第119話 ワンサイドゲーム
「ルールは相手に後遺症の残る怪我を負わせないこと、および相手を殺さないことじゃ」
「ええぇ――っ!」
「エーベルハルトっ。お主、悪役か!?」
「安心しろ、殺されるのは貴様のほうだ」
……こういう根拠不明の大言壮語って、なんで無くならないんだろうな。数年後に客観的に過去を振り返れるようになった時に恥ずかしさで死ねると思うんだけどな……。
まあ自分の実力を客観的に見ることができていないから、そして相手の実力を正しく見極めることができないからこそ、こういう発言に繋がるのだろう。それはひとえに経験不足からくるものだし、それならばしっかりと経験を積ませてやればよいのだ。悪いのは環境であって多分きっと彼本人ではない。うん。とりあえず
さあ、今は気持ちを切り替えないとな。
「クリストフ君や」
「なんだ、無能」
「君にハンデをくれてやろう」
「何?」
俺は今立っている周りに
「今からする勝負の間、俺はここから一歩も出ない。もし出たら俺の負けでいいよ」
ベタな展開だとは自分でも思うが、少々自信が過剰すぎる彼にお灸を据えてやるにはこれくらいしてやらねばなるまい。
「ッ……貴様! 馬鹿にしやがって!」
クリストフの奴は顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。完全に怒っているようだ。
「……エーベルハルトよ。少々遊びが過ぎるのではないかえ?」
マリーさんが呆れたようにこちらを見てくるが、俺だって別に遊んでこうしている訳ではないのだ。彼我の実力差をわからせてやるにはこれが一番。ただそれだけの話だ。
「まあまあ、マリーさん。これも必要なことだから」
「……まあ、やりたいことはわかるがの。それだと逆効果な気がするの……。まあよい、なるようにしかならんじゃろ。それにお主も散々馬鹿にされておったからの。意趣返しがしたいというなら止めはせぬよ」
こちとら身体年齢はまだ12歳とはいえ、中身は立派な大人だ。子供相手に本気で意趣返しみたいな大人げないことはしない。……ちょっとだけそういう側面があることは否定しないが。まあ、ちょっとだけだからいいんだよ! ちょっとだけだから。
曲がりなりにも単独で魔の森を突破し、四大属性の全てと闇属性を使える天才と称しても差し支えないクリストフを相手に俺が相当なハンデを設け、しかもそれをマリーさんが止めないのを見て、他の修行参加者達がざわめき出す。
クリストフはここにやってくる順番こそ最後だったが、それは彼に実力が無いからではない。単純にこの修行に価値を見出していないからだ。もしクリストフが本気を出していれば、シュナイダー兄妹すら抑えて二番目に到着していたことだろう。それだけの実力を奴は持っているし、俺やマリーさんはそれを感じることができる。他の皆にしても、五属性も使えるということがどれだけ凄まじいのかを理解しているため、俺の異常なまでの譲歩を疑問に感じているのだろう。
……だが、俺からしてみれば、その程度のことでしかない。たかだか五属性使えようが、本気を出せばシュナイダー兄妹より早かろうが、それだけだ。12年間ひたすら修行を続けてきた俺にとっては全く問題はない。
「それでは、お互いに準備はよいか?」
「うん、いつでもいいよ」
「問題ない。いつでもやれる」
俺とクリストフは5メートルほどの距離を保って開始位置につく。皆が固唾を呑んで見守っている。俺の実力を知っているリリーとイリス、ヨハンにエミリアの四人だけは全く心配をしていない様子でこちらを見ている。イリスに至ってはむしろ期待で瞳を輝かせているくらいだ。
「——それでは始め!」
「はああっ! 『ファイア・ジャベリン』!」
マリーさんの合図が掛かると同時に、クリストフの魔法が飛んでくる。『ファイア・ジャベリン』は消費魔力の割には威力が高いが、その代わり発動までに時間がかかるという特性を持つ。そのため使いこなすのはなかなか難しい(らしい)火属性の中級魔法だが、クリストフはいとも簡単な様子で放ってきた。伊達に自惚れている訳ではなさそうだ。
……だが、それでは俺には効かない。
「『
「なっ!」
クリストフの『ファイア・ジャベリン』は一瞬で展開された俺の『白銀装甲』に阻まれて、ロウソクの火が風で吹き消されるかのように雲散霧消する。今の一撃にそれなりに自信があったのか、クリストフはかなり驚いた様子で固まっていた。
まあ、今までの敵であればこの一撃で全て終わっていたのだろう。これだけ『ファイヤ・ジャベリン』を使いこなすのはなかなかできることではない。
だが、『将の鎧』の派生技である俺の『白銀装甲』の展開速度は実に一秒を切る。いかに練度が高かろうと、発動までにどうしても多少の溜めが必要となる『ファイア・ジャベリン』では俺に届くことはない。もっと素早い弓矢や雷属性魔法などでないと、『白銀装甲』の展開前に到達させることは難しいだろう。もっとも、弓矢や雷属性であったところで必ず届くとは限らないのだが。俺の防御を貫きたければ、『雷光』のジークフリート並みの速さが必要だ。
「ボーっとしてていいのか? 敵はその隙を突いてくるんだぞ」
わざわざ律義に忠告してやりつつ、強めの『衝撃弾』を放つ。威力はきっかり『ファイア・ジャベリン』と同じだけ、射出速度は『ファイヤ・ジャベリン』の三倍ほどだ。
「ぐあっ!」
辛うじて反応はできたようだが、展開できたCランク無属性魔法『
「く、クソがあああぁぁぁっ!」
クリストフが叫びながら魔法陣を複数展開する。やはりこれだけの魔法陣を同時に展開できるのは才能があると認めざるを得ないが、しかし本人の性格が所以か、いまいち練度が高いようには見えない。
「勿体ない奴だ」
「『ロック・バレット』! 『ウォーター・ランス』! 『ウィンド・カッター』! 『フレイム・ストーム』!」
いくつもの属性魔法——それも全てが中級以上、火属性に至ってはA-ランクと上級魔法だ。しかしその全てが俺の『白銀装甲』に阻まれて消えてしまう。
「クソッ、なぜだ! なぜ俺の技が通らない!」
それからいくつもの中級~上級魔法が俺めがけて撃ち込まれるが、その全てを俺は真正面から受け止める。クリストフが魔法を放ち、それが俺に命中する度に奴の表情は険しく、畏れを含んだものへと変わっていく。
何分かそうしていただろうか。もう撃ち尽くした、といった様子でクリストフが魔法を撃ち込むのをやめた。奴は全身に滝のような汗をかき、肩で息をしている。対する俺は汗ひとつかいておらず、余裕の姿勢を崩さない。
「もう終わりか?」
「ッ……」
クリストフがビクッと震えた。周りの
「ならこちらからいくぞ」
俺は右手を突き出すと、掌に魔力を集めてもっとも自分の得意な形へと変化させていく。だんだんと大きくなり、ついにバスケットボール大になった『衝撃弾』が膨大なエネルギーを湛えて俺の目の前に顕現する。
「これが無能が努力した結果だ。よーく味わえよ」
「ッ!」
————ドッ……!
先ほどの『ファイア・ジャベリン』の5倍ほどのスピードで野戦砲並みの威力を持った『衝撃弾』がクリストフめがけて飛んでいく。疲労困憊状態のクリストフは碌に回避行動も取ることができない。火事場の反応速度で以てなんとか先ほどよりもマシな『
————ドゴオオオオオオオンッ……
大きな土煙が上がる。悲鳴は聞こえない。
「勝負あったの」
マリーさんの冷静なジャッジが響く。こうして俺とクリストフの試合は、試合とも呼べないような俺の一方的な勝利によって、幕を下ろしたのだった。
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