第55話 魔刀・ライキリ
「――という経緯があって、今こうして俺は『纏衣』と『将の鎧』を使っているわけだな、うん」
「エーベルハルト。何を一人で言っているんだ? 早く席に座りなさい」
夕食時の席で、食卓を前にして立ち尽くしていた俺。ここ数年の厳しい修行を思い返していた訳だが、傍から見れば、ぼんやりしたできの悪い跡取り息子そのものだ。
「ああいや、ちょっと考え事をね」
文字通り死ぬほど辛い修行だったが、そのおかげで今こうして幸せに過ごすことができている。無事に免許皆伝になったし、15歳になって皇立魔法学院に入学するまでの3年間ほどは自由にしていいとオヤジから正式にお達しが出たからだ。
前世の記憶がある俺は、貴族の教養とされている史学、哲学、数理学、魔法学のうち史学以外はほぼ学院の合格基準に到達している。史学に関してもそこまで難しくはないし、魔法学に至っては俺の専売特許だ。
貴族としての所作やマナー、嗜みとしての楽器芸術なども最低限は身につけているし、そもそも武官貴族たるファーレンハイト家にそこまでのクオリティは求められない。四将はとにかく強くあれば全てが許されるのだ。
加えて、今の俺の戦闘力は(ギリギリではあるが)オヤジを超えている。学力面でやるべきことはきっちりとこなした上で戦力面での心配が無くなった俺は、何があっても解決できると見做され、結果相当自由になっていたのだ。
「さあ、いただこう」
「「「はーい」」」
弟妹達が楽しそうにはしゃいでいる。彼らを見ると、俺もまた自然と楽しくなってくる。前世ではそういう感情にはあまり縁が無かったから、なんだか不思議な気持ちだった。
✳︎
次の日。俺は冒険者として活動する時のラフな服装に着替えて、メイの実家、アーレンダール工房へと向かっていた。
昔はインドア派だったメイだが、最近は自前の兵器を持って、冒険者としての活動に付いて来るようになったのだ。本人いわく「優秀な素材を直接目で見て採取したいのであります」だそうだ。そういう訳なので、別にメイ自身が戦うことはあまりない。基本は俺が戦い、メイが鑑定・採取と役割分担をしている。ただ、流石に丸腰は拙いだろうということで、メイも武装しているという訳だ。
「『メイさーん。そろそろ着くよ』」
「『ハル殿。こちらももうそろそろ支度ができるであります。表で待っていてください』」
「『はいよ』」
通信機能付きペンダントで連絡を取る俺達。この魔道具のおかげで、詳細な待ち合わせ場所とか時刻を設定しなくても現代人ばりの便利な生活が送れていた。自堕落で無計画とも言う。
「よっ」
「お久しぶりであります」
アーレンダール工房に着くと、メイは小さめのリュックサックを背負い、ガンホルダーを腰に巻いた姿で待っていた。ワイシャツとチノパン姿が堂に入っており、さながら西部劇のような出で立ちだ。
「研究開発は進んでるかい?」
「ようやくひと段落ついたでありますよ。それで、ハル殿に渡したいものが」
「ほう?」
メイは冒険者……というか冒険同行人と鍛治師の二足の草鞋を履いているが、別に常日頃からバランスよく両者を行なっている訳ではない。むしろ俺に同行して調査・採取をしている期間と、その成果をもとに工房に篭ってひたすら研究開発をしている期間を交互に繰り返していると言った方が正しい。
そして今回はその研究開発の期間がちょうど終わったところ。なので久々にこうしてメイを誘って、採取がてら冒険デートと洒落込もうという訳だった。
「オリハルコンの不思議な力を引き出す研究がこんなに長引くとは思ってなかったであります。けど今回ようやく実用化の目処が立ったんでありますよ。そしてこちらがそのオリハルコンを含有した新兵装『魔刀・ライキリ』であります」
「ライキリ……。よく覚えてたな、そんな名前……」
「懐かしのワードでありますな」
ライキリ。言わずもがな、日本で著名な名刀「雷切」のことである。昔、俺がその辺で拾った枝に魔力を通して「雷切!」とか言って魔物をスパスパ斬っていたところをメイに見られたことがあるのだが、その出来事が今回のネーミングに影響しているとみた。……いい感じの枝を見つけたらやりたくなるだろう? 今となっては恥ずかしい思い出だが、メイは見事に傷を
「して、オリハルコンを使ってるんだろう? どんな特殊効果があるんだ?」
