第335話 トップスリー

「霧が凄いな……」

「この霧には外の者を迷わせる効果があると言われておる。どうもこの森の地質に由来する魔力が霧に溶け込み、方向感覚を狂わせておるようじゃな」


 そう言うマリーさんだが、彼女の足取りは確かだ。迷っているようには見えない。


「マリーさんは迷わないの?」

「ここはエルフの森じゃぞ。そのエルフが迷ってどうする」

「それは確かにそうだ」

「エルフ族は、幼い頃から森の歩き方を親や大人達から叩き込まれて育つ。ゆえに迷うようなことはないのじゃ。逆に、都会育ちのエルフなんかは普通に迷うそうじゃの」


 逆に言えば、エルフの森で長いこと生活をしていれば人族の俺でも迷わず歩けるようになるということか。


「そうじゃな。コツを言うなら……空気に含まれる魔力の流れに惑わされるな。広い範囲の地形と、地形に沿って生えている樹木の魔力を意識してみるが良い」

「その歩き方、ひょっとして……」

「うむ。魔の森の歩き方じゃの」


 もっとも魔の森の魔力は酷く澱んでいたので、ここよりも遥かに魔力を意識しやすく、そして息苦しかったが。


「それにしても集落一つないとはね。ド田舎ここに極まれり、というかなんというか」

「もともとエルフはそこまで個体数が多くない上に、基本的に部族単位で集落を形成して住む文化を持つからの。皇国のように平原に大都市を築くことは稀じゃな」

「稀ってことは、皆無じゃないんだ?」

「今向かっておる世界樹イグドラシルの麓は、かつてはたくさんのエルフ達で栄えておったぞ。今はどうなっておるのか知らんがの」


 巨大な御神木の下に集い、都市を築いていたエルフ達。彼らのほとんどは今、皇国に住んでいる。かつての賑わいはもう見られないに違いない。


「世界樹か。……何があるんだろうな」

「厄介なものに違いあるまい」


 世界樹に封印されているかもしれないという、魔人に関する何らかの重要アイテム。それを守るのが連邦の役目だとしたら、俺達は魔人によって支配、あるいは影響下にある連邦とたった二人だけで対峙しなくてはならない。


「何事もなく終わってほしいけど……無理なんだろうなぁ」

「諦めて腹を括るんじゃな。ほれ、また魔物が来たぞ。今度はお主の番じゃ」

「また例の熊か! 妙に多いな?」

「明らかに生態系が弄られておるな。まったく連邦の連中め、一度乱れた生態系が回復するのにどれだけの時間が掛かると思っておるんじゃ!」


 環境保護活動家のようなことを言って憤慨するマリーさんを尻目に、俺は魔刀オニマルを抜刀、そのまま足裏に魔力を乗せて『縮地』で一気に熊型ジャバウォックへと肉薄する。


「グアッ!?」


 予想外の動きに慌てて爪を振りかぶる熊だが、対応するにはもう遅い。次の瞬間、奴の四本ある腕はそのすべてが身体から斬り落とされていた。


「ブヒュッ、ブブゥァァッ」


 痛みに悲鳴を上げる熊。断面がジュクジュクと音を立てて再生を始めているが、それを律儀に待ってやるほど俺は紳士でも魔物愛護の精神の持ち主でもなかった。


「よっ――――はい、おしまいだ」


 首筋に鋭く一閃を浴びせてやれば、頭部は胴体からおさらばだ。憐れ、抵抗する余裕すらなく熊は動かない肉塊へと姿を変えた。


「うむ、なかなかやるの。魔力の消費もほぼない。割と完成されたスタイルではないか?」

「うん。いつも使ってた魔刀ライキリはさ、斬れ味は申し分ないんだけど、消費する魔力量と高過ぎる攻撃力が少々ネックでね。その点、このオニマルなら魔力消費はまったくのゼロだし、攻撃力もなかなか高い。消耗を抑えたい時にはもってこいの装備だよ」


 俺の魔力量はもはや人類の領域を外れかかっているが、それでもいたずらに魔力を浪費していい理由にはならない。

 『龍脈接続アストラル・コネクト』が使えて魔力を自由に回復できるからといって、未だ戦闘中にそれをなすことは難しいのだ。今後の対魔人戦を考えると、魔力の節約法を模索するのは必須事項といえる。


「魔法の腕に関してはともかく、戦闘の技量だけならお主はもう既に妾やジェットと同じ水準にあるといってよいじゃろうな」

「本当?」

「うむ。皇帝杯でジェットの奴をぶっ飛ばしたのがよい証拠じゃ」


 流石に「ぶっ飛ばした」と言えるほど一方的な戦いではなかった(なんであれば俺のほうが終始押されてはいた)が、それでも俺がジェットという皇国最強格の男に勝ったのは事実だ。

 マリーさんと戦うにしても、勝てるかどうかはわからないが、少なくともかなりの苦戦を強いる自信はある。

 それはつまり、同じ皇国最強格であるSランクの中でも、トップスリーには入っているということだ。


「皇国のトップスリーか……」

「もしかしたらナンバーワンかもしれんの」

「流石にそれはないでしょ」


 マリーさんを軽々倒せるようになれば「ナンバーワン」を名乗っていいかもしれないが、今のところ俺は彼女に教わることがまだまだたくさんある状態だ。仮に模擬戦で何度か勝てたとして、それを以て皇国最強と主張するには若干説得力に欠けるというものである。


「まあ、弟子はいずれ師匠を超えてゆくものじゃ。もっともっと強くなって妾を楽させてくれれば嬉しいぞえ」

「それにはまだもうちょっと時間が掛かりそうかな」

「あんまり待たせると、妾の寿命が先に来てしまいそうじゃの」

「それは絶対にない」


 そもそもマリーさんだって肉体年齢だけなら俺なんかよりよっぽど若いんだからな。年齢差一九〇近くあるんだぞ。意味がわからない。やはりエルフという種族は謎だ。


「ひゃんっ! い、いきなり何をする!」

「いや別に〜」


 謎とは言ったが……一つ訂正。耳が弱いことだけは確かだな。

 行軍中だろうが休暇中だろうが、状況に関係なく赤面フェイスの可愛らしい大天使マリーさんなのであった。






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