第245話 反撃の狼煙

「分家が勢力を拡大できた三要素のうち、最後の一つがこれでようやく排除できました。人質の奪還に成功したことで、兵力差も既に逆転しています。……皆、今が攻め時です」


 本営の置かれる会議室でそう宣言するカリン。数日前までは空席が目立っていた長机だが、今はすべての席が埋まり、家臣達が顔を並べている。


「人質を取られていたとはいえ、一度は姫様に背を向けてしまった我に斯くも寛大な措置を取り計らっていただいたこと、終生忘れることは致しませぬ。この大恩に報いるためにも、先陣は是非我に切らせていただきたい」

「そなた一人では些か心許ないというもの。その隣は私が担わせてもらおう」

「微力ながら、お力添え致します」

「今度はゲオルグなぞに遅れは取らぬ!」

「汚名を晴らす良い機会じゃ!」


 家臣団の戦意は十二分以上だ。皆が嫌々ではなく、心からカリンに忠誠を誓い、彼女のために戦い抜く覚悟を決めている。


「皆、その心意気や大いに結構なことです。とはいえ心意気だけで奴を倒せるのであれば、ここまで苦戦していないのもまた事実。敵を侮ってはなりませんよ」

「はっ」

「出過ぎた真似をお許しください」

「わかればよろしいのです」


 カリンの言う通り、ゲオルグはうつけ者を演じていた切れ者だ。もちろん、温泉街で俺達に接触してきた時のように自己中心的で短絡的な部分があるというのは事実なのだろう。だからこそ、そんな自分の虚像イメージを活用してここまで宗家を追い詰めることができたのだ。

 頭の切れる下衆。それが俺達のゲオルグに対する評価だった。


「ハイラント皇国の使者が到着するのは、予定では三日後。それが我がアーレンダール家のタイムリミットです」

「三日もあれば充分だ!」

「ゲオルグの奴を血祭りに上げてやろうぞ!」


 血気盛んに叫ぶ家臣達。士気のほうは充分以上のようだ。


「元々こちら側の兵力は一〇〇〇。そこに分家の影響下にあった者達が加わりますから、合計で四〇〇〇ほどが宗家の兵力になります。それに対し、分家は一気に一〇〇〇以下の数に力を落としました。まともにぶつかれば、分家軍に勝てる余地はありません」

「加えて言えば、こちらにはモンキーモデルとはいえメイ謹製の魔導銃がちょうど一〇〇〇丁配備されている。数日前から銃の訓練に励んでいる兵士達の練度も、なかなか悪くない。戦力だけ考えれば数字以上なのは間違いないよ」

 連射性・射程ともに本家の魔導衝撃銃には劣るボルトアクション衝撃銃ではあるが、メイが手ずから制作をおこなっただけあって、その精度は現代兵器も斯くや、と言わんばかりに高い。銃自体は既にこの世界にも存在するから「まったく未知の兵器」というわけにはいかないだろうが、それでも火縄銃に毛が生えた程度の現行品と比べたら、その性能差は月とすっぽん以上にあることだろう。敵側が対抗して銃を揃えてきたとして、まともに撃ち合えるわけがない。

 加えて、メイが開発していた新兵器はそれだけに留まらない。


「もしかしたら、が火を噴くかもしれないでありますね」

「そうなったら分家は文字通り消し飛ぶだろうな」


 皇国から持ってきていた新兵器。使う機会が無くて半ば無用の長物と化していたが……「俺がいなくても『彗星』級の火力を発揮できる」をコンセプトに開発されたあの兵器があれば、たとえ俺本人がこのまま宗家の館で寝っ転がっていたとしても宗家の勝ちが揺らぐことはないだろう。

 ちなみに新兵器のお披露目にあたって、中将会議の許可はちゃんと取ってある。今回のお家騒動、どうやら皇国軍的には、新兵器に戦略的な価値があるかどうかの実証実験の側面もあるらしい。


「本当、ファーレンハイト様とメイル様には頭が上がりませんね」

「その分の見返りは充分確保してもらってるんだから、あんまり気にしすぎることもないぞ」


 ローロス鉱山との一〇年間にも及ぶ優先取引権。これだけのリターンがあって宗家に味方しないなんてありえないからな。


「それでは、総攻撃は明日の正午。各自、早めに休んで英気を養いなさい」


 そうカリンが締めくくって本日の本営会議はお開きになった。

 反撃の狼煙は上がっている。さあ、明日が楽しみになってきたな。



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