オリハルコンは、ただ硬いだけの金属ではない。硬さを追求するなら、アダマンタイトという鉄よりも遥かに硬いファンタジー金属が存在する。国家予算級に高価なオリハルコンを使うよりも、アダマンタイト(それでも高価だが)を使った方がいくらか安くなる。
では何故オリハルコンを使うか。それはオリハルコンという金属に、非常に珍しい力が宿っているからだった。
実は建国神話にも出てくるような聖剣や宝具といったアーティファクトは、その全てがオリハルコン製だ。純オリハルコンでなくとも、必ず一部にはオリハルコンを含有している。
オリハルコンには不思議な力が宿っているので、オリハルコンを含んだ武器には特殊な能力が発現するのだ。その特殊な能力が何なのかは時と場合、そして使用者によって異なるため、一概に定義することはできない。一説によれば、使用者の魔力や意志に感応して不思議な性質を発現させているとか何だとか。
いずれにせよ、伝説の領域を出ない与太話であり、そもそもあまりに貴重なのでおいそれと実験になど使える筈もなく真相は闇の中……というのがここ数百年の実情だった。
ところが6年前、俺がハイトブルク北方のランタン遺跡で大量のミスリルとオリハルコンを発見してしまったところから事態は激変する。皇国史上最大級と目される大質量のオリハルコンのインゴット。その5割の権利を手にした俺は、天才鍛治師メイル・アーレンダールに金と権力とコネのゴリ押しで研究をさせていた訳だ。
……厳密には、研究させないとめちゃくちゃ興味を示していたメイに恨まれそうだったので、研究を承認したという方が正しい。が、そこは貴族として、為政者としての面子がある。対外的には俺がメイに研究を依頼したことになっていた。
と、まあ政治的な話はさておき。メイにかかれば大抵の奇跡は奇跡でなくなる。神話級の金属とて、普通に取り扱ってくれるに違いない。
「いやー、流石に今回は骨が折れたでありますよ。こんなに何年もかかるなんて思ってなかったであります……。でも、その分威力は絶大ですよ! ハル殿、早速これに魔力を流してみてください。多分、面白いことが起きるであります。はい」
「あ、うん。どれどれ」
はい、と手渡された刀を持って、鞘からシュッと抜いてみる。神話級の武器を手渡されるのもどうかと思うが、実際に神話級なのかは使ってみないとわからないよな。
「じゃあ、魔力を通すよ」
「あっ、ちょっと待ってください」
そう言ってメイが俺の背後に隠れる。
「もういいですよ」
「メイ……」
まあ仕方ない。彼女は非戦闘員だ。技術力はおよそ一般人とはかけ離れているが、肉体強度自体は紛れもなく一般人そのものなのだ。
「じゃ、いくぞ。……おおおっ」
流石は神話級金属。魔力を流してみると、ぐんぐん魔力を吸われていく。それこそ魔力の少ない人間だと一瞬で魔力欠乏症に陥るくらいのハイスピードで、莫大な魔力が吸い取られていく。
数秒ほど魔力を流し続けると、やがて刀身に青白いメカニカルな線が走って魔力の吸収が収まった。
「これは……起動したのか?」
「ええ、間違いないかと思いますよ。ハル殿、試しに振ってみてください」
「だ、大丈夫? 爆発とかしないかな?」
「多分、大丈夫であります」
「多分て」
「見た感じ、これはその手の大威力をぶちかますような感じじゃないと思うんであります。もっとこう、静かに恐ろしい気配を感じるであります」
「……むっ」
恐る恐るヒュッ、と振ってみるが、何も起こらない。何度も振り回して素振りしてみても、特に何かが起こる気配も無い。
「…………失敗か?」
「そんなことはない筈であります。ハル殿、あれを斬ってみてください」
「あれ……? って、鉄じゃないか、無理に決まってるだろ!」
メイが示したのは厚さ50センチはあるような鉄塊だ。ご丁寧に刀剣類の鍛造に使用するために、はちゃめちゃに硬い鉄鋼のインゴットだった。
「折れることはないと思うけどさ、流石に斬れはしないんじゃないの?」
「わからないであります。でもオリハルコンの力が本物なら、きっと斬れるであります」
「うーん、まあ取り敢えずやってみるか。えい」
――スパッ
「は?」
「斬れたでありますな」
――スパパッ
「……全く抵抗が無い」
「見事なサイコロステーキであります」
メイから手渡された『魔刀・ライキリ』。その武器は50センチはある鉄鋼のインゴットを、何の抵抗もなく斬り裂けるお化け性能を誇っていたのだった。
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