第344話 リベンジマッチ

 真っ白な閃光が周囲に満ちる。目を開けていられないほどに眩しい光の中で、俺は確かにを感じていた。


「力が……満ちていく」


 俺の中に何か温かいものが入ってくるのがわかる。これは――――マリーさんの魔力だ。優しくて柔らかくて温かい、どこか懐かしい気持ちになる不思議な感覚。


「……エーベルハルト」


 だんだんと弱まっていたマリーさんの鼓動に力が戻ってくる。不規則だった心拍が規則正しいものへと変わり、死を待つばかりだったマリーさんの身体に生命力が満ち溢れてくる。


「……これは『吻合』か?」

「そうだよ、マリーさん。……お帰り」

「そうか、妾はお主に助けられたのじゃな」

「俺だってさっきマリーさんに助けられなかったら、死んでたかもしれないんだ。お互い様だよ」


 と、そこでマリーさんがむくっと起き上がって小っちゃいお手手を握ったり開いたりして感触を確かめる。


「うむ、異常はなさそうじゃ」


 異常がないどころか、むしろ先ほどよりも力強い魔力を感じる。どうやら完全に復活したようだ。


「エーベルハルトよ」


 マリーさんが俺の目を見て言う。


「ありがとう」


 そっと抱き締めてくるマリーさん。照れ屋で、大人なくせに意外とそっち方面には奥手なマリーさんが自分からこういった行動を取るのは非常に珍しい。


「……すっかり元気みたいだね」

「うむ、お主のおかげじゃ。これで奴を倒せるぞ」


 もう先ほどまでの弱い俺達ではない。完全回復し、かつ劇的に強化された魔力が、「今ならいける」と俺達に語り掛けてくる。


「薄れゆく意識の中で、感じておったことが一つある」


 そう語り出すマリーさん。どうやら何かに気づいたらしい。


「あやつの魔法……本人は『呪詛』と形容しておったが、より正確に言い表すなら『毒魔法』、ないしは『人為的な魔力中毒』のほうが適切だと思うのじゃ」


 それは俺も感じていたことだ。澱んだ「負」の魔力がマリーさんの身体を侵食していく様子は、まるで毒蛇の体液が神経や血管を侵していくかのようであった。

 呪いとは言いつつ、魔人タナトス本人の魔力を相手に注入することで対象を死に至らしめる――――それが奴の固有魔法なのだろう。


「文字通りにであれば、対処は難しかったやもしれん。じゃが奴の使う呪詛魔法の正体は、あくまで毒のような振る舞いを見せる魔力にすぎんかったわけじゃ」


 そこで一泊置き、力強く言うマリーさん。


「そして正体が魔力であれば、『吻合』した妾らにはもうその攻撃は効かん」


 『吻合』によって大幅に魔力の強化された俺達であれば、タナトスの『呪詛』を弾き返すことが可能だ。もうタナトスの呪詛魔法は絶対的な死をもたらす致死攻撃ではなくなる。

 もちろん純粋な魔力エネルギー攻撃としての脅威が薄れたわけではないが、「ほんの僅かにでも掠ったら終わり」といった無理ゲー並みの攻撃ではなくなったのだ。


「そして『呪詛』の脅威が薄れた以上は……妾とエーベルハルトであれば決して届かぬ相手ではない」


 あの時、俺達が不覚を取ったのは相手が上手であったこともあるが、不意を突かれたことも非常に大きい。

 格上であることは認めよう。だが俺達が力を合わせても倒せないほどに強い相手ではないのだ。


「いくぞ、エーベルハルト。……リベンジマッチじゃ」

「了解!」


 俺とマリーさんは手を取り合って互いを鼓舞し合う。

 さあ、反撃といこうじゃないか。


「ッ」


 俺達が再戦を決意して立ち上がった次の瞬間。再び突如として澱んだ魔力が周囲に立ち篭める。


「――――探したぞ。まさか転移を可能とする者がナノスの他にもいたとはな」


 来た。奴だ。

 つい先ほど俺達を追い詰めた第二世代の魔人、『呪詛』のタナトス。

 そしてその隣の謎の魔人。こいつは以前、カサンドラの街でニアミスした転移魔法の使い手だ。……そうか、こいつはナノスという名前なのか。


「我は『放浪』のナノス。どこにでもいて、どこにもいない、時空を超越せし準第二世代の魔人だ」


 そう名乗るナノス。確かに奴の転移魔法は厄介だ。以前も攻撃を喰らわせたはいいものの、結局すんでのところで逃げられている。今後のことも考えるとあまり放置していい相手ではない。


「転移座標の解析に少々時間を要したが……我から逃げられると思わないことだ」


 距離を最大限に設定し、転移先をランダムにしたにもかかわらず奴にはここがバレてしまった。次はもう逃げられないと思ったほうが良さそうだ。


「…………む? そこの耳長族が復活しているだと? ……貴様、何をした。我が呪詛は確実に死をもたらす致死の秘儀。劣った人間風情に破れるものではないぞ!」

「何をしたと訊かれて素直に答える奴がいるかよ。だいたい、現にこうして破られてるじゃないか。自分の理想にばかり固執して現実を受け止めようとしないのは良くないぜ」

「好き勝手言うではないか、人間ッ!」


 激昂するタナトス。……だがそれでいい。奴らはどうも人間を下に見ている節がある。劣った人間相手に煽られて冷静さを失ってくれるなら、こちらとしては願ったり叶ったりだ。

 そしてもちろんその隙を逃す俺達ではない。

 俺は肉体の限界値ギリギリに『意識加速アクセラレート』を多重発動し、思考速度を戦闘に耐えうる六倍にまで加速する。

 マリーさんも魔力反応が察知されない魔法式構築の段階まで魔法の発動準備を進めており、あとはタイミングがあれば即座に魔法を放てる状態だ。


「ナノスよ、下がれ」

「はっ」


 準第二世代というよくわからない区分を自称していたナノスだが、正真正銘の第二世代であるタナトスとの間には明確な序列があるようだ。

 素直に一歩下がって戦闘には参加しない意思を見せるナノス。


「そちらの思い通りにはさせぬぞッ!」


 マリーさんがパンッと柏手を打って魔法を発動する。これは――――妨害ジャミング魔法だ。どうやら転移を阻害するつもりらしい。


「タナトス様、転移がッ」

「ちぃッ、小賢しい! 貴様らまとめて葬り去ってくれる!」


 両手から凶悪な魔力光線を何束も放ってくるタナトス。俺達はそれを強化された魔力で迎え撃つ。








――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]


 復活直後のマリーさんの描写を微修正しました。(2023/04/10)

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