第216話 プロポーズ、そして(※ 肌色展開注意)

 日が落ちて、大海原に反射する満天の星空が人々を魅力する頃。俺達はといえば、宿の最上階にあるレストランでディナーと洒落込んでいた。

 俺達が上客ということもあって、案内されたのは夜景が一望できる個室だ。暖色の街明かりがマルスバーグの夜空のように煌めいていて、まさに一〇〇万ドルの夜景といった雰囲気である。


「この貴腐ワイン、渋みがまったく無くてすごく飲みやすいわ」

「風味を邪魔しない甘さが上品だね。帰ってからも楽しめるように後で買いにいこうか」

「メイルに見つかったら全部飲まれちゃうわよ」

「そうならないように、たくさん買って帰るよ」


 メイの酒豪っぷりは半端じゃないからな。流石はドワーフだ。肝臓が強すぎる。


 そうして他愛もない会話を楽しみつつ、杯の中の食後酒ワインを乾かしたところで、そろそろ頃合いだと判断した俺はおもむろに話を切り出した。


「えー、リリーさん」

「はいっ」


 妙に畏まった様子の俺に、何か普段とは違うものを感じたのだろう。リリーもまた背筋を伸ばして、やや緊張した面持ちで返事をする。


「俺達が出会って、もうかれこれ一〇年近く経つわけだけど、そろそろこの関係にも進展があって然るべきだと思うんだ」

「う、うん」


 そこで俺はインベントリからリリーに似合う白百合リリーの花束と、皇都一の装飾技師に材料持ち込みで特注したオリハルコンを含有した指輪を取り出して、リリーに手渡す。


「リリー。俺と結婚してください」


 何かある、とは予想しつつ、まさかこのタイミングでプロポーズされるとは思っていなかったのだろう。リリーが呆気に取られたような顔でフリーズしている。だがその硬直もほんの一瞬だった。口元に両手を持っていき、涙を滲ませ、リリーは俺を見る。そして彼女はコクンと頷き、「はい」と小さく、しかしはっきりと応えるのだった。



     ✳︎



「……」

「…………」


 チャプ……というお湯の跳ねる音が浴室に響く。背中合わせになったすぐ隣からは、人肌の温かく滑らかな感触が直に伝わってくる。レストランでのプロポーズを経て、俺とリリーはといえば、スイートルームに併設されている浴室でこうして二人して湯船に浸かっていた。

 というのも、俺から結婚の話を切り出され感極まったリリーが、部屋に戻って風呂に入ろうとした俺のシャツを「私も一緒に入る」と言いたげな表情で弱々しく引っ張ったのだ。そんなのを見せられてしまっては、もう一緒に入るしかないだろう。可愛くて愛しくて最高の婚約者にして幼馴染の美少女が、自分相手にそこまでデレてくれたのだ。ここで据え膳を食わなければ神罰おとこすたるというものである。


 というわけで俺は一秒たりとも悩むことなく一緒に入ることを即断したのだが、そんな先程の自分の判断を俺は早くも後悔し始めていた。

 というのも、俺の下半身の分身がもう凄いんだもの! 今までの、許婚として付き合いつつも手は出さないといった曖昧な関係性から、これから結婚するという直接的な男女の関係に変わろうとしているのだ。今まで何度も目にしてきた美しい裸体ではあるが、これまでの裸と今ここにいるリリーの裸体では意味合いがまるで異なるのだ。これまでは手はまだ出さないと決めていた。これからは違う。社会的にも手を出していいと見做される年齢になっているし、何より「出していい」という許可が向こうから既に出ている。そう、手を出していいのだ。

 これで我慢できるとか、もう男じゃない。リリー(および俺)の純潔は今夜散らされるのだろうし、何だったら今この瞬間に俺の理性が消失して暴発してもおかしくはないのだ。


「「あ、あのっ」」


 いつになく気まずい沈黙に、思わず俺とリリーの声が重なる。


「「あっ」」


 まただ。


「「…………」」


 こうして一緒に黙るあたりも、俺達が過ごした一〇年間という歳月を思わせるシンクロっぷりである。何だか、あれだな。自転車同士がすれ違う時にうまく意思疎通ができず、お互いがハンドルをガクガク左右に振りながら結局どっちも止まる時のアレみたいだ。もっとも、この例えはリリーには伝わらないだろう。俺に前世の記憶があるということは、この世界の誰も知らない。目の前にいるリリーですらもだ。

