第84話 16年振りの災厄
「ハルト曹長。そちらの怪しい男はどうでしたか」
「オイレンベルク准将」
スラムに戻ると、当たり前のように暴漢達を制圧していたイリスとオイレンベルク准将が俺のことを待っていた。現場には既に警邏隊の人間が複数到着していたようで、色々と現場検証やら道路の封鎖やら、日本の警察っぽいことをしていた。
「准将、これを」
「はい……はい?」
とにかく証拠を見せないことには話にならないと思ったので、俺は准将に先ほどの魔人の魔石を手渡す。一旦は魔石を受け取った准将だが、一目見て只事ではないと判断したのか、好々爺然とした表情を一変させて目を剥いて驚いていた。
「何ですか、これは」
「魔石です」
「それは見ればわかります。ですが、これに似た魔石を私はこれまでの人生で一度しか見たことない……。ハルト曹長、まさか」
「ええ。そのまさかです。詳しい話は駐屯地に戻ってからにした方が良いでしょう。ここには人の耳があります」
「……ええ、そうですね。帰ってから詳しく聞きましょうか」
冷や汗を拭う准将。冷静沈着がモットーの彼にしては珍しく、どこか狼狽えるような様子であった。
✳︎
「「「魔人!?」」」
「……ええ、間違いありません。話に聞いていた通りの特徴と戦闘力でした。特にあの再生力は人間では考えられません。常にエリクサーでも飲み続けていないとあんな回復は無理ですよ」
特魔師団の駐屯地に戻った俺は、オイレンベルク准将をはじめ、ジェットやジークフリート大尉、その他もろもろの団員達を前に先ほどの戦闘の様子を説明していた。
「ちょっとその魔石、見せてみろ」
「はい」
ジェットが魔石を見たいと言うので、持っていた魔石を彼に手渡す。受け取ってしばらくジロジロと眺めていたジェットだったが、大きく溜め息を吐くと呟くようにしてこう言った。
「……間違いない。魔人の魔石だ」
「だ、団長……」
団員から不安がるような声が上がる。見れば、それなりに若い団員だった。無理もない。最後に魔人が現れたのは俺が生まれる数年前。今からだいたい16年くらいは前の話なのだ。
そしてその魔人を倒したのが、かの有名な北将である俺のオヤジ、カールハインツだ。魔人を倒した英雄の息子が、16年振りに現れた魔人を討伐するとは、何という巡り合わせでしょうか!!
まあ、そんな冗談はさておき、こうして魔人が現れたということは洒落にならない事態が進行しているということの裏付けでもあった。
「人間が魔人に変わるメカニズムははっきりしていない。ある日突然魔人としての力に覚醒するとも、あるいは既にいる魔人によって強引に魔人に変えられてしまうとも言われている。……だが、今回の話が本当なら、魔人発生の論争に終止符が打てそうだな」
「本物が現れて教えてくれるだなんて、嫌な解決方法ですね」
「まったくだ……」
こうなってしまっては、もう魔人の発生メカニズムがどうとか言っている場合ではなくなってしまった。
どうやって魔人を倒すか。その一点のみが大切になってくるのだ。
「聞けば、魔人は全身を斬り刻んで『衝撃弾』で磨り潰したら消滅したとか」
オイレンベルク准将が確認を取ってくるので、俺はその通りだと肯定する。
「ええ。厳密には『収束衝撃弾』という技ですけど。……なかなかありえない再生速度の魔人でしたが、どうも再生には一定の消耗があるようです。再生力の限界を超える威力で攻撃してやれば、普通に倒せるんだと思います」
「16年前の魔人もそうだったな」
「ええ」
ジェットとオイレンベルク准将、そして16年前から師団にいたと思われるベテラン勢の方々が顔を見合わせて頷き合う。……これは俺もオヤジから詳しい話を聞かなければならないようだ。
「ただ、エーベルハルトには悪いが、16年前の魔人はもっと強かった」
言いにくそうな表情をしながらそう伝えてくるジェット。対して俺は、そんなに驚くこともなく「ああ、やっぱりか」程度にしか感じていなかった。
「何だ、驚かないのか」
「聞いてたよりよっぽど手応えが無かったから」
あの魔人。確かにそれなりに強かった。だが、その強さはあくまでも「それなり」でしかなかったのだ。『将の鎧』を展開することもなく、『纏衣』だけで普通に危なげなく勝利できたし、特にピンチに陥った訳でもない。
そりゃあ勝つために全力は出したが、本気で戦えば終始俺の優位が崩れることはなかった。皇国建国以来のピンチだとか、人類の存亡の危機だとか、どうも大袈裟にしか感じられなかったのだ。
ぶっちゃけ、あの魔人よりも強い人間はそこそこいるだろう。ここにいるだけでも俺、ジェット、ジークフリート大尉は確実に奴よりも強い。オイレンベルク准将はまだイマイチ実力が読めないから何とも言えないが、数人でかかれば他の特魔師団員でも危なげなく勝利を収めることができた筈だ。
おそらくランクで言えば、A+ランク程度。かつての「風斬り」のフェリックスと同じくらいの戦闘力だった。
「回復速度に関して言えば、エーベルハルトの話はかつての魔人とも一致するな」
「ああ、魔人は皆あのくらいの回復力があるんだ……。あれよりもっと強くてそれは嫌だな」
「だから魔人は厄介なんだよ」
角刈りの頭をポリポリと掻きながら困ったように呟くジェット。フウ、と息を吐いてから、彼は顔を上げて言った。
「まあ、何にせよ皇国軍の参謀会議に話を通さないとな。あと陛下と宰相に報告だ。16年前のより弱かったとは言え、魔人は魔人だからな。他にいないとも限らんし、第一発見者兼魔人狩りの英雄のエーベルハルトはお手柄だぞ」
「ええっ、これってそういう流れになるの?」
「ああ。まあ、間違いなく勲章か何かは貰えるだろうな」
「ファーーー!」
皇国を守るために戦ったら、図らずも勲章モノの功績を挙げてしまったようだ。いやー、これで陞爵とかされちゃったらどうしよう!?
「そういえばお前は陛下に謁見するのは初めてだったな」
「は? 謁見?」
思わずそう訊ねると、何を当たり前のことを、といった目で特魔師団の面々に見られる。
「お前な。誰から勲章を賦与されると思ってるんだ?」
「……皇帝陛下?」
「そうだ」
「……マジ?」
「マジだ」
どうやら俺は皇帝陛下に謁見することがほぼ確定の事項らしい。
……皇帝陛下って、前世でいう天皇陛下とかそのくらい偉い人だよな。どうしよう。俺、貴族として恥ずかしくないようにある程度のマナーは身に付けてるけど、流石に皇帝陛下に謁見するくらいの完璧な礼儀作法なんてわかんないぞ!?
元日本の一般人嘗めんなよ! とにかく困った時には最終奥義『DO-GE-ZA』が発動するんだからな!!
魔人と戦った時よりも緊張し出す俺。武官貴族として育ってきたから、戦うことは得意でも社交とか作法とかにはあまり自信が無いのだ。いっそ皇帝陛下とバトルするんだったら良いのになぁ……とかいう超絶不敬なことを考えつつ、来るべき試練に備えて今のうちから腹の調子を整えておこうと決意する俺であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます