第164話 プチ宮廷

 ホームルームを終えて各自の委員会室へと向かう学生達。俺と殿下もまた、生徒会室へと向かっていた。


「生徒会室は七賢塔の最上階か。階段上るの大変だなぁ」

「へえ、『彗星』でも階段は嫌なんだね。少しばかり意外に感じるよ」

「殿下。いくら俺の体力が多くて戦闘力が高いといっても、日常的に自分から進んで疲れたいと思ってる訳じゃないよ。そんな酔狂はジェットくらいだと思うね」

「なるほど、あの人なら確かに喜んで肉体に負荷を掛けにいくだろうね。宮廷でもあんな人間は珍しいよ」

「冒険者や軍人も同じだよ」


 トレーニングを目的としているなら話は別かもしれないが、生憎あいにくとそうではない時まで苦行じみた環境に身を置きたくはないものだ。ぶっちゃけたことを言えば、この程度の階段では汗ひとつかかないどころか呼吸ひとつ乱れやしないのだが、それでも面倒であることには変わりがないのだ。まったく、これだけ魔法技術が発展しているのだからエレベーターくらい作れば良いものを……。

 と、そこまで考えて、もしかしたらメイが作るかもしれないな、ということに思い当たる。エレベーターの簡単な構造くらいなら俺でも分かるし、メイに原理を軽く説明したら細かい部分まで計算し尽くして完成させてしまうに違いない。幸いにして彼女は文部委員会の研究開発部というマッドサイエンティストの巣窟のようなところに配属になったみたいだし、そこで開発したエレベーターを学院に設置するという夢もあながちありえない話でもないだろう。


 さて、そんな益体も無いことを考え、話しながら階段を上っていると、ようやっと生徒会室の扉が見えてきた。

 生徒会室は七賢塔という、魔法学院の敷地内で一番高い七階建ての塔の最上階に位置しているのだ。なんでも、かつて魔法学院の創設に関わった七人の賢者――要するに凄腕の魔法士やら魔導師達のことだ――を記念した建造物だとかなんだとか。

 「所変われば品変わる」とは言うものの、前世の世界にも七賢堂なんてものがあったようだし、どこの世界の人間も似たようなことを考えるものらしい。

 ともあれ、この建物は限られた人間しか立ち入ることが許されていない、この学院の象徴とも呼べるランドマークなのであった。


「なかなか荘厳な扉だね。実家を思い出すよ」

「あー、確かに謁見の間は壮麗だったなぁ」

「威厳があって良いことだと思うよ」

「ま、仮にも世界に冠たる四大学院だからね」


 設備一つ取ってもこれなのだ。東京大学に下りる予算が他大学のそれとは比較にならないくらい莫大なものであったように、四大学院にも国民の血税がジャブジャブ注ぎ込まれているであろうことは想像に難くなかった。


「失礼。一年Sクラスのフリードリヒです」

「同じく失礼します。一年Sクラス、ファーレンハイトです」

「どうぞ、お入り下さい」


 観音開きの重厚な扉をノックすると、中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「失礼、……やっぱり」

「これは殿下、ご機嫌麗しゅうございます。……そしてエーベルハルトさん、お久しぶりですわね。魔の森以来でしょうか?」

「うん? 二人は知り合いなのかな?」


 怪訝そうに首を傾げる殿下。生徒会室の奥から立ち上がって俺達を出迎えたのは、なんと魔の森で同じ釜の飯を食い、一年間の修行を共にした『土人形ゴーレム使い』のクラウディア・カレンベルクであった。



     ✳︎



「……という訳でね、殿下。俺達はわば同門の魔法士だったんだよ」

「なるほどね。中将会議肝いりの強化プロジェクトがあったのは小耳に挟んではいたけれど、まさか君達がその当事者だったとは驚きだね」

「クラウディアさんはともかく、俺の存在くらいは知ってたんじゃないの?」

「『彗星』の正体は不明……という扱いだったからね。たとえ皇族でも、直接知りうる立場になければ不用意に明かされることは無いんだよ」

「そんなもんか」


 ということは、正体を隠したいという俺の思いを、陛下をはじめとした皇国軍のお偉いさん達はめちゃくちゃ尊重してくれていたってことだよな。実にありがたいことだ。きちんとこちらのことを慮ってくれる国には報いてやりたいという気持ちも自然と芽生えてくるものだよな。


「ところで、わたくしの元に今年の新入生の成績上位五名の情報が届いていますけど、生徒会に入られる方は他にはいらっしゃらないのですか?」


 クラウディアさんが手元の資料をトントンと机に立てて揃えながら訊ねてくる。その腕には生徒会長の腕章が巻かれていた。


「ええ。他の三人はそれぞれ自分の行きたい委員会に向かったようです」

「そうですか」

「俺もできれば執行部の方が良いかなと思っているんですが……」

「エーベルハルトさんの実力でしたら、問答無用で執行部に配属決定ですわ! これだけの戦力を活かさない手なんてありえません!」

「そ、そうですか」

「ええ!」


 珍しくグイグイくるクラウディアさんに少々引きつつ、図らずも希望が叶ったことを喜ぶ俺。


「求心力を高めるためにも殿下には次期会長として、慣例に従って会長への登竜門と言われる庶務になっていただきたいと思いますの。エーベルハルトさんには、そのおよそ学生とは思えない武名を学院中に轟かせて抑止力強化を図っていただきたいですわ」

「殿下が政治を、俺が武の側面を担当する訳だな」

「背後にエーベルハルトが控えてると思えば、私の治世も安定するだろうね」

「生徒会室がプチ宮廷ですわね」


 クラウディアさんが呟いた何気ない感想だが、なるほど、言い得て妙とはこのことかと思う俺であった。

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