第394話 幹部陣営

 特魔師団・皇都駐屯地。特魔師団の根拠地であると同時に、俺の率いる特魔師団隷下の戦術魔法中隊の拠点でもあるここには、中隊の主要メンバーが顔を揃えていた。


 隊長である俺ことファーレンハイト准将に、副官のイリス・シュタインフェルト少佐、副長のアイヒマン中尉、そしてかつて魔の森で修行をともにし同じ釜の飯を食ったギルベルト・ハーゲンドルフ少尉と、レオン・ホフマイスター中尉。この五人が中隊の中でも尉官以上の階級にある幹部陣営だ。


「ついに我が部隊も大隊へと昇格ですか」


 そう感慨深げに呟くのは、副長のアイヒマン中尉だ。しわの増えてきた顔を歪めて笑う彼はもともと下士官上がりの叩き上げ先任曹長だったのだが、数々の任務における功績や、留守にしがちな俺の代わりに戦術魔法小隊時代から部隊を実質的にまとめ上げていた実績もあって、特例中の特例で尉官へと昇格していたのだ。

 皇国広しといえど、下士官上がりで中尉にまで昇進している人間の数は数えられるほどしかいない。幹部採用のキャリア組ではないのに中尉というのは、それだけ珍しい事例なのだ。

 ただ、それもその筈。実は以前、アイヒマン曹長と部隊に関する話をしていた折に聞いた話なのだが……なんと彼ははるか昔、当時の上官に推薦されて受験した幹部登用試験に受かっていながら、それを蹴っていたという驚きの事実が判明したのである。

 なぜそんなことをしたのかと訊けば、アイヒマン曹長いわく「自分は現場肌の人間ですからな。現役の間はずっと前線に出ておりたいのです」とのことであった。


 そんな彼の実力を見込んで、信念ポリシーを捻じ曲げてでもどうか昇進して部隊のまとめ役になってはくれないかと散々に拝み倒して、ようやく彼は首を縦に振ってくれたという経緯があったりする。

 上官の俺が一筆したためたとはいえ、形式的にでも部内幹候の試験は受けなければならない。果たして現場歴が長かった彼は大丈夫だろうかという俺の些細な不安をよそに、アイヒマン曹長は限りなく満点に近い高得点を叩き出して、晴れて准尉へと昇進したのだった。

 それが今から数ヶ月前の話。で、これまでに積み上げてきた功績もあって、気付けばいつの間にか中尉にまで成り上がっていたアイヒマン中尉である。


「大隊になるか、連隊になるか、はたまたいずれにも属さない部隊編成になるのかはまだ未定だ。だがそれを決める決定権のほぼすべては俺にあると思ってくれて構わない。中尉が望ましいと思う編成があるのであれば、遠慮なく進言してくれ」

「いやはや、准将閣下ともなると権限の強さが違いますな」

「茶化すなよ」

「はははは」


 当初は堅物という印象の強かったアイヒマン中尉だが、打ち解けてみれば気前の良いお調子者の側面も持ち併せていたらしい。今ではこうして階級の壁を感じさせることなく冗談を言い合えるくらいには、遠慮も隔意も無かったりする。


「しかしファーレンハイトが准将閣下とはなぁ……。魔の森での修行時から、こいつは一角の人物になるに違いないとは踏んでいたが、まさかこうまで早いとはな」

「ファーレンハイトは、そもそも小隊長時代から既に少佐だったろう。率いる部隊の規模と比べたら破格の待遇だったわけだし、中央から目を掛けられているというのは並大抵ではないということの証左でもあるわけだな」

「少佐だけに?」

「中身は変わりませんな」

「「「ははははは!」」」


 俺とイリスを除く男連中が俺を出しに馬鹿笑いをしている。まったく、今は軍事行動の最中ではないからこうして見逃しているが、もし部下の前でこんなことを言おうものなら懲戒処分ものだというのに!


「さて、准将閣下。たいへん失礼いたしました」

「取ってつけたように謝罪するじゃないか、ホフマイスター中尉」


 俺よりも五つ年上のレオンさんは、魔法学院卒業後に正式に特魔師団へと入隊している。魔の森修行プロジェクトに選抜されるだけあって、順調に出世街道を邁進中らしい。

 そんな彼は、いつもの少しだけお調子者で頼れる兄貴分のような空気を醸し出しつつ、俺へと軽く一礼してくる。


 その隣で腕を組んで薄っすらと含み笑いを浮かべるギルベルト・ハーゲンドルフ少尉は、ちょうど今年に騎士学院を卒業して近衛騎士団へと入隊する筈だった。だが俺に声を掛けられたことで急遽配属先を変更、こうしてこの戦術魔法中隊にいる。騎士の家系というだけあって落ち着いた雰囲気のギルベルトさんだが、意外にもこういう軽い話にもついてこれるセンスをお持ちのようだった。


「さて、いつまでも馬鹿話をしている時間的余裕はないでしょう。本題に入りませんとな」

「ああ。今日、皆を呼んだのは他でもない。近々規模を大きくすることが確定している我が戦術魔法中隊を、どう編成するかについてだ」


 魔導飛行艦を基盤とした、諸兵科からなる混成部隊。戦術魔法中隊の魔法士を中核に据えつつ、狙撃兵、砲兵、工兵、憲兵といった各分野に特化した部隊を組み合わせる必要も出てくるだろう。

 それらを束ね、組み合わせて何を為すのか。新たな部隊が担う任務はどんなものか。新部隊の存在意義とは何か。

 そしてその目標を達成するために最適な要素とは何なのか。


 それらを、ひたすら議論を繰り返し、理論構築や研究を研ぎ澄ませることで明確化する。これから必要になるのはそういった作業になる。


「間違いなく数日は掛かるだろうから、焦らずじっくりいくとしよう」

「「「「了解」」」」


 この場にいた全員が見事な敬礼とともに了承の意を伝えてくる。

 ……全員のスイッチが切り替わったな。さてと、それでは早速仕事に取り掛かるとしようじゃないか。






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