第374話 大企業の社長令嬢
「魔力タンクが……魔王の遺骸からエネルギーを取り出すのに使えるってのか?」
「ええ」
と、そこで俺は魔力タンクの性質を思い返す。近年では軍や医療施設なんかで活用されているという魔力タンク。あれの本質は「魔力の
魔力タンク開発前までは、卓越した技量を持つ魔法士が自身の魔力を相手の波長に合うように変換してから送り込むのが当たり前だったのだ。
もちろんそれだけの技量を持つ魔法士から魔力を失わせるのは、戦場や冒険中においては愚の骨頂だし、実用性という面ではほとんど意味をなさない技術でしかなかった。せいぜいが安全な街中での訓練中に魔力欠乏に陥った弟子を師匠が助ける目的か、あるいは戦地で魔力を欠乏するに至った未熟な魔法士を自力で歩かせて後退させる目的くらいにしか使われることはなかったのだ。
ところが、こうして事前に魔力を貯めておけるという魔力タンクが普及したおかげで、拠点に戻りさえすればいつでも好きな時に魔力を回復できるようになった。
個人の波長に合わせて受注生産しなければならない都合上、弱小冒険者パーティーや零細傭兵団なんかでは手が出ないほどには高価格とならざるをえなかったが、逆にいえば公金で賄える諸侯軍や運転資金に余裕のある高ランク冒険者パーティーなんかではかなりの割合で普及するに至っていた。皇国軍の中核をなす中央軍に限定すれば、実にほぼすべての部隊で配備されているくらいである。
そんな、高級品ではあるにせよ量産には成功した魔力タンク。今では開発・製造元のアーレンダール工房にライセンス料を支払って生産する工房や工廠さえ各地に増えてきているのだという。おかげで「ノーム=ジェネラル」こと俺とメイの収益はものすごいことになっていたりするのだが、そんなことはまあ置いておくとしてだ。
何が言いたいかというと、既に確立された技術を用いて魔王の遺骸を制御できるかもしれないということ。その事実が、極秘プロジェクトのメンバーに一筋の光をもたらしたのだった。
「早速実験だ。メイ、アーレンダール工房の倉庫に魔力タンクの余剰在庫はあったか?」
「えーと、魔力タンクは受注生産ではあるんですが、個別に作り分ける必要があるのは最後の工程だけなので……たぶんそこ以外がほぼ完成したタンクなら、出荷前のがたくさんあるかと思いますよ」
「ならその一つを特魔師団名義で買い取ることにしよう。細かい調整は俺とメイがやればいいから、そのままで大丈夫だ」
「ですね。そうと決まれば、工房に飛んじゃいますか?」
「ああ。ただ、皇都支部でいいんじゃないか? いきなり訪ねても、親方も忙しいだろ」
「それもそうでありますね。じゃ、皇都支部に行きましょう。あそこなら情報の流出リスクも少ないですし」
メイの実家であるアーレンダール工房。俺とメイは同郷なので、当たり前だがアーレンダール工房の本部も北都ハイトブルクに存在している。
だがアーレンダール工房は今をときめく巨大新興企業なのだ。親方はそこの経営者として、採用枠を増やし自前で規模を拡大する
その甲斐あって、今ではアーレンダール工房は皇国各地に関連企業や生産支部を持つ、そんじょそこらの中・下級貴族では太刀打ちできないほどの経済力を保有するに至っていた。そしてそんな大企業の令嬢にして次期当主、そして何よりここまでアーレンダール工房を成長させた数々の発明品の開発者であるメイの影響力は、皇国産業界においては他に並び立つ者がいないほどには大きくなっている。
そのメイが、アーレンダール工房直轄の皇都支部に出向いて、余っている在庫を融通してくれと頼みこむ。なるほど、皇都支部の人間が断れよう筈もなかった。加えて、身内だから余所で手に入れるよりもよっぽど信頼が置ける。極秘プロジェクトの最中だからといって、不自然なことはどこにもあるまい。
「じゃ、そういうことだから。俺達はこれからアーレンダール工房皇都支部に飛んできます。皆さんは……休憩でもして待っていてください」
「ではありがたく休ませていただくとしますかね。いやはや、ここ数日の研究は過去最高に充実していて楽しいには楽しいんですが、老体には少し堪えます」
ノイマン教授はそう言って苦笑する。老体というにはまだもう少し若いような気もするが、まあここ数日の研究がかなりの突貫で激務だったのは事実なのだ。ほんの数時間であっても、皆にはゆっくりと休んでいただきたい。
「いってらっしゃ~い」
ニコニコと手を振るレベッカさんに見送られながら、俺とメイは連れ立って特魔師団皇都駐屯地を出る。向かう先は皇都外延部、新興工業重点地区だ。そこにはアーレンダール工房をはじめとした様々な分野の工房が数多く軒を連ねているのだ。
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