第246話 『鉄の円蓋』

「総員傾注!」


 家臣の一人が声を張り上げると、中庭に並んだ兵士約四〇〇〇、その全員が一斉にカリンを見上げて姿勢を正した。これだけ人がいるにもかかわらず、騒めき一つ起こっていない。なかなか圧巻の光景だ。


「皆さん。この一戦が我らアーレンダール家の明暗をわけることになります。心してかかりなさい。……運命の女神は我らに微笑んでいます。それでは出撃!」

「「「「ウォオオオオーーッッ!!!!」」」」


 一時の劣勢はどこへやら、宗家の勢いはかつてないほどにまで盛り上がっていた。


「小銃部隊を先頭に、各部隊は順次進撃せよ!」


 メイ謹製の魔導小銃の射程は、弓を遥かに上回る。敵を発見次第殲滅できる火力と、歩兵ならではの踏破能力が組み合わされば、この世界の戦争に革命が起こせるだろう。


「カリン。俺はこの戦いで騎兵はもう古いってことを証明してみせよう」

「敵はゲオルグ率いる騎兵が中心ですからね。期待しています」


 今回、俺は表立って戦場を駆け回ることはしない。あくまで攻撃は兵士達の役目だ。俺の仕事は総大将であるカリンを守ること。まともにぶつかれば勝ち目の薄い敵が一発逆転を狙ってくるとすれば、それは間違いなくカリンだろうからな。跡継ぎがゲオルグだけになれば否が応でもアーレンダール家はゲオルグのものになる。そうはさせまいと色々とカリンは手を打っているみたいだが……まあ万に一つでもそうなる可能性を残してはおきたくないからな。


「姫様。斥候の報告によれば、敵はトロムソ砦を本拠地に選んだようです」


 今度はちゃんと本人のアガータが最新の情報を伝えてくる。アガーテは現在、館の牢獄で監禁されているから、これ以上悪さをすることはできない。自殺もできないように猿轡さるぐつわを噛まされた上で縛られているので、身動き一つできない状態だ。若干可哀想な処遇ではあるが、しでかしたことがことだけに、「それだけでは生温い」なんて意見もあったりする。ただまあ、今は戦時中だ。処遇をどうするかは戦後に落ち着いてから判断するというのがカリンの方針だった。


「トロムソ砦ですか」


 トロムソ砦。分家が支配している中心地にほど近い、難攻不落の要塞だ。分家が改修に改修を重ねた結果、規模だけならアーレンダール領で最大になっているらしい。その分構造に無理が出て、ところどころで不具合が発生しているみたいだが……とりあえずの難所を乗り切るだけならなんら問題はないからな。まったく厄介な話だ。


「これはいよいよ新兵器の出番でありますかね」

「出し惜しみする必要も特に無いからな。必要とあらば即時使用許可を出そう」


 俺本人が戦場に直接出向くことはできないが、分身を派遣するくらいならまったく問題はない。使用のタイミングはこちらで決めさせてもらうとしよう。


「トロムソ砦なら二時間ほどで到着予定です。会敵し次第、降伏勧告を出しましょう」


 もっともゲオルグがそれを了承する筈もないでしょうけど、と呟くカリン。その表情は相変わらず硬いものの、いつしかの苦悩にまみれたものではなくなっていた。



     ✳︎



「ゲオルグ並びに分家に与する叛逆者に告ぐ! 即刻武器を捨てて降伏せよ! これが最後の通告だ! 受け入れなければ攻撃を開始する!」


 先陣を切ると張り切っていた家臣が、声を張り上げて分家に降伏勧告を行う。四〇〇〇の兵に囲まれては流石に分が悪いと考えたのか、分家の軍はトロムソ砦に籠城することを選んだようだ。分家の旗が砦の屋根にはためいているが、降りてくる気配はない。


「受け入れてくれれば楽なんだけどなぁ……」

「そう簡単にはいかないでしょう。あの分家のことですから、また何か厭らしい手を使ってきそうです」


 分身おれの隣でそう返してくるのはアガータ。彼女はカリンの代わりに前線で指揮を振るうのだ。心臓が小さい彼女だが、ここぞという時にはちゃんと覚悟を決めて一端いっぱしの活躍を見せてくれる。アガータもまたカリンと同様、立派な人間だ。

 しばらくの間、静寂が戦場を支配した。このまま分家側が沈黙を続ければ、宗家は拒否と見做して攻撃を開始することになるが……。

 数分ほど経っただろうか。トロムソ砦の城壁の上に人が出てきた。武器は持っていないが、白旗もまた持っていない。


「さあ、どう出る?」


 果たして、その答えは魔法攻撃だった。分家の人間――――おそらく魔法士が、数メートル大の火球をこちらに向けて放ってくる。わかっていたが、交渉決裂だ。

 それにしてもこの規模……私掠船に乗っていた魔法士(確かレイモンドだったかな?)とほぼ同じくらいの威力だ。つまり最低でもAランク級の実力の持ち主だということになる。今や分家側には一〇〇〇人弱の兵力しか残っていないというのに、そんな強力な魔法士がまだ更に残っていたのか?


「ちっ、分身だとあんまし威力は出せないけど、しゃあない……『鉄の円蓋アイアン・ドーム』!」


 迎撃魔法『鉄の円蓋アイアン・ドーム』。探知魔法の『アクティブ・ソナー』と『衝撃弾』を掛け合わせた技の『絶対領域キリング・ゾーン』。その派生というか、応用技だ。

 私掠船からレイモンドが火球を放ってきた時の経験から、こちらが避ける選択肢を取れない状況下にある時に、敵の攻撃を迎撃するために構想していた新技だ。これまでは目視で敵の魔法を迎撃していたが、流石にそれには無理があったからな。こういった迎撃に特化した技を開発する必要を感じていたのだ。

 ただ、まだろくすっぽ練習もできていないから成功確率はかなり低くて……。


「やっべ、外した! ……もう一発、『鉄の円蓋アイアン・ドーム』!」


 こうやって失敗することも、ままある。今度はちゃんと端っこのほうがかすってくれたおかげで、なんとか機動を逸らすことには成功した。


「危ねぇ〜……。冷や汗が出た」

「き、危機一髪でしたね」


 俺以上に冷や汗を流して膝をガクガク震わせたアガータが、表情だけは冷静を装ってコメントしてくる。だが残念ながら声が震えまくってるからあまり隠せてはいない。


「俺はあんなの喰らってもどうってことないけど、流石に兵士達はそうもいかないからな……」


 今の攻撃は明らかに先鋒部隊を狙っていた。戦いのはなをきる兵が軒並みやられてしまえば、士気の低下は避けられない。戦争が高度にシステム化されていないこの世界にあって、士気の要素は意外と馬鹿にできないのだ。


「おおおっ!」

「俺達には『彗星』がついてる! 怯むなーッ!」


 ただ、俺がなんとか防いだおかげで士気は相変わらず高いままだ。むしろAランク級の魔法士ですら脅威にならないとわかったことで、士気が高まっているくらいだ。


「分家はあくまで戦う道を選んだ! ならば我々は正義を示すのみ! さあ、叛逆者どもに思い知らせてやれッ。総員、突撃ー!」

「「「「ウォオオオオッ!!」」」」


 先陣をまとめる家臣の合図で総攻撃が開始される。さあ、アーレンダール家の継承権をめぐる戦い。その最終局面の始まりだ。





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[あとがき]

 いつもありがとうございます。

 先ほど、かねてより構想していた新作『魔導書作家グリモアライターになろう』の第一話を更新しました。もしよかったら是非読んでいってください。


https://kakuyomu.jp/works/16816700426510710056/episodes/16816700426510730477



                      常石及

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