第8話 秘密基地へようこそ

「ふあー!」


 目を輝かせて花畑を駆け回るリリー。ところどころ舌足らずなものの、6歳児にしては恐ろしいまでにしっかりした挨拶をしてのけた彼女だが、やはり年齢相応の部分もあるようだ。こうして楽しそうに色とりどりの花々が咲いている庭園で自然と戯れる様子は6歳の女の子そのままだった。

 とても可愛らしいのでカメラがあったらぜひ撮りたい(ロリコンじゃないよ!)のだが、残念ながらこの時代にカメラはない。一応、念写機という魔法を応用したカメラっぽい機能を持つ魔道具もあるにはあるらしいが、恐ろしく高いようだ。それこそ大貴族の嫡男であっても、子供が簡単に手に入れられないくらいには。

 どのような時に使われるかといえば、皇国の歴史的建造物を記録したり、重要な会議や式典が行われた際に皇家直属の写真家が撮影したり、という時だ。その撮影された数少ない写真も、皇立図書館みたいな資料館に行かないと閲覧できない。一応、活版印刷技術はあるらしいが、写真みたいな細かくて高度な印刷をする技術は無いらしいから、さもありなん、といった感じだ。

 まあ、カメラが無いものは仕方がない。今しっかりと目に焼き付けておこう。このままいくと将来は嫁になるんだろうし。

 なんかいいよな。幼馴染って感じがする。たくさん遊んで、一緒に喜んだり悩んだり悲しんだり笑ったりしながら大人になっていくんだ。前世では味わえなかった感覚だから、なんだかとても心が温かくなる。


「ねぇ〜ほかにいいとこないの〜!」


 花畑の脇の芝生の上でゴロゴロ転がるという公爵令嬢にあるまじき蛮行を繰り返していたリリーが、その遊びに飽きたのか俺に向かってもっと面白いものはないかと訊いてくる。白い高そうなワンピースが芝生まみれで目も当てられない。可愛いけど、やっぱり子供だ。


「よーし、じゃあ俺の秘密基地へ行こう」

「ひみつきち?」

「大人には秘密の、俺達だけの解放区だよ」

「? よくわかんないけどたのしそうね!」


 リリーが髪に芝生をくっつけたままトテトテと走って近寄ってくる。俺はそんなリリーの手を握って裏庭まで歩き出した。男の浪漫を魅せる時が来たようだ。




「わああぁーーー、すごいわ! これハルくんがつくったの?」

「そうだよ。凄いだろ?」


 俺の作った秘密基地を見てリリーが驚く。目の前には歴史の教科書に出てきそうな竪穴住居のようなモノが建っていた。一年ほど前に頑張って作った俺の自信作だ。

 竪穴住居。確かにログハウスやツリーハウスのようにお洒落な建物ではないかもしれない。しかしこと利便性と実用性だけで言えばそれらの比較でない素晴らしい建物なのだ!

 まず、利便性。ツリーハウスなら、わざわざ木を上り下りしなければならない。それに加えて俺がまだ子供であることを考えると、落ちたら危険なツリーハウスは却下になるだろう。

 次に実用性。ツリーハウスやログハウスは作るのが大変だ。実際、人類の歴史にも随分と後のほうにならないと登場してこない。一方、竪穴住居は古代日本においては随分と早い時期から登場していた。そして平安時代くらいまでは、農民の住まう住居としてきちんと機能していたのだ。竪穴住居の建設の容易さと実用性は、古代日本の歴史が証明している。

 そして最後に忘れてはならないロマンだ。これが何より大切なのだ。確かにログハウスも良い。森の中に突如としてログハウスが現れたら、ひっそりと隠遁生活を送る魔女が住んでいるかも、といった妄想も捗るだろう。ツリーハウスも森林公園の中のアスレチックみたいで気分が高揚するだろう。だがそれではダメなのだ! ログハウスもツリーハウスも「家」だ! 「秘密基地」じゃない! その点、竪穴住居はあんまり家という感じがしない割に、しっかり実用に耐える性能があるのだ。

 秘密基地でありつつ、居住性、実用性、そして何より大切なロマンを考えると、竪穴住居になるのは必然とも言える選択肢だった。


「中に入ってごらん」

「うん」


 まず先に俺が秘密基地の中へと入ってから、リリーを招く。リリーもわくわくとした様子で基地の中へ入ってきた。


「ひろーい」

「だろ?」


 俺の作った竪穴住居は、幅5メートル、高さ4メートルくらいの比較的大きなサイズのものだ。天井が高めのワンルームアパートくらいには広いだろうか。雨も風も通さないので、中の居住性はかなり高い。さらに、剥き出しだった土の床にもイグサっぽい草で作られたゴザと畳の中間のようなものを敷いてみたのだ。これは俺の中身が元日本人であることに加えて、この世界も土足文化ではなかったことが大きい。下層階級の暮らしぶりは詳しく知らないが、少なくとも貴族階級は土足で暮らすことはないようだ。衛生的でとてもいいと思う。


「ふかふかね!」


 わらで編んだ布団に飛び込みながら、リリーが楽しそうに言う。最初に会った時はお嬢様然として、どこか神々しいようなイメージがあったが、なるほど確かにお転婆だ。だがそんなリリーも可愛い。


「おやつを食べよう」

「おやつ?」

「そうだよ、ほら」


 そう言って俺は壁際に置いてあった壺の中からランゴの実を二つ取り出す。これは裏庭の端にある果樹園から採ってきたものだ。使用人が趣味で栽培しているもので、こうしてたまに採る分には「美味しく食べてくれる」ということで、怒られるよりむしろ感謝されるのだ。まあ、そもそも当主の嫡男に怒れる使用人ってのもなかなかいないと思うが……。

 それはさておき、赤ん坊の頃から食べてきたのもあって、俺はこのランゴの実が大好きだった。使用人が頑張って育てているので、味もとても甘くジューシーで美味しい。おやつには、これを使ったランゴパイをよく出してくれるのだ。


「ランゴの実?」

「そうだよ。果樹園で採れたんだ」

「切らないの?」


 リリーが不思議そうな顔で尋ねてくる。そりゃそうだよな。普通、貴族の令嬢はランゴの丸かじりなんてしない。お行儀が悪いもの。だが今は俺しか見ていないのだ。


「いいんだよ、そのままガジっといっちゃえ!」


 そう言って俺が見本を見せるようにランゴに大きくかぶりつく。


「うわー、大きなおくち」

「もごもご、ほら、リリーも」

「う、うん。あーん! かぷ」


 生まれて初めてこんな食べ方した、みたいな、いたずらをした時のような顔でリリーはランゴにかぶりつく。ランゴの汁がほっぺにたくさんついていたので、俺はハンカチを出して拭ってやる。

 一緒に夢中になってランゴを食べていて、俺は何となくリリーと心からちゃんと仲良くなれたような気がした。

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