第187話 愛しき許嫁とバカップル受講

「たいへん有意義な時間だったよ。ありがとう、エーベルハルト」

「こちらこそ、いい運動になったよ。新しい気付きもあったしね」


 同じ生徒会役員として、何より友人として、これからも殿下と一緒に行動する機会はきっと多いことだろう。殿下がどの程度戦えて、どういう戦い方をするのかを知っておくだけでも今後の護衛にはたいへん役に立つというものだ。


「これからも暇な時間があったら是非お手合わせ願うよ」

「喜んでお引き受けしますよ、殿下」


 薄っすらと汗が滲む程度にほどよく身体を動かせたおかげで、随分と気分が爽快だ。備え付きのシャワールーム(なんと魔法学院には温水の出るシャワー型魔道具を備えたシャワールームが整備されているのだ。流石は予算の潤沢な皇立の学院である)で汗を流して着替えたら、まあまあ良い時間になるだろう。

 着替えやらタオルやらはインベントリに入っているので問題はない。俺達は演習場を後にし、シャワールームへと向かうのだった。



     *



「それじゃあ、私はここで失礼するよ」

「また放課後に」


 朝のホームルームが終われば、あとは大学のように各自が履修している講義なり演習授業なりへと向かうのが魔法学院の特徴だ。この時間は、俺と殿下は別の授業を取っているのでここでオサラバである。


「ハル君、行きましょ」

「そうだな」

「では私もオサラバであります」


 俺とリリーがこれから受けに行くのは魔法実技の演習授業だ。魔法研究科のメイもまた、ここで一旦お別れとなる。ちなみにこれから受講する演習授業の名前は「攻撃魔法実践演習」。入試の実技試験で一定以上の成績を収めていないと履修すら不可能な上級コースである。

 更衣室で着替えてきたリリーと合流し、今朝殿下と模擬戦を行った演習場へと連れ立って向かう。演習場にはちらほらと受講生達が集まってきており、各自思い思いに準備運動をしていた。


「リリー、ストレッチ手伝って」

「いいわよ。はい」


 まずは屈伸や伸脚などの個人でできる運動で身体を温め、それから一人では難しい長座体前屈や開脚、かつぎ合い(背中合わせに腕を組んで相手を持ち上げるアレだ)などをしてお互いの筋や関節をほぐしていく俺達。はたから見ればバカップルそのものだが、実際バカップルみたいなものなので言い逃れのしようがない。幼馴染とはいえ、相手はれっきとした女の子(しかも超絶カワイイ美人さん)であるし、触れる度に柔らかい感触がしてなかなか落ち着かないが、それもまた初々しい学生カップルみたいで楽しめてしまう俺である。当然、女の子と密着するとなると俺の分身も黙っちゃいないのだが、今は運動着なのだ。興奮を制御できなければ公開処刑まっしぐらである。まあ大多数の男子学生諸君なら理解はしてもらえることだろう。運動着で勃〇はマジでマズい。


「あー、ええ匂いや」

「ちょっ、ばか。嗅がないでよ」


 いつもと違って、虹色に輝く長いゆるふわの金髪を紐で束ねているので、艶めかしいうなじが覗いていてたいへんに素晴らしいのだ。密着しているのをいいことに、思わず顔を埋めてしまうのも致し方あるまい。


「花のような香りがする」

「皆見てるから、そういうのは後にして!」

「おい、そこのバカップル。授業始めるぞ」

「「はいっ!」」


 演習授業の講師(今は引退しているが、元は宮廷魔法師団の団長をやっていた人らしい。流石は魔法学院だ。講師陣営の層が厚い)が呆れたような、微笑ましいものを見たような微妙な目付きでこちらを見てきたので、慌てて離れる俺達。少し調子に乗り過ぎてしまったかな。


「えー、それでは本日は遠距離攻撃魔法の精度向上について学んでいくが……丁度いい。おい、そこのバカップル二人。見本をやってみせろ」

「ええっ!」

「私達がですか?」


 授業が始まった途端、講師の矛先がこちらを向いた。いくらイチャついていたからって、見せ物にするのはないでしょう。まだ授業は始まってなかったんですよ。


「あの的を狙って攻撃魔法を放ってみろ。攻撃魔法なら何でもいい。ああ、ちなみに的はいくらでも替えがあるから破壊してしまって構わんぞ」


 どうやら俺達が見本を見せるまで授業が始まらないようだ。仕方なしに俺達は前に出て魔力を練る。


「先、リリーでいいよ」

「うん。じゃあいくわね。……『氷矢アイシクル・アロー』」


 ―――ヒュンッ と音を立てて、瞬きの間に構築された氷の矢が飛んでゆく。的は数十センチ大と非常に小さく、距離もそこそこ離れていたが、流石はリリーだ。狙い違わず氷柱は的を破壊して砕け散った。


「うむ、素晴らしいな。魔法のコントロールもさることながら、回転をかけて空気抵抗を減らす努力が見られたことも高得点だ。水や岩のように実体を持つ魔法を使う学生は今の『氷矢』を参考にしなさい」


 罰ゲームかと思いきや、この講師、ベタ褒めである。普通にめちゃくちゃ褒めるので、リリーもどこかモジモジとしていた。そんな許嫁の姿もめちゃくちゃ可愛いと感じる俺である。


「次、ファーレンハイトだ。お前、嫁が成功させてるんだから失敗したら許さんぞ」

「なんか俺への当たり強くないですか?」


 だから準備運動にかこつけてイチャついてたのは悪かったから! あと今の「嫁」発言でまたリリーがモジモジしちゃってるだろ。超可愛いから許すけどさ!


「ええい、『衝撃弾』」


 ――――ズドンッッ


「ファーレンハイト、その技はお前にしか使えんだろう。やり直しだ」

「ぬわああああっ! すみませんでした、『魔弾フライクーゲル』っ!!」


 今度は魔力を実体化させて撃ち出すだけのDランク魔法だ。単純ながら奥の深い技だが、これなら魔法学院生ならまず皆が使えるだろう。文句は言わせない。


 ――――ズバンッッ


「……よろしい。このように中〜遠距離技の魔法を撃ち出す際には、二人のような細かい魔力コントロールに加えて、魔法の発動速度や勢いが何よりも大事になってくる。この授業では今後、主に精度、威力、そして発動速度の向上を目指して演習を行っていく予定である。ではファーレンハイト、下がってよろしい」

「はい……」


 見せしめにされるのかと思いきや、普通に手本をやらされただけであった。物語では定番の性悪な教師による意地悪かと構えていた分、肩透かしを食らってしまった気分だ。


「なんとなく何考えてるのか予想つくから教えてあげるけど、あの先生けっこう良い人よ。よく授業終わりに生徒達が質問しに群がっているもの」

「それを早く言え」


 こちとら入学早々、軍に召集されて任務に就いていたので、教師の性格なぞ全く知らんのだ。


「それよりハル君。私、ハル君のお嫁さんだって。うふふふ」


 あああああああああ! 天使! 我許嫁大好可愛天使!


「そこ!! 見本を終えたそばからイチャつくんじゃない!!」

「「すみませんでした!!」」


 初めてできた彼女にうつつを抜かして単位を落としまくった挙句に留年してしまう大学生の気持ちが、少しだけ分かってしまう俺がいた。反省反省。むふ。







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