第203話 『灼槍』
俺とクラウディアさんの試合が終わった翌日。この日もまた数時間ほど試合が行われて、初日や二日目よりは早い夕方頃に皇帝杯五日目は終了した。
本日の第四回戦を突破したのは俺とエレオノーラだ。皇国騎士の俺はまあ当然として、戦闘に関する才能では同世代の中では頭一つ抜けているフーバー家の才女が、やはりというか順当に第五回戦への進出を決めた。第五回戦といえば準決勝だ。五〇年前の戦時下での優勝例を除けば、皇帝杯で現役の魔法学院生が残した最高の戦績が準決勝である。特に出場者のレベルが例年よりも高いと言われている中でのエレオノーラのこの戦績は、流石だとしか言いようがなかった。
そして残念なことに、クラウディアさん、ヒューベルト先輩、イリス、ヒルデは第三、あるいは第四回戦で敗退してしまった。
クラウディアさんは同じ魔法学院陣営の俺が下してしまったが、他の面子に関しては現役の近衛騎士団員であったり、宮廷魔法師団員であったり、あるいはSランクの冒険者であったりと、まあいわゆる「規格外」と呼ばれる人達にあえなく敗れてしまっていた。
とはいえ、何人もの学院生がここまで上位トーナメントに残り続けるということ自体が魔法学院が始まって以来のことであるらしく、史上初の快挙に学院全体が大いに盛り上がっているらしい。連日の朗報に多くの学生がテンションを上げまくって騒ぐおかげで、闘技場の観客席の魔法学院勢が陣取る辺りのスペースが動物園みたいになっているようだ。
さて、今日は準決勝だ。試合数はたったの二試合しかない。今日の結果を受けて、最終的に勝ち残った二名が明日、七日目の正午から決勝戦に臨むのだ。
二試合しかやらないのに、闘技場の観客席は本日も満員御礼である。その内の一試合に俺も出る以上、つまらない闘いは見せられないよな。
「それでは本日の組み合わせを発表いたします! まずは第一試合目。ここまでのすべての相手を、その圧倒的な強さでまったく寄せ付けずに勝利してきた超新星、エーベルハルト選手! 対するは、エーベルハルト選手と同じくSランクの冒険者資格を有する、皇国でもまさに数本の指に入るほどの実力者、『
司会の紹介に合わせて闘技場に上がると、反対側からもただならぬ強者の気配を漂わせた優男風の青年が
「お前が『白銀の彗星』か。噂には聞いていたが、若いな」
「あんたも相当若く見えるけどな。『灼槍』さん」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、もう三〇目前だからな。ここまで強くなるのに掛かった年月を考えると、若い才能に嫉妬しちまうなァ」
オールバックにした髪を撫で付けながら、槍を肩に置いて鋭い視線で俺を眼差すミヒャエル。気楽そうに見えて、その実まったく隙が見えない。伊達にSランク冒険者をやっていないようだ。
「というわけだから先輩、ここは一丁、後輩に勝ちを譲ってくれねえか?」
そう言って、ミヒャエルはそれまでの優男じみた柔らかい表情を消して凄んでくる。
そう、現在の皇国にはSランクが一五名いるが、実は俺はその中で一二番目にSランクになっている。つまり俺より後にSランクになった人間があと三人いるのだ。ミヒャエルはその内の一人。彼が俺のことを「先輩」呼ばわりしたのには、そういう事情があった。
「残念だけど、冒険者は実力がすべての世界だからそれは難しいな。――――それに、どこの世界でも後輩は先輩に花を持たせるもんだぜ?」
「言ってくれるじゃねえか、『白銀』」
お互いの間の緊張が高まってゆく。こいつは俺と同格のSランクだ。最初から本気でかからないと、不覚を取るのは俺のほうになるだろう。
「さあ、それでは試合開始です!」
「『
「『灼槍』!」
司会の合図と同時に俺達は動く。俺は四人分まで思考を並列に分割することのできる『多重演算』を発動した上で、
しかしミヒャエルも負けてはいなかった。Sランクの肩書きは伊達ではないようで、一瞬で自分の二つ名の由来でもある『灼槍』の魔法を発動し、業物オーラをビシビシと放っている槍を赤熱化させて俺の『衝撃弾』をすべて叩き斬る。
「おいおい、今のが本気なのか!? これならまだまだ俺は余裕……ッチ、そういうことか」
ただ、それは俺の思惑通りだった。『纏衣』は通常の「身体強化」とは違い、精密な魔力操作を経た上で血液が全身に行き届くのを待たねばならないため、強化に少しばかり時間が掛かるのだ。俺はミヒャエルに『衝撃弾』を処理させることで、その時間を稼ごうとし、実際に稼ぐことに成功した。『多重演算』が一瞬で発動できる類の魔法だったからこそ可能になった裏技的強化法だ。俺の中で密かに、強敵と闘う時の定石になりつつある戦法である。
「さっきと全然雰囲気が違うじゃねえか……。素の状態でもだいぶ強そうだったってのによ」
冷や汗を流しながらこちらを薄目で睨んでくるミヒャエル。彼もそうは言うが、その構えに隙は見当たらない。下手に突っ込めば俺とて簡単にカウンターを喰らうだろう。「強そう」なのは俺だけではなかった。
ジリ、ジリ、と
この技は直接的な攻撃技ではないが、これまでとはまた違う意味で俺を強化してくれる魔法だ。
前世の漫画や映画の記憶のおかげか、構想自体は随分前からあったのだが、いかんせん非常に開発に難航していたので、習得した現在であってもまだ集中しないと発動に少し時間が掛かるのだ。だから、しばらくはミヒャエルと相討ちを覚悟でガチンコバトルを繰り広げないといけない。
「はぁっ!」
「セェイッ!」
間合いが離れていた内に抜刀した俺の剣戟と、ミヒャエルの『灼槍』が交錯して火花を飛び散らす。今俺が使っている刀はライキリではないが、それに準ずる性能を持ったメイ特製の刀だ。少量のアダマンタイトとミスリルを含有した魔鋼製である。
アダマンタイトは熱に強い。なので魔力を通しやすいミスリルを介して刀を魔力強化してやれば、たとえ『灼槍』が相手であろうとも持ち堪えることが可能なのだ。
「やるじゃねぇか、先輩」
「悪いね。こっちにも先輩としての
じわじわと魔法が構築されていくのを隠しつつ、俺はミヒャエルと斬り結ぶ。俺の剣術と奴の槍術は完全に互角だった。剣道三倍段とも言うように、槍のようにリーチの長い武器を相手にする時は、刀を使う剣士である俺が不利になりやすい。そういう意味では俺のほうが強いと言えるのかもしれない。
ただ、実際に闘っている現状ではどちらも一歩も引くことなく立ち回っているわけで、その意味では「俺が三倍強い」だなんて言える筈もなかった。
「……お前、何か隠してるな?」
優れた戦士は、一度剣を交わしただけで相手の意図に気付くという。その優れた戦士であるミヒャエルは一旦引いて間合いを取ると、
「……流石はSランクだな。やっぱ隠し通せなかったか」
「何を隠してるんだ? 使ってくれよ。これよりも更に強くなったお前を俺は倒したい」
そうミヒャエルが促してきたので、俺も隠すのをやめることにした。ようやく準備の整った新魔法の名前を呟き、俺は魔法を行使する。
「その言葉、後悔すんなよ。――――行くぞ、『
次の瞬間、世界が灰色に染まった。
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