第250話 外交圧力万歳!
「今回のアーレンダール家の件は氷山の一角にすぎない。カリン殿の資料に挙がった諸々の不祥事もそうだが、藪をつつけばまだまだ蛇は多く出てくるだろう。……よって私は連邦議会議長権限を行使し、国中の領地経営調査を行うことにした」
覚悟の決まった顔をしてそう宣言する議長。一瞬の静寂の後、議会は怒号で包まれた。
「議長! あんた正気か⁉ そんなことしたら……あんたの政権は吹っ飛ぶぞ!」
「考え直せ。他に道は無いのか?」
「そ、そうだ。第一、議会の承認無しに実行するなど越権行為ではないのか?」
見た感じでは反対派が多数のようだ。ただ、それは議長の立場を思って反対するのか、あるいは自らの保身のためだけに反対しているのかで大きく異なってはいるみたいだが。
ノルド首長国は領邦を形成する部族が集まって成り立っている連邦制国家だ。強大な権力を有する君主がいるわけではない以上、議会はあくまで各部族の合意を形成するための協議機関となり、その議長が持ち合わせている政治的な権限もまた然程大きなものではない。
議会における調停者としての側面が強い議長が、強引に各領邦の調査を行うと言ったらどうなるか。その答えがこの議会の荒れ様だ。
一応、議会の健全な運営に尽力するというのが議長に課された使命である以上、議会の承認無しでも調査団の編成および派遣は可能だ。ただそのツケで、まず間違いなく議長の座は引き摺り降ろされることになるだろう。そして議長の出身部族が議会に再び顔を並べることができるまでには長い時間がかかる筈だ。
しかし事が明るみになった以上、今それをやらねば敵の工作員はすぐにでも姿をくらませてしまうだろう。誰かが責任を取らねば国は守れないのだ。
「デルラント王国の干渉を受けていた当事者として申し上げます。この調査はノルドが独立を保つためには必要なものです。是非とも議長への寛大な措置を、議員の皆様にはお願いいたしますわ」
今回の議題の中心人物であったカリンが、議員達に頭を下げて言う。アーレンダール家は、結果的には宗家の下に権力が戻り騒動を鎮圧できたが、俺が介入しなければ今頃はカリンの命は危なかっただろうし、何より元鞘に収まったとはいってもカリンの父親である先代当主は亡くなってしまったわけで。このような悲劇を起こさないためには、議会の主導による一斉調査の実施が不可欠なのだ。
それを誰よりも強く実感しているカリンだからこそ、有力部族の長という立場ある身であるにもかかわらずこうして頭を下げることができるのだろう。そんなカリンを支えるためにも、俺は俺にできることをしなければなるまい。
「議長。友好国の人間として、一言口を出させてもらってもよろしいか」
「え、ええ。ファーレンハイト卿。発言を許可します」
「許可に感謝します。……えー、ノルド議会の皆様におかれましては、問題が山積みのところ誠にお
世界に冠たる超大国が弱小国相手にここまで肩入れをすると言っているのだ。よもや断ることなどあるまいな……? という無言の圧力を肌で感じ取ったのだろうか。先ほどまではあれほど紛糾していた議会が、今では完全に静まり返っていた。
……これが大国パワーか。面白いくらいに思い通りに要求が通るなぁ。本当、皇帝陛下万歳! 存分に威を借らせてもらってます。
「……議長。本当にやるんだな?」
議員の一人が議長に向かって緊張感を隠せない表情で今一度そう訊ねる。議長はゴクリと喉を鳴らしてから、ゆっくりと頷いた。
「議長と議員の皆様の賢明な判断に、皇国を代表して感謝いたします」
まあ事実上の宗主国にここまで念押しされておいて、ここで断れるわけがないよなぁ……などと(自分で圧力をかけておいて)他人事みたいに思う俺。きっと議長さんの胃は緊張と重責でキリキリ音を立てていることだろう。俺も立場上強く出なくてはいけないが、個人的にはああいう確固たる信念を持って行動できる人は好きだ。後でお値段の張る胃腸薬でも持って見舞いに行ってあげようかな。
とまあ、こんな感じで、踊れども踊れども一向に進まなかった会議は、
なんとなく肩の荷が降りたような気がして、大きく背伸びをする俺。
ああ、早く帰ってメイとイチャイチャしたい……。もうかれこれ数日はメイとの穏やかかつ激しい(意味深)時間を取れていないので、いい加減に仲良し(意味深)したいのだ。争いで荒んだ心を、豊かな胸で包み込んでほしいのだ。政治闘争も悪くないが、やっぱり好きな子と好きなことをしているのが一番良い。
働きすぎ、詰めすぎは良くないと、もう充分に前世で学んだろう? そう自分に言い聞かせながら、もう少しで終わりそうな会議の行く末を見届けるべく、議会の来賓席にどっかりと腰を下ろす俺なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます