第7話 公爵令嬢と仲良くなりました

「ご機嫌麗しゅう」


 リアルお姫様を目撃して、完全に硬直してしまう俺。今世では俺もまたリアル貴公子だが、中身が一般民草の童貞青年だ。

 用意していた挨拶文なぞ頭から吹っ飛び、俺は貴公子にあるまじき惚けた顔を晒していた。


「公爵閣下、ようこそいらっしゃいました。久しくお伺いできていませんでした故、こうしてお見えになられてたいへん光栄に思います」

「いや、そちらこそ随分と壮健であられるようで何よりだ、北将殿。そなたのような優秀な者がいるからこそ、我々も枕を高くして眠れるというものだよ」

「何を仰る。公爵閣下の力強い支援があってこその私の働きでございます。それなのに私ばかりが賞賛されて、私は心苦しい」

「ははは、謙遜が過ぎるぞ、ファーレンハイト卿。それより、そちらが嫡男のエーベルハルト君でよろしいかな?」


 オヤジ達のお貴族トーク(社交辞令というにはお互い仲が良さそうだったので、おそらく本心なんだろう)での挨拶が交わされていたと思ったら、矛先がこちらに飛んできた。


「ええ、これが私の長男のエーベルハルトでございます。至らぬ息子ではありますが、気にかけてくださると私としてもたいへん嬉しく思います」

「聞いているよ。幼くして随分と優秀だそうじゃないか。社交パーティを通して入ってくる噂話を聞くたびに、流石はファーレンハイト卿のご子息だと感心しているよ」

「勿体ないお言葉です」


 これは挨拶しといたほうが良いだろう。いくら俺でも流石にそのくらいはわかる。いつまでも惚けてはいられない。


「お初にお目にかかります、カールハインツ・クラウス・フォン・ファーレンハイトが息子、エーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルグ・ファーレンハイトにございます。まだまだ未熟な身の上でございますが、何卒よろしくお願い申し上げます」

「うむ、私はそなたの父上が治める辺境伯領の隣にある、ベルンシュタイン公爵領の当主を務めているラガルド・フォン・ベルンシュタインという者だ。君のような未来ある若者と面識を持てて、私は嬉しく思うよ」

「勿体なきお言葉にございます」


 言葉遣いはこれで問題ない筈! 公爵なんてどのくらい偉いのかわからないけど、明らかにオーラが違うもの! なんか、こう、百年かかってもたどり着けそうにない威厳と落ち着きと迫力と言えばいいのか、とにかく重みが凄い。オヤジも大概凄いと感じるが、公爵は更に凄い。まあオヤジよりも十くらいは歳上に見えるし、その辺の違いは年齢によるものだろうが。

 と、そこで公爵が後ろに控えていた娘を呼んだ。


「リリー、こちらへ来なさい」

「はい、お父様」


 リリーと呼ばれた女の子は、俺達の目の前まで歩いてくると、優雅に一礼して鈴が転がるような綺麗な声で言った。


「ヘンリエッテ・リリー・フォン・ベルンシュタインともうします。ベルンシュタイン公爵家の長女にございますわ。いごおみ知りおきを」

「ご丁寧にありがとう。父子ともどもよろしく頼むよ」

「よ、よろしくね」


 こういう時、何と言えばいいのだろうか。公爵閣下には礼儀正しくしておけば問題はないだろう。だが相手は自分と同い年の6歳の女の子だ。変に肩肘張った挨拶を返してしまっても、距離は縮まるまい。ましてや、許婚になるかもしれないのだ。砕けた感じのほうが好印象だろう。そう思って敢えて柔らかく返事をしてみたのだが……。


「ふふふ」


 返ってきたのは何とも言えない感じの笑い声だった。これでは成功したのか失敗したのかわからんな。

 そんな俺達を見て、公爵閣下が口を開く。


「さて、私達はこれから大事な話がある。君達は交流も兼ねて、二人で遊んで来なさい」


 いきなりハードな問題を突きつけられてしまった。俺に女の子と二人っきりになれと申すか!?


「お付きの者はつけなくてもよろしいのですか?」


 ナイスアシストだ、オヤジ。せめてアリサか向こうの使用人でも混ぜないと、会話が持つ自信がないぞ。

 だがオヤジのフォロー(?)も虚しく、公爵閣下は愉快そうな笑みを浮かべて言った。


「ここは君の屋敷だろう? なら何の危険もあるまいよ。それとも二人きりでは不安があるのかな?」

「まさか。……お前達、仲良くするんだぞ」

「う、うん」

「わかっておりますわ、おじ様」

「それでは参りましょう」

「うむ、そうしよう」


 ……どうやらこの婚約の儀、より前向きに考えているのは公爵家の方なのかもしれない。いきなりピンチに立たされてしまった俺は、現実逃避気味にそんなことを思うのだった。



     ✳︎



「そ、それじゃ、行こうか」


 行こうかって、どこにだよォ!!!!

 内心で自分に思いっきりセルフ突っ込みしつつ、背中に冷や汗を滲ませながら俺はリリーの方へと向き直る。

 改めて間近で見ると、やっぱりこの世の者とは思えないほど可愛らしく、美しくて、気圧されそうになってしまう。


「わたし、お外がいいわ。来るときに見たお庭がとてもきれいで、もうすこし見てまわりたいの」


 あれ? 鈴を転がすような綺麗な声はそのままだが、口調が変わっている。


「ふふ、さっきのはよそ行きのしゃべり方なの。お父様にしっかりおぼえなさいってたくさんしかられちゃったわ」

「やっぱり礼儀作法を覚えさせられるのは皆一緒なんだね」

「へんきょう伯って、もっと強そうでこわい感じだと思ってたから、びっくりしちゃった。こんなにかわいらしい子が息子さんなんだって言うんだもの」

「か、かわいらしい?」

「エーベルハルトくん、でいい?」

「ハルでいいよ。そっちもリリーでいいかな」

「うん、いいよ。ハルくんってなんだかかわいいのね」

「男にかわいいはやめてくれってばよ……」


 親戚のおばちゃんに言われるならまだしも、同世代(それも6歳!)の女の子に言われると少々ヘコむ。どうせなら、女の子には「カッコイイ!」と褒めてもらいたい。ここへ来て、母親似のベビーフェイスが望まない方へと効果を発揮してしまったようだ。

 それにしても、思ったよりフランクな感じの子で助かった。さっきのよそ行きのモードがずっと続くようなら、困ってしまうところだった。


「まあ、それよりもさ、庭なら見せたいところがいっぱいあるよ。俺もいくつか手を加えてるんだ」


 庭は赤ん坊の頃から母ちゃんに連れられてたくさん散歩したからな。一人で行動できるようになってからは、裏庭に秘密基地とか作りまくったしな!

 男はいくつになっても秘密基地とか、そういうのが大好きなのだ。今の俺は子供な分、堂々とそういう遊びができるから素晴らしい。リリーにも是非、俺の秘密基地の素晴らしさを教えてあげたい。そしてできたら一緒に二人の基地を作りたい!


「行こうか」


 つい姉貴や弟(妹はまだ赤ちゃんなので歩けない)と一緒に歩く時の癖で、手を差し出してしまう。こ、こ、これってデートみたいじゃん!?

 一瞬でテンパってしまうものの、差し出してしまった以上は引っ込めることもできず、微妙な顔をした俺が手を中途半端に差し出したまま再び硬直し出すというよくわからない状況が生まれてしまった。


「いきましょ!」


 だが幸いなことに、まだ子供のリリーにとって、男と手を繋ぐということは特に重大な出来事というわけでもないらしかった。普通に握り返してきて、子供特有の体温の高い、柔らかい手が俺の手を包み込む。か、かわいい。


 中身が二十歳超えてんのにもかかわらず、ちょっとだけドキドキしてしまった。犯罪臭が凄いって? うるせーいいんだよ、俺だって同い年なんだから!

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