第336話 世界樹の麓

「見えるか、エーベルハルトよ」


 眼球に魔力を集中させて視力を強化する擬似的な魔眼『千里眼』を発動したマリーさんが、同じく隣で光の屈折を利用した視界強化魔法『望遠視』を発動している俺にそう語り掛けてくる。


「うん……一、二……全部で四人か。思ったより少ないな」


 マリーさんの使う『千里眼』は、俺の『望遠視』と違って直接身体を強化する魔法だ。エルフ族の秘伝技で、汎用性が高く、視界の切り替えや焦点を合わせる際のスピードはかなり高いが、視力自体を強化するという魔法の性質上、そこまで遠くを見通せないという欠点がある。

 一方、俺の『望遠視』は魔法陣を展開して、それを通して遠くの景色を拡大して観測する魔法だ。汎用性には欠ける分、比較的遠距離を見通せる点と、魔法陣を拡大すれば視界を共有できるという点が優れている。

 使っている魔法が異なる俺達だが、これは森の中で臨機応変に弓を射る必要のあったエルフ族と、大平原で地平線上の敵を魔法やおおゆみで狙撃するというハイラント皇国人の戦闘スタイルの違いに由来するものだ。

 こういうところでマリーさんのエルフらしいところを感じられるのは、なんだか新鮮な気がする俺である。


「気を付けよ。連邦の魔法士をまとめた機密ファイルで見たことがあるが、全員かなりの手練れじゃ」

「具体的には?」

「『大聖堂カテドラル』の構成員じゃな」

「……また大物が出張ってきたなぁ」


 数日の行軍を経て、ついに世界樹イグドラシルの麓へと到着した俺達。現代日本の超高層ビルすらも遥かに超える威容を誇る世界樹は、直径が数百メートル以上もある幹の上半分が雲に覆われていてどれだけ高いのかすらも確認することができない。

 その世界樹の根っこにほど近い幹の部分には、どことなく古代文明の様式を残した巨大な観音開きの扉が存在していた。『大聖堂』の魔法士達は、そこを守るようにして等間隔に配置されている。


「……五〇年ぶりに見るが、世界樹の様子は変わらんの」


 どこか懐かしげな雰囲気でそう呟くマリーさん。だがかつてそこにあったというエルフの都市は、今はもう影も形もない。

 あるのは公国連邦軍関係の施設くらいのもの。五〇年の歳月で朽ち果てた家々の残骸が、そこら中に散らばっている。しかもその中の半分くらいが黒く焦げたような色をしている。焼かれた痕跡だ。


「マリーさん。辛いことを思い出させるようだったら悪いんだけど、ひょっとして……」


 ――――ここはマリーさんの生まれ故郷なんじゃないのか。


 そう訊きたかったが、俺はそのセリフを言うことができなかった。かつて自分の住んでいた土地が滅ぼされ、しかもその滅ぼした張本人達が我が物顔で堂々と居座っている光景が目の前に広がっているのだ。想像するだけでもあまりにも辛い。


「エーベルハルトは優しいの。……そうじゃ。ここは、妾が生まれて戦争で国を失うまで、人生の大部分を過ごした故郷じゃ」


 そう淡々と言うマリーさんの声色からは、感情は読み取れない。……だが、怒りや悲しみを感じていない筈がない。押し殺しているのだ。余計な感情の起伏は任務の邪魔になるから。任務に失敗したら更に国土が還ってくるのが遅くなるから。

 やはりマリーさんは一流の軍人で魔法士だ。俺にはここまで自分の心を殺し、感情をコントロールすることはできない。


「さて、そろそろゆくぞ。エーベルハルト」

「了解」


 敵は四人。いずれも『大聖堂カテドラル』所属の超高ランク魔法士だ。

 だが、こちらは皇国最強の魔法士が二人だ。人数では劣っているとはいえ、総合的にはこちらが有利と見て良い。


「……以前取り逃した『死神ボーク・スメールチ』の姿は無いみたいだな」

「確かお主に片腕を吹き飛ばされたのじゃろ? 復帰するには相当な時間が掛かるじゃろうな。お主もなかなかにえげつないことをするもんじゃ」

「命が懸かってる戦いだったんだから、手を抜けるわけないじゃないか。まあ、いないのは好都合だよ。変に執着されても困るしな」


 流石に片手では、自分の身長くらいある大鎌は振り回せまい。次にやってくるとしたら、使っている武器は少なくともあの大鎌ではないだろうな。割と業物っぽい武器だったので、勿体ないような気がしないでもない。


「エーベルハルト、強襲する前に役割分担じゃ。お主は奴らをどう分析する?」


 敵はまだこちらには気付いてはいない。俺もマリーさんも感知系魔法はかなり得意なので、少なくとも敵側に俺達と同水準の感知系魔法士はいないと見て良さそうだ。


「向かって左の二人。筋肉の付き方、体幹のブレ、重心の位置、魔力の量から予想するに――――一番左側が格闘戦タイプ。中央側が防御主体の重量タイプかな」

「うむ、妾もそう思う。……で、逆に向かって右側中央は弓術士じゃな。魔力が多いから、おそらくは魔法で矢を強化するんじゃろう。右外側のは……おそらく召喚術士じゃな。本人からは戦闘力がまったく感じられん。一方で召喚に必要な触媒らしき物が入った箱を背負っておる」


 格闘家に、重量級、弓術士に、召喚術士か。


「俺は右側だね」

「妾は左側じゃの。どれも倒せんわけではないが、重量級とは相性が悪そうじゃ」


 まあマリーさんは小柄だからな。格闘戦に持ち込まれたら、重量級の防御力を貫通するだけの攻撃はなかなか難しいに違いない。


「幸い、敵はまだこちらに気付いてはおらん。これを利用して先制攻撃を仕掛けるぞ」

「うん。となると……『徹甲衝撃弾』の出番かな」


 即応性が高く、貫通力に優れた『徹甲衝撃弾』なら、敵に気付かれる前にダメージを与えることが可能だ。


「念には念を入れて、妾が隠形おんぎょう魔法でお主の魔力反応を隠蔽するとしよう。まずは一人、確実に仕留めるぞ」

「了解。なら標的は重量級だね」

「うむ。奴の近接戦闘で奴の防御力は厄介そうじゃからの」


 さあ、奇襲攻撃といこうじゃないか。二国間の最強同士の戦いが始まるぞ。







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