第92話 皇国の国防方針

 事件の調査が終わり皇都に戻った俺達は、特魔師団に提出する報告書をまとめていた。領民の健康状態、権力関係の実態、租税や賄賂等の状況に加えて公国連邦や魔人の関与についての考察など、書くべきことはたくさんある。

 いずれも重要事項ではあるのだが、特に公国連邦と魔人についての項目が大変だ。極秘事項だからおおっぴらに調査などできないし、何より過去のデータが乏しすぎる。なのでぶっちゃけ俺達の考察を書くしかなかった。


 考察といっても、そこまで難しいことを書いた訳ではない。転移が可能な魔人の存在により、内陸部でもカサンドラの町がスパイ活動の拠点として成立していた可能性を指摘しただけだ。

 普通、スパイ活動をするとしたら、潜入や物資の供給が比較的容易な国境沿いや海岸線沿いに拠点を構えることが多い。内陸部では物資を運搬中に摘発されてしまう可能性が高いし、何より通信魔道具がそこまで普及していない以上、情報の共有には時間がかかるからだ。

 しかし転移魔法があれば話は変わってくる。転移魔法があることで距離に関わらず外部から物資を運び込める以上、籠城はきっと幾らでもできたし、籠城戦で攻撃に耐えている間に証拠を隠滅して、転移魔法で逃げることもできた。実際、今回はこうして魔人本人には逃げられてしまった訳だしな。

 それに、距離的に皇都に近いからスパイ活動も容易になる。おそらく、前に皇都に現れて俺に討伐された魔人もここから来ていたのだろう。このカサンドラの町は無能な悪代官を隠れ蓑に、巧妙に魔人に乗っ取られていたのだ。


 ……というようなことをまとめた報告書を特魔師団団長であるジェットに提出し、俺達は休暇を取得してしばしのんびり過ごす――ことになるかと思えば、そんなことにはならなかった。


「よくできた報告書だな! 筆記で高得点を取るだけのことはある」

「褒めても何も出ないよ」

「お前のやる気が出るだろう!」


 まあ褒めた方が伸びるのは確かだしな。それに、褒めるべきではない部分を褒めても伸びはしないし、それはただの甘えなので「褒めて伸ばす」方式の教育がなかなか難しいのは事実だが……ジェットはその辺の塩梅はうまく見極めているので全く問題はなかった。


「……で、そうやって俺のやる気を引き出して、何をさせたいの?」


 ジェットがこう言うということは何か裏があるのだろう。短い付き合いではあるが、俺はそろそろ学習していた。


「うむ、お前に会ってもらいたい人物がいる」

「俺に?」


 俺に何か用事がある人物でもいるのだろうか?


「お前に用事があるという訳ではなく、お前がその人に用事があると言うべきかな」

「何だそりゃ」


 俺は特に用事がある相手などいないのだが。


「これは陛下や宰相も交えて議論した結果を踏まえた師団の方針なんだが……」


 そう前置きしてからジェットは話し出した。


 曰く、今後ハイラント皇国は不法移民や国内の魔人、スパイを摘発するために、警戒態勢を取ることになる。また、長期的な方針として、おそらく魔人の拠点になっている、あるいは魔人と協力関係にある公国連邦に対抗する手段を模索していくことになるそうだ。

 一応、経済的な豊かさに関しては皇国の方が上なのだが、軍事力だけならトントンであるらしい。イメージとしては冷戦時代の米ソが拮抗していた時代に近いだろうか。

 ハイラント皇国は国民の豊かな生活を維持しつつ、軍備を増強していく。一方で、公国連邦は国民から限界まで搾取し、国民生活そっちのけで軍備をひたすら増強してくると考えられるため、想像以上にシビアな対立が予想されるそうだ。

 そしてハイラント皇国上層部は、そんな公国連邦に対抗する手段として、戦術・戦略級の実力を持った高ランクの魔法士を発掘・育成する方針を固めた。その方策の一環として、つい最近皇国騎士に叙任された期待の新人『彗星』こと俺、エーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイトに白羽の矢が立ったという訳だった。


「――という訳でな。連邦に備える上で、次世代の国防の中核人物になると目されているお前には、是非会って弟子入りしてもらいたい人がいる。それこそがこの国での人。ハイエルフの『白魔女』だ」

「最強の人……。それに、国防の中核って……。何ソレ聞イテナイ……」


 いつの間にやら俺は皇帝陛下や軍部の重鎮達から、国を守る兵器扱いされていたようである。……納得がいかない。それならジェットはどうなんだ? 近距離戦闘なら間違いなく皇国どころか世界最強クラスだと思うんだが!?


