第410話 イリスの抱える密かな悩み

「シュタインフェルト中佐、飛びます」


 夕日で茜色に染まる空の中、鉄塔の最上部に直立したイリスはそう宣言する。俺はといえば、そんな彼女をすぐそばの空中から眺めていた。


「さてと、佐官にふさわしいだけの実力は見せてくれよ?」

「もちろん」


 イリス単体の戦闘力は、A+ランクが妥当な評価だ。Aランクともなれば、大部隊の先陣を任される程度には頼もしい戦力ではあるが、いわゆる「戦略級」と呼ばれるSランクの魔法士に比べたら、やはりどうしても一歩二歩見劣りする感があるのは否めなかった。

 この特殊作戦群においても、それは同じ話だ。まず特戦群で最強なのは間違いなく俺である。皇国最強格の地位は伊達ではない。

 次に強いのが誰なのかといえば、それはまあ順当にジークフリート中佐だろう。彼は特魔師団時代から俺の先輩でもあるし、Sランク魔法士としても先輩にあたる優秀な魔法士だ。

 で、以上二名が特戦群の抱える「規格外」戦力ことSランク魔法士である。


 そこから一段下がって、A+ランク魔法士が数名。イリスやアイヒマン少佐、そしてヨハン・シュナイダー少尉なんかもギリギリここに含まれる。このA+ランクという立ち位置は、Sランクほど規格外ではないにせよ、既存のAランクという枠組みでは過小評価になりかねないことから設定された区分だ。

 当然ながら、一人いるだけでその場の戦闘が片付いてしまうほどの精鋭揃いである。たとえ相手が魔人だったとしても、第三世代であれば相討ち覚悟で撃破できるかもしれないくらいにはA+ランクという階級は強い。


 実はリリーも魔法の腕だけならAランクからA+ランク相当はあるのだが、彼女の場合はあまり戦闘向きの性格をしていないので、実際に戦わせてみたらせいぜいがBランク程度の戦闘力しか発揮できないだろう。

 もう何年も前のワイバーンを撃破した時みたいに遠くから魔法をメッタ撃ちにして敵をフルボッコにできる環境があればその限りではないが、そんな美味しい状況なんて俺がお膳立てでもしてやらない限りは滅多に起こりえない。

 同じようにメイも工学魔法ならかなりのハイスペックを誇るが、戦闘ともなればFランクあたりが関の山だ。運動神経が終わってるメイは、戦闘においては本当になんの役にも立たないのだ(ただし銃撃だけは上手い。なんだか某国民的児童向け漫画の主人公みたいだな)。


 こんな感じで、「魔法が上手い」のと「戦闘力が高い」のではまったく意味が異なるのだが、イリスはちゃんと「強い」魔法士として認知されている。だからこそ彼女は中佐というそれなりに高位の軍人として評価されているわけだし、特戦群の副長などという大役を任されてもどこからも文句が出ないのだ。

 ただ、その「強さ」は、相棒である俺と組み合わせた時に発揮されるものだというのが、上の(今となっては俺もまた『上』の一員であるが)評価だった。

 単体での実力ではなく、俺という規格外の戦力を有効活用して、そのパフォーマンスを最大限に引き出すための補佐役。あるいは、ある意味ではこれ以上ない陽動役である俺の陰に隠れて、密かに作戦目標を撃破する暗殺者アサシンの役。

 それがイリスの戦い方だった。


「わたしは、ハルトがいるから強く在ることができる。そのことはよく理解しているつもり。でも、これからはハルトがいないところでも戦闘をしなきゃいけない場面だって多く発生する筈。その時になって、自分の真価を発揮できないようじゃわたしはハルトの相棒を名乗れない」


 これは以前、二人っきりで飲んでいた時にイリスがぼやいていた言葉だ。現時点でもイリスは充分以上の働きを見せてくれていると思うのだが、どうも彼女の自認ではそうではなかったらしい。

 なればこそ、イリスは常日頃から、どうすれば自分は俺と同じく規格外の強さを手に入れられるのかを考えていた。もちろんそれで仕事がおざなりになるようでは中佐は務まらない。きちんと日々の任務や業務をこなしつつ、割り当てられている訓練時間を活用して色々と試行錯誤しているようだった。

 特に何か報告があったわけではないから、まだ目立った成果は出ていないんだろう。だが努力家のイリスである。いつか————それも近いうちに、大きく成長してくれる筈だと俺は信じている。


「『風防』、展開」


 そんなことを思っていたら、イリスが無属性魔法の『風防』を発動して鉄塔から飛び降りた。『風防』とは読んで字のごとく、実体化させた魔力を風防状に展開して空気抵抗を減衰させる魔法である。俺やマリーさんが空を飛ぶ時によく使うやつだ。

 今回、イリスはそれを足下に展開して、降下のスピードをただ落ちるよりも速くなるように調整していた。


「なるほど、考えたな」




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