第379話 中将会議にて その二

「それについて、妾からも一つ提案がある」

「ほう?」

「これはプロジェクト完了後にエーベルハルトから出された案じゃな」


 メッサーシュミット中佐との連名じゃ、と付け加えつつ、マリーは冊子を配って回る。資料はそう分厚いものではない。せいぜいが両面刷りの紙数枚程度だ。

 すぐに目を通す中将ら。皇国軍の中で最も知性と勇気と行動力を求められる彼らにとって、速読しながら精読までこなすのはあくまで必須スキルの一つであって、別段自慢できるような特技ではない。当たり前のように数分もしないうちに皆が資料を読み終える。


 最初に読み終えたのはクリューヴェル中将だった。次いで宮廷魔法師団の団長が、やがて参謀長や、各方面軍の軍団長らが読み終える。最後に、配られるのが一番遅かったジェットが目を通し終えて、彼は溜め息を吐いた。そこにはどこか呆れのような感情が含まれている。


「……おいおい、これを考えたのはエーベルハルト本人か?」

「そうじゃの。あとメッサーシュミット卿に、アーレンダールのところの娘も混じっておるな」

「正気か?」

「妾に言うでない。じゃが、に必要なエネルギーを試算した結果、問題なく実現可能との答えが返ってきたぞ。伊達にものづくりの天才ではないの」


 マリーが腕を組んで、他人事かのようにそううそぶく。


「大出力のエネルギー機関を備え、その魔力で空を自在に飛び、平面に生きる敵兵を上空からの一方的な攻撃でなぶり殺しにする――――名付けて『魔導飛行艦』か」

「加えて、小規模ながら地上戦に対応した部隊を収容した状態で戦地を縦横無尽に駆け回ることで、電撃的な進軍・制圧が可能じゃな。まさに戦場に革命が起きるぞ」


 通常、軍隊というものはとにかく足が遅い。特に戦局を左右するような大部隊であればあるほど、その展開速度というものは指数関数的に落ちてゆくものだ。

 それに加えて、つい最近ようやく試験的に配備が始まったばかりの魔導衝撃砲マギウス・ショックカノン、通称「ファーレンハイト砲」のような大物を運用しようと思えば、部隊の移動や配置転換には相当な負荷がかかるに違いないのだ。


 そんな兵器や兵員を一度に積み込み、かつ陸上輸送の時とは比較にならない速度であちこちを飛び回る魔導飛行艦。これが世界の軍事バランスに与える影響ともなれば、戦術次元どころの話ではない。もしかしたら戦略次元におけるパラダイムシフトかもしれないのだ。

 実際、平面にしか生きていないこの世界の戦場において、空からの攻撃がとてつもなく有効であるのは他ならぬマリー自身が実感している。だからこそ弟子のエーベルハルトに教えを請うて、自らもまた飛行魔法を習得したのだ。ファーレンハイト大佐が、空を飛べるがゆえに得られた功績は数多い。むろんそれだけではないにせよ、そのことをここにいる中将達はよく知っていた。


「空を征く船か……。まるで神代の御伽噺がごとき話だな」

「スケールが大きすぎて、正直私にはついていけませんね」

「それでもついていかなきゃならんだろう。そうでなければ国が滅ぶかもしれないんだからな」


 中将達が思い思いに発言しては、匙を投げたように資料を机の上に放り投げる。だが彼らは一様に腹をくくったような顔をしていた。少なくとも、言葉通りの態度では決してない。


「で、艦長は誰にするんです?」


 クリューヴェル中将がそう口にしたことで、実質的にマリーの提出した案が確定したようなものだった。それに異を唱えようとする者は誰一人としていない。彼らは皆、わかっているのだ。あの急変革の中心人物たる若い奇妙な大佐がやることなら、まあきっと間違いはないんだろう――――と。


「そりゃまあ、言い出しっぺだろう」


 何かあった時の責任を押し付けるわけではないが、ジェットはそう主張した。どうせ奴以外に詳しく具体的な構想を持っている人間がいないのなら、全部本人に任せてしまえば良いのだ。

 と、そこで中将会議の議長役である大将が、それまではつぐんでいた口をやっと開いた。


「その『魔導飛行艦』とやらが戦術および戦略面にどのような影響を与えるか、その予測だけでも構わないのでレポートを上げさせるべきであろうな。併せて、建造にかかる予算や工期の見積もりと、完成後の具体的な運用方針をまとめさせるとしよう。……それを鑑みて、総合的に判断しようではないか。諸君、いかがかな?」

「異議なし」

「異議ありません」

「妾もそれで構わん」

「俺もだな」


 全員を見回した大将は一つ「ふむ」と大きく頷くと、思い出したように付け加える。


「それをするにあたって、ファーレンハイト大佐の処遇はどうすべきだろうか」


 通常、軍艦の艦長は佐官級の軍人が務めるものだ。特に大型艦ともなれば、エーベルハルトと同じく大佐の人間が務めることが慣例となっている。

 ただ、今回新たに計画されている魔導飛行艦は、その特殊性や戦略上の重要性ゆえに一介の大佐に任せるにはやや荷が重すぎるといえた。エーベルハルトの力量が不足しているのではない。単純に大佐という階級が彼にとって役不足なのだ。権威・権限が足りないともいえる。


「ならばそのレポートの提出をもって、新戦術の提唱および戦略的可能性発見の功績ありとみなし、准将あたりにでも昇進させてしまえばよかろう。……どうせここにいる全員が推薦すれば事務手続きとて一瞬で終わるんじゃからの」


 世界樹攻略作戦や魔王の遺骸に関しては超特級の国家機密なので、まさかそれを理由に昇進させるわけにもいかない。ゆえに妥当なラインを探りつつマリーが半ば適当に言うが、しかし誰も反対意見を口にしない。「なんかもうそれでいいんじゃないかな」の精神がその場を支配していた。


「その後は……どうします? 新部隊編成でもさせて、その功で少将に昇格させますか? あの型破りな大佐のことです。そのくらい権限があったほうが今後も色々とやりやすいでしょう」

「ははは。エーベルハルトの奴、言われ放題だな」

「あやつを特魔師団にスカウトした張本人が何を笑っておるんじゃ。……まあ、おかげで妾との縁もできたしの? そこはその、あれじゃ。感謝しておるがの」


 少しだけ照れたような顔でそう小声で呟くマリー。そんな彼女を見た中将会議の面々は、ついにあの伝説の「白魔女」にも春が来たのかと驚きを隠せないでいた。


「やはりファーレンハイト大佐はどこまでも型破りなのだな……」


 誰かがぼそりとこぼしたその言葉が、その場にいたマリー以外のすべての人間の内心を代弁していた。




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