第297話 君の瞳に乾杯

 お風呂から上がった俺達は、ラフな部屋着に着替えて台所でお摘みの調理を楽しんでいた。調理とはいうが、そんなに本格的なものを作っているわけではない。ソーセージを炒めてマスタード風の調味料を添える程度だ。


「ハルトのインベントリの中には何のお酒が入ってるの?」

「うーん、ワインとか? あとは蒸留酒なんかもあるな」

「ワインならチーズと生ハムも合うと思う」

「じゃあそれも出そう」


 気が向いた時にフラッと街を練り歩いて、目に付いた美味しそうな食材を買ってはインベントリの肥やしにしている俺である。こういう宅飲みの時に色々なお摘みの選択肢があるというのは楽でいい。


「とりあえず今持ってるワインは五年ものかな」

「美味しそう」


 比較的安価で美味しいと評判の醸造所のワインがたまたま売っていたので、何箱か買っておいたのだ。高級品というわけではないが、充分以上にちゃんとした味わいがある良いワインなので俺は気に入っている。

 そんなこんなで調理を終えた俺達は、早速二次会を開始することにした。


「君の瞳に乾杯」

「ふふ。何それ、ハルトっぽくないね」

「なんだよ、かっこいいだろ」


 地球ではキザったらしい台詞として敬遠されがちな口説き文句ではあるが、この世界的にはありふれた一幕だろう。ちょっとくらいかっこつけたほうが案外受けも良いものだ。


「……ハルトの瞳に乾杯」

「ああ」


 そしてちゃんと同じ台詞を返してくれるところもイリスの良いところだ。不覚にもときめいてしまう俺。まったく、自分から仕掛けておいて反撃されるだなんて、俺も決まらない奴だなぁ……。


「ん、美味しい」

「だろ。渋みの中に感じられる香りの高さが良いんだよな」

「ほのかに甘いところが好き」


 上質なワインを楽しみつつ、しっとりとした語らいの時間を過ごす俺達。


「ねえ、ハルト」

「うん?」

「好きだよ」


 そう言って俺に不意打ちでキスをしてくるイリス。イリスが自分からこんなことをしてくるなんて……!


「……ぷは。ぶどうの味がする」

「ほのかに甘いな」

「ふふ」


 そのまましなだれかかってくるイリスの背中に腕を回しながら、俺もイリスにキスの雨を降らせる。


「ん……んっ、ぷはぁっ、んむぐっ、ふぅ……んっ」

「……ン……」


 啄むようなキスはやがて深く絡み合うようなものへと移り変わっていき。気がつけば俺はイリスを押し倒していた。

 息をするために離れると、頬を上気させ目を潤ませたイリスと至近距離で目が合った。


「……なんか恥ずかしいね」

「でも幸せだぞ」

「うん。わたしも幸せ」


 イリスが俺の頭を抱えて胸に抱き寄せ、耳元で小さく呟く。


「お布団、行こう」

「ああ」


 イリスのベッドは、当たり前だが小さい。一人暮らしなのでそもそもそこまで大きなベッドが置けないということもあるし、何より普段そこで寝ているのはイリス一人なのだからシングルベッドでまったく不都合はないわけだ。

 だが……。


「なんか、狭くてごめん」

「いや、こういうのもなんだか俺達らしくて俺は好きだよ」


 普段イリスが寝ているベッドに、今は俺もいるということが俺の狼の部分を刺激して、獣欲を掻き立てる。


「イリス」

「ハルト……」


 またどちらからともなくキスを繰り返し、部屋着を脱ぎ、脱がせ、お互いに生まれたままの姿を晒す俺達。


「いくよ」

「…………うん。……ぁ痛っ」

「イリス……ッ」


 特魔師団の同期として出会い、激動の日々を過ごすうちに友情と信頼と愛情を育んだ俺達は、こうして結ばれたのだった。



     ✳︎



「下腹部に違和感がある……」

「最初はそんなものよ。慣れるとそういうのはなくなるわ」

「今では快楽しか感じないであります!」

「メイ……ちょっとはオブラートに包むとかしようね」


 次の日、ファーレンハイト家の皇都邸にて、俺達は勢揃いしていた。お腹を撫でながら微妙な表情をしているイリスに対し、そっち方面では先輩の二人が好き放題言っている。……いや、好き放題言ってるのはメイだけだな。罰としてそのご立派なお胸様を背後から鷲掴みの刑に処す俺。


「あひゃあっ」


 やはりでかい。なのに柔らかくて温かい。なんと素晴らしい……。


「は、ハル殿……」

「あっ、スイッチ入っちゃった」

「これ、赤ちゃんできる?」


 そんな俺とメイの痴態ようすを完全にスルーして、期待と不安が入り混じったようなよくわからない表情でそう訊ねてくるイリス。なるほど、その心配はよくわかる。だがそこは大丈夫だ。


「避妊魔法を使ってるから妊娠する心配はないよ」


 でなければこんなにズコバコやっていない……と言おうと思って、そういえば最初のほうはまったく避妊措置を取らずにしまくっていたことを思い出した。

 ……よくリリーもメイも孕まなかったな。運が良かったとしか思えないね。


「そうなんだ」


 何故かちょっと残念そうに呟くイリス。気持ちはわかるけど……今はほら、まだ俺達学生だから! 卒業したら明るい家族計画しような!

 まあもし仮にデキちゃったとしても、高等教育を修了するまで養えるだけの金銭的余裕は全然あるし、なんであれば生まれてくる子供達全員に広大な庭付きのお屋敷を一人一軒与えてもありあまるくらいには稼いでるから、別にまったく問題はないんだけどな。

 それでもやっぱり、学院卒業を待たずに寿中途退学というのも風聞がよろしくない。俺は皇国最強の立場にある皇国騎士にして陛下の信の厚い勅任武官、加えて言えば辺境伯家の嫡男だし、リリーとて公爵家の御令嬢だ。メイは全国にその名を轟かす大工房の跡取り娘だし、イリスもシュタインフェルト家の再興という目的がある。学生結婚自体はたいへんめでたいことではあるが、その先に関してはもう少しだけお預けだ。


「赤ちゃんはしばらくお預け」

「そうなるね」


 具体的にはあと三年と少し……いや、イリスの場合は学年が一つ上だから二年と少しか? でも正妻であるリリーを差し置いて先におめでたというわけにもいくまい。ならやはり三年になるわけか。


「それについては納得した。……考えてもみれば、そういう魔法があるならエッチなことがし放題だということ。ハルト、今夜は寝かさない」

「おお、おう……」


 これでついに俺の体力も限界を迎えるか……?


「いっぱいスケベしようね」

「誘い方なんとかしろよ!」


 まったく、昨夜の感動を返せと言いたいね!








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