられている理由の一つがそれだった。


「また私達でやってもいい?」


 リリーが俺を振り返って訊ねてくる。


「うん、いいよ。でも2匹以上いる時は俺も出るからね」

「うん、わかったわ」


 いくら地力が高くてもリリー達は冒険初心者ビギナーだ。ワイバーンが単独で出てくる今の内に戦闘経験を積んでおいた方が良いだろう。


「見えたであります!」


 魔導衝撃小銃を構えたメイが叫ぶ。どうやらワイバーンは逃げも隠れもしない俺達を格好の獲物であると認識したようで、こちらに向かって一直線に飛んで来る。


「我が魔導衝撃小銃の大火力を喰らうであります!」


 ――ダァンッ、ダァンッ、ダァンッ!


 メイの三連発は一つも外れることなくワイバーンに命中し、ワイバーンは痛みに耐える苦痛の声を上げる。


「グルルァアアアッ!」


 続いて怒りの感情を滲ませて、咆哮を上げた。


「グルォォォオオオオ!!!」

「堕ちろであります!」


 ――ダァン、ダァン、ダァン、ダァンッ!!


 次々に連射するメイ。そのどれもが命中し、ワイバーンに確実にダメージを与えていく。


「グルルァアアッ……」

「あっ! ふらついてるわ!」


 銃撃が効いたのか、ワイバーンは既に飛行が覚束ない様子だ。徐々に高度を下げてきている。


「ワイバーンの鱗って結構硬いと思うんだけどな……」


 同じ厚さの鉄よりは硬いだろう(でなければわざわざ防具の素材にしたりはしない。貴重な防具の素材ということは、鉄よりも軽くて頑丈ということだ)。それを易々と貫通してしまうんだから、メイの魔導衝撃小銃の威力がどれだけ高いかがよくわかるというものだ。


「天誅であります」


 ――ダァァンッ!!


 数十メートルまで近づいていたワイバーン。その頭部に向かってメイが留めの一撃をお見舞いすると、哀れワイバーンは頭を仰け反らせて数秒痙攣した後、ズシンと倒れてぴくりとも動かなくなるのだった。


「…………スゲエ、メイ一人で倒しちゃった」

「私の出る幕が無かったわ」


 「ソナー」には既に生命反応は無い。完全に沈黙している。


「今回は距離があったから沢山攻撃を喰らわせることができたであります。毎回こう上手くは行かないですね」

「にしても凄いよ。偶然で倒せるほどワイバーンは弱くないんだから」


 武器は凄い。どんなに鍛えたプロレスラーでも、銃を構えた小学生には勝てないのだから。

 しかし本当に凄いのは銃ではなく、銃を扱う人だと俺は思う。下手クソが銃を撃ってもまともに当たりはしない。当たらない銃など丸腰と何も変わらないだろう。道具はどう使うかが大切だ。

 その点、メイは自身の発明品である魔導衝撃小銃を、前世の軍隊の特殊部隊ばりに完全に使い熟していた。だからこそワイバーンのような強敵を相手にしても擦り傷一つ負うことなく、一方的に撃破できたのだ。


「良かったな、メイ。それはメイの取り分だから、インベントリに入れておきなよ」

「もちろんであります!」


 俺はメイに討たれたワイバーンの死体を眺めながらそう言って、そこでふと、あることに気がついた。


「うん?」

「どうしたんでありますか?」


 ワイバーンをインベントリに仕舞おうとしていたメイが訊ねてくる。


「いや、さっき二人が別の個体を倒した時も思ったんだけどな。ワイバーンって、空飛ぶには少々重過ぎやしないかな?」

「あっ、……確かに。考えてみればおかしいですね。普通、こんなに重かったらまともに飛ぶ筈ないんですが」


 かつてM-1号なるロケット飛行機を作ったことのあるメイ、そして飛行機に馴染み深い元日本人の俺だからこそ気づくことのできる疑問点。

 鳥がどうして飛んでいるのか。飛行機がなぜ空を飛べるのか。

 答えは簡単だ。軽いからである。

 確かに旅客機なんかは重さだけ見れば非常に重いだろう。しかしジェットエンジンの推力と比較したら、それほど重い訳でもない。むしろ車や船といった他の交通手段と比べたら、出力重量比パワーウェイトレシオはかなり小さい筈だ。要するに重さあたりのパワーが強いということだ。1キログラム当たり1馬力よりも、1キログラム10馬力の方が速いのは当たり前の話である。


