第133話 昇進

「えー、今回の始原竜召喚という功績を踏まえた考査の結果、エーベルハルト少尉を二階級昇進とし、大尉に任命する!」

「エーベルハルト少尉、昇進の命を受領します!」


 宮廷にて勅任武官への任命式が行われた翌日。俺は特魔師団の皇都駐屯地において、特魔師団師団長であるジェット・ブレイブハート中将より昇任の命を拝領していた。魔人討伐の件で曹長から少尉に昇進した時も行われた辞令伝達式だ。それほど大規模な式典ではないが、団長室に団長であるジェットと他数名の幹部——その中にはオイレンベルク准将やジークフリート大尉の姿もある——に囲まれての式なので、その場はなかなかピシッとした空気だった。


「しかしエーベルハルト。お前の昇進の早さは異常だな」


 慣例にのっとった堅苦しい辞令伝達が終わったため、弛緩した雰囲気を漂わせてジェットが言う。先ほどまでの団長らしい威厳はどこかへと雲散霧消し、そこにいるのはただのムキムキ筋肉達磨であった。


「運が良いだけだって」

「運が良いだけでこんなに出世できるか!」


 そう叫ぶジェットだが、彼もまた30代半ばで皇国三大師団の団長で中将という、呆れるほどの早さで出世街道をまっしぐらに走っているのだから人のことは言えまい。普通はオイレンベルク准将のように、50代も後半になってようやく将になれるかどうか、といったところなのだから。


「それにしてもジークフリート大尉。入団試験の時に試合をした新米士官が、気が付けばお前と同じ階級になっているな。『雷光』の名が泣くぞ」

「うるせえッ……ッス!」

「取ってつけたように敬語を使うんじゃない」


 相変わらずジークフリートの奴は口が悪いようだ。上官にその言葉遣いでも処分されないのは、それだけ彼が有能かつ精強ということの裏返しでもあるのだろう。地球の軍隊なら一発でアウトである。


「癪だが、エーベルハルトは強ェ。それだけのことだ……ッス」

「負けてられんな」


 ジークフリートは速い。北将武神流を修めた俺よりもずっと、だ。


「しかも勅任武官だしな。うかうかしていたら俺も抜かされかねん」


 そう呟いて、がはは、と笑うジェット。だが、当たり前のようにジェット自身もまた勅任武官だ。やはり立場的には俺よりも彼の方がよっぽど上なのだ。


「さて、エーベルハルト大尉。お前には皇都に戻ってきたついでに、軽く数件ほど任務を果たしてもらおうか。何、お前ならすぐに終わるだろうから、心配はいらんさ。ちょっといくつかのマフィアを叩き潰してくるだけだからな」

「それ、ちょっとそこまでお使いに……ってレベルじゃないと思うんだけどな」

「これは上官命令だぞ。こっちとしてもお前ほどの戦力を遊ばせて……まあお前は遊んでる訳じゃないが、とにかく活用しないでおくほど余裕がある訳でもないんだ。その分の手当ては弾んでやるから頑張ってこい」

「了解しましたよっと。まったく『皇国騎士』使いの荒い団長だよ」


 俺は任務についての詳細が記された書類を受け取ると、肩をすくめて団長室を後にするのだった。



     *



 俺が勅任武官、そして大尉となってから更に数ヶ月後。俺は再び魔の森にいた。任務の命令がマリーさん経由で届く度に(特魔師団員でこそないが、マリーさんもまた一応中将の階級を持つ軍人なので、こうして軍関係の命令はマリーさん経由で届くことが多いのだ)何度か魔の森から任務地に飛び、そこで任務をこなしたら軽く観光してから魔の森に戻って修行するという生活を続けて、俺達がマリーさんの元で修行を開始してからそろそろ一年が経とうとしていた。

 課題であった「千の魔法を覚えること」、「神獣との連携によって『龍脈接続アストラル・コネクト』を体得すること」は、なんとか無事に達成できていた。かなりハードな一年であったが、俺の戦力は修行開始前と比べて相当向上していた。


 その今の俺のステータスがこれだ。


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エーベルハルト・カールハインツ

・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイト

生命力  :1132/1251(以前 536)

魔力   :7万5301/7万5301(以前 5万1692)

身体能力 :2115(以前 693)

知力   :141(以前 138)

魔法属性 :―

固有魔法 :【衝撃】

固有技能 :【継続は力なり】

 技能  :【神獣契約】『始原竜リンドヴルム』

      【龍脈接続アストラル・コネクト

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 ご覧の通り、全てのステータスが圧倒的に向上した。中でも『身体能力』や『生命力』などの素の身体の強度に直結する項目が大幅に上昇している。魔力が切れても大丈夫なように、また何らかの要因で魔法が使えなくなった時のために基礎身体能力を底上げする修行を積んだ成果が表れているようだ。一般的な成人男性の平均値が『身体能力:150』『生命力:150』、平均的な兵士なら『身体能力:200』『生命力:200』程度なので、俺の身体は魔力強化をしていない素の状態でも常人の数倍〜十倍程度には頑丈であることがわかる。


 加えて魔力量もかなり増加した。こちらも平均的な魔法士の魔力が300〜400程度なので、俺の魔力は常人の二百倍ほどあることになる。

 更にリンちゃんと力を合わせる時限定であるが、『龍脈接続アストラル・コネクト』によって一瞬で魔力を回復させる手段を手に入れたので、実質俺の魔力は無尽蔵に近い状態になった訳だ。さながら人間魔力タンク————否、人間魔力油田である。

 とはいえあまりに魔力を行使しすぎると今度は精神的な疲労の方も溜まってくるため、これはあくまで理想論でしかない。実際にはある程度の制限は存在する。しかしこれだけの魔力を保有していて、かつそれの回復が一瞬で可能だということは俺に敵対する人間にとっては非常に大きな脅威になることだろう。抑止力という面も含めて、俺はますます強い魔法士になった訳だ。


 そして最後に、ステータスには表示されていないが、マリーさん直伝の千の(厳密には1021の)魔法である。無属性魔法限定ではあるが、無属性は魔法の中でも基本中の基本。基本とは、根幹をなすからこその基本なのだ。その無属性魔法の幅が広いということは、想定される局面の大部分に対応できるということを意味する。

 すなわち、これまで以上にゼネラリストに近づいた訳だ。


 何があるかわからない軍人・冒険者としての活動において、対応できる事態の幅が広がるということはそれだけ生存確率を上げ、大切な人達を守りきれる可能性が高くなるということだ。マリーさんの元で修行をしたこの一年間は、当初俺が予想していたよりもずっとずっと大きな成果を俺にもたらしてくれていた。












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