第67話 スカウト

「お前、ジェットと会ったのか?」


 筋肉男――もとい、ジェット・ブレイブハートと誤解から戦い、和解した日の夜。『飛翼』で魔の森そばの集落からかっ飛ばしてハイトブルクに戻った俺は、オヤジと話し込んでいた。ジェットの話の真偽を疑っていた訳ではないが、情報共有のためにもオヤジに色々と確認を取っていたのだ。


「うん。陛下と宰相と父さんに頼まれたって」

「よくあいつが素性を晒したな。どういう経緯があってそんな流れになったんだ?」

「いやー、実はジェットと半分殺し合いになっちゃってさ」

「何ィ!?」


 それから実際にあったことを細かく説明する内に、オヤジの表情が「やっちまった」みたいな顔に変わっていく。


「そうか……。そういえばお前はワイバーン事件の当事者だったな……。伝えておけば良かった……」


 どうやらオヤジ曰く、ワイバーン討伐依頼が出される前の事前調査の段階で、既に領主には「異常事態」として報告が上がっていたらしいのだ。

 そして同時並行的にあの討伐依頼が出された訳だが、このハイトブルク周辺には俺しかSランク冒険者がいなかった。安全に依頼を受注できるのは俺だけだったということだ。

 しかし対外的には「白銀の彗星=エーベルハルト」の図式が成り立っていない以上、俺が依頼を受注したところでオヤジに連絡が行く筈もなく。というか普通なら事前に数日間は街で準備をしてから討伐に向かうのでその間に何らかの手段で情報が領主に伝わってもおかしくないのだが、俺達の場合、受注したその日に早速現地に向かってしまったので伝わるものも伝わらなかったという訳だ。

 というような情報の伝達ミスというか、構造上の欠陥と不運が重なった結果、俺にジェットの存在が知らされることなく依頼が受注されてしまったという訳だった。

 まあ不幸中の幸いとしては、お互いに怪我が無かったことだろう。早い内に誤解が解けてよかった。俺も警戒していたとはいえ、もう少し聞く耳を持っていてもよかったかもしれないな……。


 と、まあ一人反省会をした後に、俺はオヤジに証拠品である件の魔道具を手渡す。


「助かる。さっそく調べさせておこう」

「わかったことがあったら僕にも共有してくれると助かるかな」

「わかった。今度はきちんとわかり次第詳細を伝えよう」

「ありがとう」

「それはこちらの台詞だ。お前も次期領主としての責任感が芽生えてきたようだな」

「そりゃあね、もう12だし」


 12年も住んでいれば、もう第二の故郷と呼んでも差し支えないくらいの愛着心は抱いている。そんな故郷を穢そうとする奴らには、それ相応の報いを受けてもらわなければいけないよな。

 俺はオヤジに挨拶をして領主の執務室を出ると、今後の領地について思いを馳せるのだった。



     *



 次の日の午後。ティータイムの時間帯にジェットがうちにやって来て、俺はオヤジから正式な紹介を受けていた。


「紹介しよう。俺の皇国軍時代の元同僚……といっても所属は違ったが、まあ同期のジェット・ブレイブハート中将だ」

「ジェット・ブレイブハートだ。今は特魔師団の師団長なんてものをやっている。よろしくな、エーベルハルト」

「ああ、よろしく…………って、いやいやいやいや! いくらなんでも速すぎじゃない!?」


 ジェットの移動速度が、だ。今さっき帰って来たのだとしても丸1日しか経っていない。車も電車も飛行機も無いこの世界の人間が、1日で350キロを走破する? ありえないだろう。どんな体力してるんだ。


「体力には自信があるって言っただろう?」

「自信があるどころの騒ぎじゃなくない!?」


 オリンピック選手レベルの速さでフルマラソンを17時間くらい走り続ければ魔の森からハイトブルクまで着くのかな。うーん、人類には無理じゃない?


「今日の早朝には着いたんだがな。まあ、かなり疲れたから水浴びして仮眠をとっていたら寝過ごしてしまった。はははは!」


 今日の早朝って、マジで道中で一休みもしてないじゃないか……。こんなのと戦っていたのかと考えると背筋が凍るな。魔力こそ多くはないが、HPが化け物すぎる。長期戦なぞしようものなら、間違いなく先にスタミナ切れで負けは確実だ。前は「瞬間的な増強タイプ」だなんて品評したが、実際戦うとしたら短期決戦しか方法は無さそうだな。


「こいつの体力馬鹿は今に始まったことじゃない。新米少尉の時からそうだった」


 オヤジがそんな裏情報を伝えてくるが、当時の先輩や上司達も大変だったろうな。こんな訳のわからない奴が入団してきて。俺だったらかなり扱いに困る自信があるよ。


「まあ、それはいいや……。で、特魔師団ってあの特魔師団?」

「そうだ。あの特魔師団だ」

「ジェット……、あんた偉い奴だったんだな」

「自分のことながら俺も不思議に思っている。はははは!」


 特魔師団。正式には特別魔法師団という部隊は三大師団が一つ、皇国では知らない人がいないどころか、皇国のみならず周辺国家にまでその名を轟かせている超エリート部隊だ。

 三大師団とは、近衛騎士団、宮廷魔法師団、そして特別魔法師団の三つの師団のことで、皇国軍に数ある師団の中でも最も精鋭が揃っているとされる選りすぐりのエリート集団である。最低でもB+ランクはないと入団すら難しいとされるこの三大師団の内のいずれかに入れれば、地元では孫の代まで語り継がれ、一族は何があろうと俸給面では一生安泰とまで言われるほどであった。

 自衛隊でいうレンジャーや空挺団みたいなものだろうか? いや、CIAとか公安みたいイメージの方が近いのかな?

 とにかく特魔師団とは、戦闘系の職業に就いている人間なら誰もが憧れると言っても過言ではない名誉ある師団なのだ。


「俺が昔、近衛騎士団で騎士団長をしていたのは知っているだろう?」

「うん」


 オヤジは俺が生まれる前の一時期、皇帝陛下をお護りする近衛騎士団の団長だったことがある。前線部隊の青年将校として活躍していたところを、実力を見初められて抜擢されたそうだ。家柄もしっかりしているのでどこぞの馬の骨よりも安心、という側面もないではないが、それでも実力抜きには騎士団長など務まる筈もない。なかなかに評判のいい騎士団長だったと聞いている。……主に執事などから、だが。


「ジェットはその時に特魔師団の副師団長をしていた。所属する師団こそ違ったが、三大師団同士はライバルでもあり、仲間でもあるから交流が深い。魔人戦を共に戦った戦友でもある」

「へえ……」


 何でも大きな戦いだったらしい。皇国軍側にも随分と被害が出たそうだ。

 その魔人戦を機にオヤジは近衛騎士団長に抜擢され、やがて姉貴ノエルが生まれる時に引退して北将を継いだらしいが、ジェットはそのまま特魔師団に残って師団長に就任したそうだ。


「まあそんなこんなで、ここ十数年ほど師団長なるものを任されているという訳だな」


 ジェットが明朗な顔で快活にそう言うが、俺はその笑顔に一抹の不安を覚えた。別にジェットの能力を信じていないというのではない。彼が自ら調査に出向かざるをえないほどの事態が我が領内、そして皇国内で起きつつあるということが不安だったのだ。


「なあ、ジェット。昨日は魔道具を巡って戦っただけだったけど、他に何か知ってることはないの?」

「うむ、不安になるのもわかるが、残念ながら全く無いと言っていいな」


 では何故わざわざ三大師団が一つの師団長自ら調査に出向いたのだろうか?


「不可思議そうな顔をしているな。まあ、それだけ魔物を操るということは異常事態なのだ」

「エーベルハルト。魔物を操る技術についてはどこまで知っている?」


 そこへオヤジが口を挟んでくる。


「うーん、古代魔法文明の技術でなんか操れたことくらいは。あと魔獣契約魔法とか?」

「まあ概ね間違ってはいないな。だが古代魔法文明の技術は失われて久しい。そして古代魔法文明の他にももう一つ、魔物を操ることのできる手段が存在している」

「もう一つ?」


 何だろうか。幼少期から飴と鞭を使い分けて厳しく育てるとか?


「まあ、それができる魔物もいないではないが、かなり珍しい部類だ。そのもう一つの手段とは、魔人の技だよ」

「魔人」

「ああ」


 魔人。本来人であった者が、異常な魔力で変質した存在だとも、あるいは吸血鬼のように魔人の親玉がいて、無理やり魔人に変えられるとも云われる未知の存在。

 その全てが人類を超越した異常な強さを持っており、寿命という概念も存在しないとか。まるで妖魔や怪物みたいな存在だ。


「でも魔人ってもう存在しないんじゃないの?」


 16年前、オヤジ達が戦ったのが最後の個体だったと資料には残されているが。


「その筈なんだがな。今回の手法は16年前のとそっくりなんだ」

「そんな……」


 だからジェットがわざわざ調査していたのか。16年前の二の舞にならないように、最初から本気を出して。


「今回、俺がハイトブルクに寄ったのにはもちろんカールハインツへの報告もあるが、実はもう一つ提案があってな」


 ジェットが俺の方を見て————


「エーベルハルト。お前、特魔師団に入ってみないか?」


 ————そんなことを切り出すのだった。







――――――――――――――――――――――

※特魔師団の最低基準ランクを「A−」から「B+」に変更しました。(2020/7/04)

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