第85話 皇国騎士『彗星』
「
「このような栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」
「余は若き英雄の誕生をたいへん喜ばしく思う。これからも皇国に尽くしてくれることを願うばかりだ」
「はっ。我が忠義は陛下と皇国に在り」
魔人討伐から数日後。宮廷に呼ばれた俺は皇帝陛下の拝謁を賜っていた。そして与えられたのは皇国騎士の地位と『彗星』の二つ名。それが意味することは、俺が皇帝陛下から「国を護る騎士」として認められたということだ。
これはハイラント皇国において、たいへんに名誉なことであった。皇国騎士に任命される人はそう多くはない。特魔師団に入ることも名誉なことだが、皇国騎士に任命されることは更に名誉なことなのだ。
「『彗星』殿。これを」
陛下の合図で、宰相が騎士であることを示す徽章を差し出してくる。
「拝領いたします」
これで俺の持つ徽章も二つ目だな。弱冠12歳にして二つ名持ちだなんて、俺も随分と出世したものだ。
こうして俺は皇国騎士になったのだった。
✳︎
「流石はハルト。すごい」
「イリスも初戦闘なのにしっかりと戦えて凄いよ」
「ん、私達の代は優秀」
「そうだな。二人しかいないけどな!」
あんな事件があった後とはいえ、任務は普通にある。今日の謁見と叙爵式までの数日間は、相変わらずイリスと俺、オイレンベルク准将と一緒に色々な任務に励んでいたのだ。
そして今日は休日。それに合わせて叙勲式があったので、こうして叙勲が終わってしまえば後は自宅に帰ってのんびりと喜びに耽るだけだった。
「ハルトのお家、楽しみ」
どうせ帰ったところですることがある訳でもない。なのでせっかくの暇なのだから、こうしてイリスを我が家に初招待という訳だった。
「まあ、俺もまだ数日しか住んでないんだけどな」
「お上りさん?」
「……そういうことになるかな」
ハイトブルクもなかなかに都会だが、流石に皇国一の大都市には敵わない。お上りさんと言われてもはっきりと否定できないのが何とも微妙な気持ちだった。
「……とか言ってる内に着いちゃったな。はい、ここが我がファーレンハイト家の皇都邸宅です」
「――…………大きい」
「まあ、そこそこ大きいとは俺も思うよ。あまり言いすぎても嫌味になりそうだから自分からは言って回らないけど」
「ハルト、もしかして貴族?」
「あれ? 言ってなかったっけ」
「初耳。……でも言われてみれば納得。それらしい言動は何度か見たことがある」
「そう? まあ別に師団内では特に隠したりはしてないからな。世間には『彗星』の正体は秘密ってことで公表してあるけど」
もちろん、その道の人間が本気で調べれば一瞬で足が付く程度の情報操作でしかないが、実はそれで問題はなかったりする。俺が匿名を希望しているのは街中とかで一般人に声を掛けられたりすると厄介だからであって、知られたら困る状況がある訳ではないのだ。まあ週刊誌のゴシップ記事になりたくない有名人みたいなものである。
「敬語使った方がいい? ですか?」
「今更いいよ。同期に敬語を使われる身にもなってくれ」
「そうだね。ハルトはハルト。それ以上でも以下でもない」
「以下って何だ?」
「さあ?」
そこそこ大きなカミングアウトをしたと思うが、イリスはイリスだった。こうして態度を変えないでいてくれる知り合いというのはなかなか貴重だ。
「ただいまー……って凄いなこれ」
「「「お帰りなさいませ、エーベルハルト様」」」
「勢揃い」
屋敷に入ると、使用人達が勢揃いして出迎えてくれた。階段やら壁やらが煌びやかに飾りつけられていて、いつにも増して華やかな内装へと変貌していた。まるでパーティ会場のようだ。
「エーベルハルト様。皇国騎士になられましたこと、誠におめでとうございます。我らが使用人一同、心よりお喜び申し上げます」
執事長のヘンドリックが使用人を代表して祝いの言葉を奏上してくる。いつもは大人の余裕を漂わせて内心を伺わせないヘンドリックだが、今回ばかりは溢れ出る歓喜を隠しきれていないようだった。