 ……打ち明けなきゃだよなぁ。別に隠しておいても悪いことではまったくない。さらに言えば、隠す必要すらもまったくない。ただ、この一〇年もの間、ずっと話す機会を逃し続けてしまったせいか、今更言うに言えなくなってしまったのだ。

 だが、結婚すると決めた以上、これは絶対に伝えなければならないだろう。これは俺の内心の問題だ。俺はリリーやメイ、イリスに隠し事をしたくはない。


「ねえ、ハル君」

「ン、何? リリー」

「……そろそろ、上がりましょうか」

「……そうだな。上がるか」


 俺達は湯船から立ち上がり、お互い正面に向き直る。久々に見たリリーの裸体は、女神のように均整の取れた肉体美そのものだった。大人になって女性らしく丸みを帯びた下半身に、大人の証である薄い茂み。やはり男の身体と違うと思い知らされるくびれた腰に、「大きい」と言っても過言ではないほどに立派に成長した胸。その胸を隠すものは何も無い。普段は緩くカーヴを描いているブロンドの髪が、今は濡れて肌に張り付き、艶かしい魅力を醸し出していている。目線を上げれば、エメラルドグリーンの瞳が俺の目を真っ直ぐ見据えていた。……あ、視線が下に向いた。


「ハル君……すっごくガチガ「それ以上いけない!」」


 最愛の獲物リリーを目の前にして、俺の分身は超絶元気たいへんなことになっていた。


 お互いにバスタオルで濡れた身体を拭き合い、そのままタオルを身体に巻いてキングサイズのベッドへと腰掛ける俺達。そこまでの間はひたすら無言だ。リリーはといえば、俺の胸筋やら腹筋やら、果ては下半身に設営された立派なテントやらをジロジロと凝視している。

 ……何気にリリーってむっつり……というか、がっつりスケベなんだよなぁ。これはリリーには絶対に内緒のことなのだが、以前リリーとお泊まりした時にリリーのヤツ、俺が寝たと思い込んだのか、まさかの俺の隣で自家発電に励みやがったのだ。当時からむっつりだとは思っていたが、そこまでがっつりスケベだったとは知らなかったので、その時はぶっちゃけかなり驚いた。しかも自分のじゃなくて、俺の指を使ってだ。

 ……それ以来、俺の密かなオカズになっているのは絶対の絶対の絶対に内緒である。

 だが、そんなお一人様生活とも、もう今夜でオサラバだ。俺達は今から、一つになるのだから。


「リリー」

「ひゃいっ!」


 呼び掛けられたリリーが肩をびくりと震わせて答える。人の指でふしだらな行為に耽るくせして、いざ本番を迎えるとなると緊張するらしい。

 いや、むっつりだからこそか。本番への期待感が強い分、いざ本番を目の前にするとドキドキが止まらないという特に童貞に顕著に見られるという例の症状か。


「リリー、愛してる」

「……ん。私も、愛してるわ」


 どちらからともなく、自然と唇を重ねる。初めてのキスの味は、ほんのりとバニラの香りがした。


 それからゆっくりと抱き合い、優しくリリーをベッドに押し倒し、俺達は――――俺は前世も含めて――――初めての営みを交わす。初めて知った女の身体は、言いようもないほどに素晴らしかったとだけ記しておく。






――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 いやぁ、ここまで長かったですねぇ(しみじみ)。彼らの生みの親として非常に感慨深い思いです。

 それにしても、こういう「しっとりエロ」を書くのは初めてのことなので(「がっつりエロ」ならノクターンで経験あるんですが)、上手く書けているか少し不安ですが、まさかここで一八禁の直接的性描写をぶちかますわけにもいきませんからね。そういうのはまた機会があればどこかで書ければいいですが、果たしていつどこでのことになるやら。

 この後、まだ二人ほどヒロインが残っていますからね。楽しみに待っていてください。

――――――――――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る