 しかし、ワイバーンにはその話はどうも当てはまりそうにないのだ。

 ワイバーン。近くて見れば納得するが、コイツらはおよそ空など飛べる筈がないだろうという印象を素人でさえ抱けるほどに大きい。高さ2メートル、頭から尻尾の先まで3メートル。翼を広げて横に3メートル。

 だが胴体が非常に大きい。寸胴と言ってもいい。とにかく重いのだ。こんな貧弱な翼で飛ぶなど不可能だろうというほどに重い。軽く数百キロ〜1トンはあるのではなかろうか?

 かの有名な翼竜プテラノドンでさえ、全長は7メートルもあったのに全体重は20キロかそこらだという話なのだから、同じ爬虫類としてワイバーンがどれだけ重いかがよくわかる。


 長くなったが、要するにワイバーンは物理学的に飛べる筈がないのだ。


 だが実際にはワイバーンは空をびゅんびゅん飛んでいる。これはどういうことだろうか? ファンタジー世界にも物理法則はきちんと働いているというのに、だ。


「……考えれば考えるほど意味不明であります」

「わけがわからないよ」


 ワイバーンの周りにだけ万有引力の法則が働いていないのだろうか? 魔法生物だからそういうこともありうる?


「普通に魔法で風を増幅してるんじゃないの?」


 と、そこへリリーが口を挟んできた。今なんて?


「だから、羽ばたいた時の風を風属性魔法で増幅してるんじゃないのかなって思ったのよ。私達魔法士も似たようなことをするでしょ?」

「「それだああああああああああ!!!」」


 良くも悪くも科学的・物理学的な視点に拘り過ぎて先入観から脱却できなかった俺達には、逆立ちしても得られなかった視点だ。ナチュラルボーン異世界人で、かつ魔法に慣れ親しんでいるリリーだからこその答え。なるほど、俺やメイにはわからなかった訳だ。


「確かにそれなら辻褄は合うよな。だって、重くてもそれを上回る風を増幅して生み出してやればいいんだもの」


 感覚としては、3〜4倍程度だろうか? ちょっと太った個体なら5〜6倍くらいは増幅しているかもしれない。


「ってことは、よ」

「?」


 空を飛ぶのに翼が肉体から直に生えている必要は無さそうだ。要するに、飛ぶのに必要なだけの風を魔法で代用して生み出してやれば良いのだから。


 俺は魔力実体化を極めた北将武神流・裏、外の型『将の鎧』を部分的に、背中にだけ発動する。イメージするのは左右数対の魔力の翼。

 そして、その翼から固有魔法【衝撃】で衝撃波を継続的に一定の強度で放ち続けるイメージ――……。


「――『飛翼』!」


 ふわっ、と。視線が数十センチほど高くなる。


「え?」

「ほ?」

「……できた! 俺は天を駆ける新人類だ!」


 俺は今、地面から数十センチほど浮いていた。


「ととととと飛んだああああ!!?」

「ととととと飛んでいるであります!!」

「いや、メイは驚くなよ。先に飛んだのお前だろ」


 6年前、リリーの救出に用いたM-1号を忘れたとは言わせない。


「あれは私が飛んだ訳ではなくて『M-1号』が飛んだんであります。それとは次元が違うであります! 私は今、生物としての進化を目撃してるんであります!」


 そんな、一個体で何万年も生き、常に進化し続ける究極生命体みたいに人を扱わないで欲しい。


「別に羽を生やした訳じゃないよ。魔法だから。頑張れば多分、他の人にもできる」


 魔力が足りるかは知らんけど。でも原理的に不可能という訳ではない筈だ。要は魔力実体化と、風魔法その他飛行に使える何らかの魔法が使えれば良いのだから。俺にとってはそれが【衝撃】だったというだけの話だ。


 地上でリリーとメイがぴょんぴょん跳ねて叫んでいる。

 多分、今回のワイバーン討伐旅行の一番の収穫はこの『飛翼』なんだろうなぁ、と俺は地上から数メートルのところをふわふわ浮かびながら思っていたのだった。


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