見れば、他の使用人達も同じだった。皆、会ったばかりだというのに我が事のように喜んでくれている。アリスなんか、見えない尻尾が千切れそうだ。君はもう少し感情を抑えることを学んだ方が良いかもね……。
「エーベルハルト、おめでとう。父親として俺は鼻が高い」
「ハル君、流石よ! もうお母さん嬉しくて気絶しちゃいそう!」
「父さん、母さん」
転移魔法陣でハイトブルクから飛んで来たのか、両親を始め、
「ハル、凄いじゃない!」
「兄上流石です!」
「あにうえすごいです!」
「「あにえー、ふおーい」」
「ハル様、おめでとうございます!」
「エーベルハルト様、おめでとうございます」
「ハル君、素敵よ」
「ハル殿、カッコイイであります」
皆が我が事のように喜んでくれている。
「皆、ありがとう。俺も皆が喜んでくれて嬉しいよ。……きっと、パーティの準備をしてあるんだろ? 今夜は使用人の皆も無礼講で、夜通し騒ぎ倒すぜ!」
「「「イエーーーイ!!」」」
俺としてもこういう時にははっちゃけてくれた方が皆で楽しめて嬉しい。祝い事に身分なんて関係ないのだ。
「さあ、イリス殿も是非」
ヘンドリックが俺の隣に立っていたイリスに声を掛ける。
「いいんですか?」
「もちろんで御座います。エーベルハルト様の同僚でおられるのですから、奮ってご参加ください」
「ん。じゃあ参加させてもらう」
手を洗って家用のラフな格好に着替えてホールに行くと、普段は何も無い空間には大きなテーブルがいくつも用意されており、パーティ用の料理が山ほど並んでいた。
「凄っ! よくこんなに用意したなぁ!」
「我らが料理隊の渾身の力作でございます」
皇都屋敷専属の料理人達が得意げな表情でズラリと並んでいる。
「皆、ありがとう。食べるのが楽しみだよ」
そう告げると皆、嬉しそうにしていた。
「――えー、では皆さまお揃いになりましたので、これより我らがエーベルハルト様の皇国騎士叙爵祝いのパーティを始めさせていただきたいと思います」
いつの間にかホールの正面に移動していたヘンドリックが、拡声の魔道具で司会を務めていた。
「乾杯の前に、エーベルハルト様からお話を頂戴したいと思いますので、皆さまご静聴ください」
「えっ、俺喋んの!? 聞いてないよ」
「普通、主役は喋ると思う……」
珍しくイリスがツッコミを入れてきた。……いや、そりゃあまあ、そうなんだろうが。特に話すことがある訳でもないし、早く食べたいからな。簡単に済ませるか。
「えー、ただいまご紹介に預かりました、エーベルハルトでございます」
前世で聞いたことがあるような口上を述べると、使用人達がドッと笑って場が盛り上がった。
皆「ご紹介も何も、もとから知ってるよ!」と言いたげな表情で笑っている。前世では使い古された定番のネタだが、この世界では新鮮だったらしく、なかなかに良い反応が返ってきて少し気持ちが良かった。
「皆、祝ってくれてありがとう。とても嬉しいよ。……今回、俺はこうして皇国騎士に叙せられた訳だけど、その責任はとても大きなものだ。こうやって祝ってくれる皆の主人として恥ずかしくないよう、精一杯頑張っていくよ」
そこまで話すと、皆が一斉に拍手を送ってくれる。前世も含めて、これまでの人生でここまで大勢の人に祝ってもらえたことなんて無かったから、なんだか不思議な気持ちだ。温かい気もするし、気恥ずかしい気もする。
「……さあ、長い話は好かれないからな。早速乾杯するとしよう! 皆、グラスを持って」
給仕役の使用人も含めて、ホールにいる全員がグラスを持つ。
「それじゃ、俺の今後の活躍を祈念して……カンパーーーイ!」
「「「「カンパーーーイ!!」」」」
自分で自分の活躍を祈念するのもなかなかに恥ずかしかったが、まあ今回の主役は俺なのだ。これくらい別に構わないだろう。
――――ちなみに(日本にいた時も含めて)人生で初めて飲んだお酒はとても衝撃的で。酔い潰れるまで呑んで騒いだ俺は翌朝、大変な思いをすることになるのだが、この時の俺はまだそんなことを知る由もなかった……。
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