第272話 『徹甲衝撃弾』

「準備は良いか?」

「いけます」

「よろしい。……では始め」

「――――『意識加速アクセラレート』、『望遠』」


 俺は瞬時に魔力を練り上げると、発動速度を上げるために『意識加速アクセラレート』を発動、同時に利き目である右目の前に『望遠』の魔法陣を展開する。

 続いて、【衝撃】の魔力を圧縮、実体化させて掌に収束。プロセスだけなら防御技の『白銀装甲イージス』を攻撃に転用する『烈風』と似ているが、そこはパンとクッキーのようなもの。ほぼ同じような材料からできていても、できあがるものはまるで別物になる。

 今回の技には『烈風』にはない「魔力実体化」の段階が追加されている。これにより魔力塊には質量が付与され、普段の『衝撃弾』とは若干異なる使い方が可能になるのだ。


「――――『徹甲衝撃弾』」


 ――――ドッ……!


 弾体後部から衝撃派のジェット噴流を噴射しながら、目にも留まらぬ超音速で『徹甲衝撃弾』が五〇メートルの距離を突き進んでゆく。『意識加速アクセラレート』した俺でさえほとんど視認できないのだ。周りの人間には、何が起きたのかまるで理解できていないだろう。

 この『徹甲衝撃弾』は、文字通り貫通力に特化した新技だ。以前、皇帝杯でジェットと戦った時に、即応性の高い必殺技が欠けていることを実感した俺は、規模は小さくてもよいから、とにかく貫通力の高い攻撃が開発できないかと色々と試行錯誤していた。

 そして思いついたのがこの『徹甲衝撃弾』。この技のコンセプトは、現代地球のとある兵器に着想を得ている。

 物理の話をしよう。あまねく宇宙を支配する物理法則の一つに、弾性範囲という概念がある。固体に力を加えると当然ながら形は変わるが、普通はこの力を取り除いた時、固体は元の形に戻ろうとする。これが可能になる――――つまり固体が元の形に回帰できる範囲が、弾性範囲だ。金属の板を曲げても、力が弱いとしなって元に戻るアレである。

 だが、ある一定以上の圧力を加えると、固体は元の形に戻ることができなくなり、まるで液体のように形を変える――――塑性変形を開始する。この時の境界線となる圧力が、いわゆるユゴニオ弾性限界と呼ばれる領域だ。

 地球の現代兵器には、この概念を利用した兵器がある。

 矢のような形をした、最強の金属と名高いタングステン製の砲弾。それが目標となる物体の弾性限界を超えた超音速で、あまりの速さに固体として振る舞えなくなった目標を、文字通り液体の中を進むように射抜く――――その兵器の名はAPFSDS弾。現代の戦車砲だ。

 俺の新技である『徹甲衝撃弾』は、このAPFSDS弾を模倣して開発されている。


 ――――ォォォォオオオオオオオンンンッッッ!!!


 数瞬遅れて、空気を引き裂く轟音が響き渡る。

あまりの音に、試験会場である屋外演習場の空気がビリビリと震えて周囲の人間は思わず耳を塞いでふらついてしまう。


「……っ」

「…………!」


 誰も言葉を発することができない。それもその筈。この国で……否、この世界でここまでの威力、貫通力を持った攻撃を見たことのある人間は、未だかつて存在しないに違いない。

 俺の新魔法は、世界を揺るがしかねない力を持っていると自負している。


「よし、成功だ」


 これまでにも、わざわざ人のいない遠くまで出かけては何度も練習していたので、失敗はしないとわかっていたが……やはり成功したら嬉しいもんだな。

 ちなみにこの技の威力を鑑みて、発射前に的の周囲に人がいないことは確認済みだから怪我人は誰一人として出ていない。そのあたりに抜かりはない俺である。


「……な、なんだ今のは⁉︎」


 試験官が瞠目して叫んでいる。流石は大人と言うべきか、まだ学生達が呆然と立ち尽くしている中で唯一素早く再起動したのが彼だった。やっぱり魔法学院の講師陣は粒揃いだな。名門校と呼ばれるだけのことはある。


「俺の新技、『徹甲衝撃弾』です」

「そ、そうか……。あっ、的が…………。アダマンタイトに、ミスリルまでもが含有されている耐久性抜群の合金素材だったのに……」

「なんか、すいません」

「いや、構わんのだ。これも授業の一環、もとより壊れることが前提の消耗品なのだから……。ああ、ファーレンハイト学生はもうこれで終わっていいぞ。文句なしの満点だ。というかこれが満点じゃなかったらなんだというのだ。……あー、設備課に新調を依頼しないと……」


 なんというか、また伝説を作ってしまったような気がする俺であった。やったぜ!





――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 専門家でもなんでもない作者ですから、科学知識には多分に誤りが見られるかと思いますが、そこはまあファンタジーですのでご容赦ください。『努力』の宇宙では音が鳴るんです(某有名監督の言い回しを借用)。

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