「一応、今回の新規国防方針で触れられている中核人物はお前だけでなく、皇国騎士や三大師団、あるいはAランク以上の冒険者なども含まれているからな。そこまで責任を感じる必要はないぞ」

「そりゃまあ、特定個人に国家の存亡を担わせるなんてリスキーな国家運営はできないものね……」

「うむ、そういうことだ。だから今回『白魔女』を訪ねるのはお前だけではない。官民問わずに集められた若い魔法士が数名赴くことになっている」

「へえ。俺の知らない優秀な同世代の魔法士か」


 スポ根漫画ではないが、何だかワクワクするな。


「お前の知ってる人間もいるぞ」

「へ?」

「ヘンリエッテ・リリー・フォン・ベルンシュタイン嬢。お前の婚約者だ」

「リリーも行くの?」

「彼女は軍人や軍属でこそないが、貴重な時空間魔法の使い手だからな。期待度は高いぞ」


 流石はリリーだ。許婚として鼻が高い。


「それで、その『白魔女』さんってのはどこにいるの?」


 ハイエルフというくらいだし、森とかに住んでいるんだろうか。


「それはお前もよく知っているところだ」

「俺が?」


 俺の知識にはハイエルフの住まう地なんてものは存在しない。ファーレンハイト領の南方、皇国の中では東の端に位置するエルフ族自治領ならあるいは住んでいるかもしれないが、エルフとハイエルフは似て非なるものだし、そもそもエルフ族自治領に行ったことがない。第一、エルフ自体にすら会ったことが無いんだから、ましてやハイエルフの居場所など知る由もなかった。


「魔の森だよ。『白魔女』は魔の森の最奥にて隠居しているんだ」


 魔の森。ファーレンハイト辺境伯領の北東の端。我が国の主権の及ぶ範囲のちょうど境界線上に位置する、ワイバーン事件の際に近くまで赴いたあの森だ。


「魔の森…………って、ファーレンハイト辺境伯領じゃん!」

「な、知ってただろう?」


 イタズラが成功した子供みたいな笑顔でそう返してくるジェット。おっさんにそれをやられても全く嬉しくない。


「しかし、何でまたあんな辺鄙なところに。魔の森だよ。危なくないのかな」

「そこはまあ『最強』だからな。魔の森程度、別に脅威でも何でもないんだろう」


 魔の森が脅威じゃないとか、人間じゃない。あんなところ、真っ当な精神をした人間なら行くところじゃない。俺ですらまだ中に立ち入ったことは無いってのに。


「この件はシュタインフェルト曹長にも声が掛かっている。若者達よ、切磋琢磨してくるんだな!」


 がははは、と笑いながらジェットが俺の背中を叩いてきた。めちゃくちゃ痛い! 特に強化をしていない状態だとジェットのパワーは12歳の身体には負担が大きすぎる。


「痛いっての! ……で、これは特魔師団の任務ってことでいいの?」

「うむ、特魔師団から出向という形にしておこう。きちんと俸給は振り込まれるから安心しておくように」

「あー、いや、そこは気にしてなかったけど、まあもらえる分にはもらっとこうかな」

「うむ。とはいえ、ずっと修行という訳にもいかないのでな。偶には戻ってきて任務に励んでもらうぞ」

「随分とハードワークだね」

「こちらとしても貴重な戦力を空席のままにしておきたくはないからな」


 と、まあ、こんな訳で。俺達はまだ見ぬ皇国最強のハイエルフ、『白魔女』の元で修行をつけてもらうことになったのだった。

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