第243話 アガーテ

「アガータ、あなたしかいないのです……」

「姫様……」


 悲しそうな顔をして告げたカリン。アガータは残酷な真実を突きつけられた善人のような顔をして震えている。


「そ、そんな……」

「まさか、アガータが……⁉︎」

「誰よりも姫様に忠義を感じていたあいつが、何故そんなことを……?」


 家臣達も激しく動揺しているようだ。気持ちはわからないでもない。アガータはカリンの付き人として常に側にいた側近中の側近だからだ。裏切る可能性が一番低いとすらいえる。そんな彼女が何故、と感じるのも無理はない。

 ただ、アガータが内通者であるという事実は紛れもない事実だ。それはデウス・エクス・マキナ作戦に従事した俺が一番よく知っている。何故なら――――


「しらばっくれても意味ないぞ。種は割れてるんだ。……なぁ、

「はい。ファーレンハイト様のおっしゃる通りです」


 そう呼びかけた俺の声に返事をしたのは、声に応じて部屋に入ってきただ。


「あ、アガータ殿が二人⁉︎」


 俺の隣で会議に参加していたメイが驚いているが、無理もない。まったく同じ見た目をした、瓜二つの人間が目の前にいるのだから。


「観念するんだな。アガータ……いや、アガーテと呼んだほうがいいか?」


 そう問いかけると、アガータ改めアガーテは、先ほどまでの悲しそうな顔など嘘だったかのように無表情になり、それから歪んだ笑みを浮かべて言った。


「そこまでバレてるのなら、もうこの寒い演技にも意味は無さそうですね」


 顔立ちも口調も、何もかもが同じ。ただ一つ違うのは、その瞳に浮かぶ感情の色だ。

 アガータは澄んだ瞳をしている。主君カリンを想い、主君カリンに仕え、主君カリンのことを第一に考える忠義に満ちた瞳だ。

 アガーテは違う。暗い闇を抱え、憎悪に染まった濁った瞳だ。


「アガーテ。私はどうにかしてあなたを救いたいと願っていた。それなのに、あなたは越えてはならない一線を越えてしまった……」

「お節介なんですよ。昔からあんたのそんな偽善がましい気遣いが不快で仕方なかった。だから仕返ししてやった。どうです? 愛する妹に裏切られた気分は。さぞ最高でしょうねぇ! あはははっ」


 二人だけの会話が進んでいき、家臣達、そしてメイは置いていかれている。斯くいう俺も若干置いてかれ気味だ。アガータが二人いるのは知っていたが……もう片方の名前がアガーテということ、そして二人が生き別れた双子だということくらいしか知らされていなかったからな。


「カリン、説明を頼むよ。何がどうなってるんだ?」

「アガータ。言いたいことは沢山あるでしょうけど、今は私の顔を立てて少し静かにしていてくれますか?」

「……姫様、失礼しました」


 会議室の外には近衛兵が構えているし、部屋の中には俺もいる。アガーテが逃げ出すことは敵わない。そう判断したカリンは、アガーテを見遣ったのち、おもむろに口を開いた。


「アガータと……そこにいるアガーテは、代々アーレンダール家の側近を勤める家臣の家系なのです。双子だった二人は、それぞれ幼い頃から宗家、分家に別れて育てられました」

「アガータが双子だったとな!」

「そんなこととはつゆ知らず! 先代は何をお考えでおいでだったのか!」

「姫様。そのことは、先代はご存知だったのでしょうか?」


 家臣の一人がカリンに訊ねると、カリンは静かに首肯した。


「ええ。父……先代当主は当然このことを知っていました。そもそも、分家にアガーテを送り込むよう指示したのは先代なのですから」


 何やら黒幕めいてきた先代当主。今回、急死してしまったこととも関係がありそうだ。……うん、無いわけがないよなぁ。

 カリンはそのまま続ける。


「ただ、アガーテの存在は公には隠されていた。何故なら先代当主はアガーテを、将来的に不穏分子へとなりうる分家を滅ぼすための密偵として育てるつもりだったからです」


 先代は、分家の当主には「他家に取り入るための影武者だ」とかうまいこと言って言いくるめたつもりだったらしい。

 しかしその企みは逆手に取られてしまった。アガーテが宗家のスパイであるという情報は、分家の当主も知っていたのだ。

 分家の連中は、本家の回し者であるアガーテにキツく当たり、彼女に情報を何も与えなかった。やがて分家の当主が代替わりすると、これを使えると考えた嫡男ゲオルグがアガーテに対する悪どい仕打ちを改めるよう内密に指示を出した上で、「彼女は度重なる虐待の末に死亡した」という噂を分家の中だけに流したのである。

 分家を探っていた先代はすぐに噂を聞きつけ、アガーテは死んだものと考えた。アガーテの両親も同じだ。そしてアガータもまた、両親同様にアガーテが死んでしまったと思い込んだ。


「そこに油断が生じました。ゲオルグはまず、アガータにふんした――――といっても瓜二つなのでほとんど何もしていないのですが――――アガーテを宗家に潜入させた上で、彼女の恨みを利用し、分家という酷い環境に置いた元凶である生みの親を殺害させました。……あっという間の出来事でした。私とアガータが所用で出掛けている僅か数時間の間に、です。しらせを受けて急遽宗家に戻った私達を尻目に、アガーテは難なく領主の館に潜入し、誰にも咎められることなく当主を暗殺した」


 メイドの悲鳴を聞き、現場に駆けつけたカリン達は愕然としたそうだ。『誓いの盃』の存在によって裏切り者の存在がありえない状況下で、厳重な警備を潜り抜けた上にまんまと当主を害してみせたのだから。それこそ裏切り者がいなければ説明がつかないような完全犯罪。ここで宗家は完全に後手に回ってしまった。


「即座に家臣全員を『誓いの盃』で調べました。ですが、結果は私やアガータも含めて全員が白。明らかに毒殺ではありましたが、いくら調べても何の毒かは結局わからずじまい。事件は迷宮入りになりました」


 そこからの展開は早かった。天が分家に味方したかのような奇跡がいくつも重なって、気づけば領内はそのほとんどが分家の勢力圏。僅かに残った部下と土地を守りつつ、偶々たまたま俺達の噂話を聞きつけたカリンは、最後の希望を託してアガータを俺達の下へと送り出したそうだ。


「アガータがそちらに出向いている間は、不思議と戦況は拮抗したままでしたが……今思えば、アガータがいなかったからアガーテも表立って活動ができなかったのですね」


 だからこそ、俺達を連れてアガータが戻ってきてからの展開が早かったのだ。俺が空を飛べるという情報や、俺達がゲオルグの生誕祭に合わせて人質奪還作戦を練っているという情報が筒抜けになったりした。

 思い返してみれば、時たまアガータに不自然なところがあったような気がしないでもない。


「俺達がこっちに来て最初に行った作戦会議の日。アガータが俺のアピールポイントをカリン相手に上手くプレゼンできずに、代わって俺が色々説明したことがあったよな。あの時から既に入れ替わっていたってわけか」

「はい。お二人をこちらにお連れしたところで、私は不意を突かれて監禁されました。そこから先はご存知の通り、分家側に送られて人質生活です。昨晩、ファーレンハイト様が接触しに来てくれた時は心底安堵いたしました」

「アガータ、ちょっと泣いてたもんな」

「ファーレンハイト様っ‼︎‼︎ それは言わない約束では⁉︎」

「そんな約束したっけな?」

「〜〜っ!」


 まあアガータは良い子だし健気だけどチキンだからな。こんな殺伐とした戦いの渦中にあって、よくこれだけ耐えてみせたもんだ。偉い偉い。





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